鳰の海や月の光のうつろへば波の花にも秋は見えけり(新古今和歌集)、
の、
鳰の海、
は、
琵琶湖の別名、
鳰の湖、
とも当て(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、
におのみずうみ、
とも訓み、
鳰(にほ)、
ともいう(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。
鳰の海の、
は、また、
近江の国の枕詞、
でもある(仝上)。
鳰、
については、「にほどり」で触れたように、
カイツブリの古名、
である。
鳰の海、
は、
湖辺の地名に仁保、または邇保から、萍(うきくさ)の跡、
との説もあるが、
琵琶湖に鳰鳥が多いところから、
ともあり(日本語源大辞典)、その名の由来ははっきりしない。
琵琶湖、
という呼称自体、いつ頃から琵琶湖とよばれたのかはつまびらかではない(日本歴史地名大系)とあり、古くは、
淡海(あふみ)の海(み)夕波千鳥 汝(な)が鳴けば心もしのに古(いにしへ)思ほゆ(柿本人麻呂)、
と、
淡海、
淡海の海、
とも呼ばれていた。琵琶湖のある、
近江、
という国名は、遠江(とおとうみ)国(古称は、とほつあふみ(遠淡海)、琵琶湖を「近つ淡海」というのに対する)の、
浜名湖、
に対して都に近い、
近つ淡海、
つまり、
あはうみ、
から転じたものとされている(仝上)。
鹽海、
に対して、
アハウミ(淡海)、
であり、その
アハウミ、
という琵琶湖の古称から、
近江、
に転訛したということである(名語記・万葉代匠記・和字正濫鈔・日本釈名・語意考・可成三註)。で、
近江海(おうみのみ)、
ともいう(精選版日本国語大辞典)。もっとも、
淡海、
は借字で、
オフミ(大水)の訛、
とする説もある(日本古語大辞典=松岡静雄)が。ちなみに、
琵琶湖、
の呼称は、
ビワ(琵琶または枇杷)の形に似ているから(和漢三才図絵)、
竹生島には弁才天をまつり弁才天は妙音天女ともいい、枇杷につうじるところから(笈埃随筆)、
湖水を琵琶湖と名づくハ、竹生島の天女音楽を好み給ふ故、海を琵琶湖と名づく、因みて神を妙音天女と名づく(淡海録)、
湖海者琵琶形也(竹生島縁起)、
形が琵琶に似るところから(精選版日本国語大辞典)、
アイヌ語の「貝を採るところ」を意味する語に由来し、ビワ(ビハ)は水辺や湿原がある場所を指す(吉田金彦)、
などと、多く、その形からきているという説のようである(日本語源大辞典)。
古くは、
淡海の海瀬田の済(わたり)に潜(かづ)く鳥目にし見えねば 憤(いきどほろ)しも(日本書紀)、
いざ吾君(あぎ)振熊(ふるくま)が痛手負はずは鳰鳥(にほどり)の淡海の湖に潜(かづ)きせなわ(古事記)
と、
淡海の海、
淡海の湖、
と使われ、
鳰の海、
を詠んだものは、冒頭の、
鳰の海や月の光のうつろへば波の花にも秋はみえけり(藤原家隆)、
の他、
しなてるや鳰の海に漕ぐ舟のまほならねども逢い見し物を(源氏物語)
我がそでの涙やにほの海ならんかりにも人をみるめなければ(千載集)、
と、新古今集、玉吟集(壬二(みに)集)などに見られ、比較的新しい。
淡海、
は、
「続日本紀」養老元年(七一七)九月一二日条に「淡海」とあり、六国史でも、淡海が公的な名称と考えられる(日本歴史地名大系)とある。
湖水、
という呼び名があるが、「山槐記」元暦二年(1185)七月九日条に、
近江湖水流北、
「石山寺縁起」巻一に、
水海(すいかい)、
とあるが、この、
近江湖水、
または、単に、
湖水、
という呼称は長く通用していた(仝上)とある。
琵琶湖、
という呼称は、元禄期(1688~1704)の「淡海録」に、
琵琶湖、
とあり、東海道分間延絵図は、
近江湖水、
に注記し、
一名琵琶湖、
とするので、江戸中期までには琵琶湖の呼称はほぼ定着していた(仝上)とみられる。琵琶湖には、また、
細波(さざなみ)、
という呼称もあり、
近江の国の風土記引きて言わく、淡海の国は淡海を以ちて国の号と為す。故に一名を細波国と言ふ。目の前に湖上の漣(さざなみ)を向ひ観るが所以なり、
とある(https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/kendoseibi/koutsu/12389.html)。
(琵琶湖 『近江八景』(歌川広重)「矢橋帰帆」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%90%B5%E7%90%B6%E6%B9%96より)
なお、「かいつぶり」については、「にほどり」で触れた。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95