2024年06月05日

鳰(にほ)の海


鳰の海や月の光のうつろへば波の花にも秋は見えけり(新古今和歌集)、

の、

鳰の海、

は、

琵琶湖の別名、

鳰の湖、

とも当て(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、

におのみずうみ、

とも訓み、

鳰(にほ)、

ともいう(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。

鳰の海の、

は、また、

近江の国の枕詞、

でもある(仝上)。

鳰、

については、「にほどり」で触れたように、

カイツブリの古名、

である。

鳰の海、

は、

湖辺の地名に仁保、または邇保から、萍(うきくさ)の跡、

との説もあるが、

琵琶湖に鳰鳥が多いところから、

ともあり(日本語源大辞典)、その名の由来ははっきりしない。

琵琶湖、

という呼称自体、いつ頃から琵琶湖とよばれたのかはつまびらかではない(日本歴史地名大系)とあり、古くは、

淡海(あふみ)の海(み)夕波千鳥 汝(な)が鳴けば心もしのに古(いにしへ)思ほゆ(柿本人麻呂)、

と、

淡海、
淡海の海、

とも呼ばれていた。琵琶湖のある、

近江、

という国名は、遠江(とおとうみ)国(古称は、とほつあふみ(遠淡海)、琵琶湖を「近つ淡海」というのに対する)の、

浜名湖、

に対して都に近い、

近つ淡海、

つまり、

あはうみ、

から転じたものとされている(仝上)。

鹽海、

に対して、

アハウミ(淡海)、

であり、その

アハウミ、

という琵琶湖の古称から、

近江、

に転訛したということである(名語記・万葉代匠記・和字正濫鈔・日本釈名・語意考・可成三註)。で、

近江海(おうみのみ)、

ともいう(精選版日本国語大辞典)。もっとも、

淡海、

は借字で、

オフミ(大水)の訛、

とする説もある(日本古語大辞典=松岡静雄)が。ちなみに、

琵琶湖、

の呼称は、

ビワ(琵琶または枇杷)の形に似ているから(和漢三才図絵)、
竹生島には弁才天をまつり弁才天は妙音天女ともいい、枇杷につうじるところから(笈埃随筆)、
湖水を琵琶湖と名づくハ、竹生島の天女音楽を好み給ふ故、海を琵琶湖と名づく、因みて神を妙音天女と名づく(淡海録)、
湖海者琵琶形也(竹生島縁起)、
形が琵琶に似るところから(精選版日本国語大辞典)、
アイヌ語の「貝を採るところ」を意味する語に由来し、ビワ(ビハ)は水辺や湿原がある場所を指す(吉田金彦)、

などと、多く、その形からきているという説のようである(日本語源大辞典)。

琵琶湖.jpg


古くは、

淡海の海瀬田の済(わたり)に潜(かづ)く鳥目にし見えねば 憤(いきどほろ)しも(日本書紀)、
いざ吾君(あぎ)振熊(ふるくま)が痛手負はずは鳰鳥(にほどり)の淡海の湖に潜(かづ)きせなわ(古事記)

と、

淡海の海、
淡海の湖、

と使われ、

鳰の海、

を詠んだものは、冒頭の、

鳰の海や月の光のうつろへば波の花にも秋はみえけり(藤原家隆)、

の他、

しなてるや鳰の海に漕ぐ舟のまほならねども逢い見し物を(源氏物語)
我がそでの涙やにほの海ならんかりにも人をみるめなければ(千載集)、

と、新古今集、玉吟集(壬二(みに)集)などに見られ、比較的新しい。

淡海、

は、

「続日本紀」養老元年(七一七)九月一二日条に「淡海」とあり、六国史でも、淡海が公的な名称と考えられる(日本歴史地名大系)とある。

湖水、

という呼び名があるが、「山槐記」元暦二年(1185)七月九日条に、

近江湖水流北、

「石山寺縁起」巻一に、

水海(すいかい)、

とあるが、この、

近江湖水、

または、単に、

湖水、

という呼称は長く通用していた(仝上)とある。

琵琶湖、

という呼称は、元禄期(1688~1704)の「淡海録」に、

琵琶湖、

とあり、東海道分間延絵図は、

近江湖水、

に注記し、

一名琵琶湖、

とするので、江戸中期までには琵琶湖の呼称はほぼ定着していた(仝上)とみられる。琵琶湖には、また、

細波(さざなみ)、

という呼称もあり、

近江の国の風土記引きて言わく、淡海の国は淡海を以ちて国の号と為す。故に一名を細波国と言ふ。目の前に湖上の漣(さざなみ)を向ひ観るが所以なり、

とあるhttps://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/kendoseibi/koutsu/12389.html

歌川広重『近江八景』「矢橋帰帆」.jpg

(琵琶湖 『近江八景』(歌川広重)「矢橋帰帆」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%90%B5%E7%90%B6%E6%B9%96より)

なお、「かいつぶり」については、「にほどり」で触れた。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:37| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする