君恋ふる涙の床(とこ)にみちぬればみをつくしとぞわれはなりぬる(古今和歌集)、
の、
みをつくし、
は、
水脈(みを)つ串、
で、
水先案内のため、水脈の標識として立てた杭、
で、
わびぬれば今はた同じ難波なるみをつくしてもあはむとぞおもふ(後撰集)、
と、
難波のものがよく知られる、
とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
みをつくし(みおつくし)、
は、
澪標、
と当て、後世は、
みおづくし、
ともいい、
みおじるし、
とも訓ませる(デジタル大辞泉)。
れいひょう、
とも訓ませると、漢語であり(仝上・字源)、
(水先案内のために)通行する船に水脈や水深を知らせるために目印として立てる杭、
をいい(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)、水深の浅い河口港に設けるが、古来、
凡難波津頭海中立澪標、若有舊標朽折者、捜求抜去(延喜式)、
と、
難波のみおつくし、
が有名である(仝上・岩波古語辞典)。
澪標、
は川の河口などに港が開かれている場合、土砂の堆積により浅くて舟(船)の航行が不可能な場所が多く座礁の危険性があるため、比較的水深が深く航行可能な場所である澪との境界に並べて設置され、航路を示した、
もので(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BE%AA%E6%A8%99)、同義語に、
澪木(みおぎ)、
水尾坊木(みおぼうぎ)、
などがあり、後世、
ほんぎ、
ともいい、
土砂が堆積する三角洲の河口付近に設置され、満潮時には行き交う舟の運行指標となった、
とある(仝上)。上方の難波に倣い、関東でも、
小間物町の野地豊前が洲崎に水路標を設置し、満潮時の可航水路を漁師に示した、
とあり、江戸時代初期の三浦浄心『慶長見聞集』「江戸河口野地ぼんぎの事」で、
天正19(1591)卯の年事也、洲崎に澪(みを)しるしを立る、是を俗にぼんぎと云ふ、
とあり、
隅田河口を運行する漁師に喜ばれた、
ので、野地の名をとり、
野地ほんぎ、
と通称された(仝上・大言海)とあるように、
ぼんぎ、
ともいうが、これは、
ぼうぎ(棒木)の音便、
で、江戸の川口の
澪弋(ミヲグイ)、
のことを呼ぶ(大言海)。
(みおつくし(江戸時代) 精選版日本国語大辞典より)
(澪標(南粋亭芳雪『浪花百景』「天保山」中の澪標) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BE%AA%E6%A8%99より)
多く、和歌では、
身を尽くし、
にかけて用いることが多い(仝上)。
みおぎ、
みおぐい、
みおぼうぎ、
みおじるし、
みおのしるし、
みおぐし、
等々ともいう(仝上)。この由来は、
澪の串の意(精選版日本国語大辞典)、
水脈(みを)の串の意(岩波古語辞典・広辞苑)、
「澪(みお)つ串(くし)」で、「つ」は助詞「の」の意(デジタル大辞泉)、
水脈之杙(みをつくし)の義、澪の字は、字鏡(平安後期頃)に、落なりとあり、落潮の尺度を知らしめむための標なり(大言海)、
水尾之材・水尾之杙の義(翁草・閑田次筆・名言通・比古婆衣・日本語原学=林甕臣)、
ミヲ(水尾)ジルシの義(万葉代匠記・万葉集類林)、
などとあるが、
杙、
ないし、
串
とする説が大勢である。因みに、
みを、
は、
澪、
水脈、
水尾、
と当て、
三輪山の山下(やました)響(とよ)みゆく水の水尾(みを)し絶えずは後(のち)も吾が妻(万葉集)、
と、
海や川の中で、水の流れる筋、
をいうが、特に、
堀江よりみを(水脈)さかのぼる楫(かぢ)の音の間なくぞ奈良は恋しかりける(万葉集)、
と、
船の航行できる深い水路、
をいう(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。
みを、
は、
みよ、
ともいい、その由来は、
ミ(水)ヲ(緒)の意(広辞苑・岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、
水緒(ミヲ)にて、流れの筋の意か、或は云ふ水尾の義、尾は引き延べたるを云ふ、山の尾の如し、澪は、水零の合字(大言海)、
と、
水路、
の意味のようである。そこから敷衍して、現代では、
航行する船が背後にのこす長い帯のような航跡(ミオ)を辿るように(死霊)、
と、
航路あとに出来る水の筋、
航跡、
の意でも使う(広辞苑)。
「澪」(漢音レイ、呉音リョウ)は、
会意兼形声。「水+音符零(やせほそる)」、
とあり(漢字源)、別に、
会意兼形声文字です(氵(水)+零)。「流れる水」の象形と「雲から水滴がしたたり落ちる象形と頭上に頂く冠の象形とひざまずく人の象形(「人がひざまずいて神意を聞く」の意味」(神の意志によって「雨が降る」の意味)から「(神の)川」を意味する「澪」という漢字が成り立ちました、
とある(https://okjiten.jp/kanji2566.html)が、
形声。「水」+音符「零」、中国においては地名(河川名)以外の用法はごくまれ、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%BE%AA)。
「標」(ヒョウ)は、
会意兼形声。票は「要(細くしまった腰、細い)の略体+火」の会意文字で、細く小さい火のこと。標は、「木+音符票」で、高くあがったこずえ、
とあり(漢字源)、別に、
会意兼形声文字です(木+票)。「大地を覆う木」の象形と「人の死体の頭を両手でかかげる象形と燃え立つ炎の象形」(「火が高く飛ぶ」の意味)から「木の幹や枝の先端」を意味する「標」という漢字が成り立ちました(転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、高くて目につく「しるし」・「めじるし」の意味も表すようになりました)。「標」は略字です、
とある( https://okjiten.jp/kanji718.html)が、
形声。木と、音符票(ヘウ)とから成る。木の「こずえ」の意を表す。借りて「しるし」の意に用いる、
と(角川新字源)、形声文字とするものもある。
参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95