2024年05月10日
さゆ
笹の葉に置く霜よりも一人寝(ぬ)るわが衣手ぞさえまさりける(古今和歌集)、
の、
さゆ、
は、
冷える、凍る、
意である(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
さやけし、
で触れたことだが、
サユ(冴)は、
さやけしと同根、
であり(岩波古語辞典)、
さやか(分明・亮か)のサヤと同根、
とある(仝上)。
さや、
は、
清、
と当て、
あし原のしけしき小(を)屋に菅畳、いやさや敷きてわが二人寝し(古事記)、
と、
すがすがしいさま、
の意だが、やはり、
日の暮れに碓井の山を越ゆる日は背(せ)なのが袖もさや振らしつ(万葉集)
と、
ものが擦れ合って鳴るさま、
の意もあり(岩波古語辞典)、
冷たい、
凍(冱)る、
意をメタファに、
(光や音が)冷たく澄む、
意でも使う(仝上)。だから、
冴ゆ、
は、
沍(さ)ゆ、
とも当て、
さざ浪や志賀の唐崎さえて比良 (ひら) の高嶺にあられ降るなり(新古今和歌集)、
と、色葉字類抄(1177~81)に、
冴、サユ、凍、サユ、
とあるように、
冷え込む、
冷たく凍る、
意だが、それをメタファに、
山かげや岩もる清水音さえて夏のほかなるひぐらしの声(千載集)、
雪うち散りつつ、いみじく激しくさえ凍る暁がたの月の、ほのかに濃き掻練(かいねり)の袖に映れるも(更科日記)、
浜名の橋を渡り給へば松の梢に風冴えて入江に騒ぐ波の音(平家物語)
等々と、
光、音、色などが、冷たく感じるほど澄む、
また、
まじりけがないものとしてはっきり感じられる、澄みきる、
意で(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)、
冴ゆる夜、
冴ゆる月、
冴ゆる星、
冴ゆる風、
声冴ゆる、
影冴ゆ、
等々と使い、さらに、それをメタファに、
万葉はげに代もあがり、人の心もさえて(「毎月抄(1219)」)、
眠られぬ儘に過去(こしかた)将来(ゆくすゑ)を思ひ回らせば回らすほど、尚ほ気が冴(サエ)て眠も合はず(浮雲)、
と、
気持が純粋で澄みきる、
目や頭の働き、神経、気持などがはっきりする、
意で使ったり、
さえた腕の職人だ、
包丁さばきがさえる、
というように、
技術があざやかである、
すぐれている、
意でも使う(仝上・デジタル大辞泉)。
冱、堅凍也、
冴同冱、
とある(宋代の漢字を韻によって分類した韻書『集韻(しゅういん)』)ように、
冴、
は、
冱、
の異字体である。
「冴(冱)」(漢音コ、呉音ゴ)は、
形声文字。「冫(こおり)+音符牙」
とあり(漢字源)、
形声文字です(冫+互(牙))。「氷の結晶」の象形と「木枠を交差させて組んだ縄巻器」の象形(「互いに」の意味だが、ここでは、「固(コ)」に通じ(同じ読みを持つ「固」と同じ意味を持つようになって)、「かたまる」の意味)から、「凍る」、「寒い」、「ふさぐ」、「ふさがる」を意味する「冱」という漢字が成り立ちました。のちに、「互」の形が「牙」に変化して「冴」という漢字が成り立ちました。「冱」は「冴」の旧字(以前に使われていた字)です、
ともある(https://okjiten.jp/kanji2184.html)。しかし、
形声。声符は互(ご)。〔玉篇〕に「寒(こご)ゆるなり」とみえ、寒さのため冰り、ものが凝り固まることをいう。「荘子」斉物論に、至人の徳を称して「河漢冱るも寒(こご)えしむること能はず」という。わが国では寒さのさえることをいい、冴の字を用いるが、字形を誤ったものであろう。互に連互する意があり、広く結氷してゆく状態をいう、
とあり(字通)、
冱、
が正字とする。同様、
形声。冫と、音符互(ゴ)(牙は誤った形)とから成る、
とする(角川新字源)。
参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95