2024年04月23日
ゆたのたゆたに
いでわれを人なとがめそ大舟のゆたのたゆたにもの思ふころぞ(新古今和歌集)、
の、
ゆたのたゆたに、
は、
あが心ゆたにたゆたに浮き蓴(ぬなは)辺(へ)にも沖にも寄りかつましじ(万葉集)、
の、
「ゆたにたゆたに」の転、
とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。なお、
蓴(ぬなは)、
は、
スイレン科の水生の多年草の蓴菜(じゅんさい)、
である(仝上)。
ゆたのたゆたに、
は、
寛のたゆたに、
と当て、後世、
ゆだのたゆだに、
ともいい(精選版日本国語大辞典)、
ゆらゆらとただよい動いて、
甚だ揺蕩(たゆた)ひて、
といった(仝上・大言海)状態表現の意で、それが、価値表現に敷衍して、
不安定で落ち着かないようす、
を表す(学研全訳古語辞典)。
ゆた、
は、
寛、
と当て、
かくばかり恋ひむものそと知らませばその夜(よ)はゆたにあらましものを(万葉集)、
と、
ゆったりしたさま、
余裕のあるさま、
の意で(岩波古語辞典)、さらに、上述の、
ゆたにたゆたに、
のように、
ゆったりして不定のさま、
の意になり(仝上)、
たゆたに、
は、
タは接頭語、
で、
ゆたに、
ともいい、
ゆた、
は、上述のように、
ゆるめやかでさだまらないさま、
の意となり(仝上)、
ゆらゆら、
の状態表現から、
気持の揺れて定まらないさま、
の価値表現としても使う(仝上)。動詞の、
たゆたふ、
は、
揺蕩(たゆた)ふ、
猶予ふ、
猶預ふ、
等々と当て(大言海・日本語源大辞典・岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、
タは接頭語、ユタはゆるやかでさだまらないさま、
とある(岩波古語辞典)が、やはりもとは、
天雲の多由多比(タユタヒ)来れば九月(ながつき)のもみちの山もうつろひにけり(万葉集)、
と、
水などに浮いているものや煙などが、あちらこちらとさだめなくゆれ動く、
ひと所にとまらないでゆらゆらと動く、
ただよう、
という状態表現の意味だが、それをメタファにして、
常止まず通ひし君が使ひ来ず今は逢はじと絶多比(たゆタヒ)ぬらし(万葉集)、
と、
心が動揺して定まらなくなる、
ぐずぐずして決心がつかない状態になる、
躊躇(ちゅうちょ)する、
ぐずぐずする、
という価値表現の意で使う(精選版日本国語大辞典)。で、この意味の時は、
躊躇、
猶予(いざよう)、
依違(いい)、
と意味が重なる(仝上・大言海)。
たゆたふ、
の語源は、
タは接頭語、ユタはゆるやかでさだまらないさま(岩波古語辞典)、
以外に、
ユタユタの略、タヤタの活用語(万葉考)、
タユミ-タタフ(湛)の義(名語記)、
漂う意で、タユタユ(徒動徒動)の義(言元梯)、
タは接頭語、ユタはユタカ(裕)の語幹(日本古語大辞典=松岡静雄)、
等々あるが、上述の流れから見て、やはり、
タは接頭語、ユタはゆるやかでさだまらないさま、
からきていると見るのが妥当に思われる。
「寛」(カン)は、
会意兼形声。萈(カン)は、からだのまるい山羊を描いた象形文字。まるい意を含む。寛はそれを音符とし、宀(いえ)を加えた字で、中がまるくゆとりがあって、自由に動ける大きい家。転じて、ひろく中にゆとりのある意を示す、
とある(漢字源)。別に、
会意兼形声文字です(宀+莧(萈))。「屋根・家屋」の象形と「角と目とを強調した、やぎ」の象形から、小屋の中にゆったりとしているやぎのさまを表し、そこから、「ひろい」を意味する「寛」という漢字が成り立ちました、
も(https://okjiten.jp/kanji1690.html)同趣旨たが、
形声。宀と、音符萈(クワン)とから成る。広い家、ひいて「ひろい」意を表す。常用漢字は省略形による、
と(角川新字源)、
形声。「宀」+音符「萈 /*KWAN/」。「ひろい」を意味する漢語{寬 /*kwhaan/}を表す字、
と (https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AF%AC)、形声文字とする説もある。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95