2024年06月06日
みるめ
満つ潮の流れひるまを逢ひがたみみるめの浦によるをこそ待て(古今和歌集)、
おほかたはわが名もみなとこぎ出でなむ世をうみべたにみるめ少なし(仝上)、
の、
みるめ、
は、
みるめ(海松布)と見る目(逢う折)との掛詞、
とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
みるめ、
は、
海松布、
水松布、
と当て、
海藻ミル、
のこと、和歌では多く、
「見る目」とかけて用いられる、
とある(精選版日本国語大辞典)。
みるめ、
の、
メ、
は、
アラメ・ワカメのメと同じ、海藻類の総称、
とあり(岩波古語辞典)、
メ、
に、
布、
の字を当てるについては、「昆布」で触れたように、
(昆布は)蝦夷(アイヌ)の語、kombuの字音訳なり、夷布(えびぬのと云ふも、それなり、海藻類に、荒布(あせめ)・若布(わかめ)・搗布(かぢめ)など、布の字を用ゐるも、昆布より移れるならむ、支那の本草に、昆布を挙げたり、然れども、東海に生ず、とあれば、此方より移りたるなるべし、コフと云ふは、コンブの約なり(勘解由(かんげゆ)、かげゆ。見参(げんざん)、げざん)、廣布(ひろめ)と云ふは、海藻の中にて、葉の幅、最も広きが故に、名とするなり、
とある(大言海)。『続日本紀』に、
霊亀元年十月「蝦夷、須賀君古麻比留等言、先祖以来貢献昆布、常採此地、年時不闕、云々、請於閉村、便達郡家、同於百姓、共率親族、永不闕貢」(熟蝦夷(にぎえみし)なり。陸奥、牡鹿郡邊の地ならむ、金華山以北には、昆布あり、今の陸中の閉伊郡とは懸隔セリ)」
とあり、アイヌと関わることはありそうである。和名類聚抄(931~38年)には、
本草云、昆布、生東海、和名比呂米、一名、衣比須女、
とあり、色葉字類抄(1177~81)には、
昆布、エビスメ、ヒロメ、コブ、
とある。本草和名には
昆布、一名綸布(かんぽ)。和名比呂女、一名衣比須女、
ともあり、
昆布、
は、古くは、
ヒロメ(広布)、
エビスメ、
等々と呼んだ。因みに、後漢代の「本草」(神農本草経)には、
綸布、一名昆布、出高麗如捲麻、黄黒色、柔韌可食、今海苔紫菜皆似綸、恐卽是也、
とある(字源)。この、
昆布、
の音読、
コンブ、
訛って、
コブ、
とする説(日本語源大辞典)もありえる気がする。いずれにしろ、
布、
の字当てる、
メ、
は、
志賀(しか)の海女(あま)は藻(め)刈(か)り塩(しほ)焼き暇(いとま)無(な)み櫛笥(くしげ)の小櫛(をぐし)取りも見なくに(万葉集)、
藻、
昆布、
海布、
等々と当て、
モ(藻)の転か(岩波古語辞典)、
芽の義かと云ふ、或は云ふ、藻の轉(大言海)、
とある。
藻、
は、和名類聚抄(931~38年)に、
藻、毛、一名毛波、一本水中菜、
類聚名義抄(11~12世紀)に、
藻、モ、モハ、
とあるように、
モハの略、
とあり(大言海)、この、
モハ、
の略が、
メ、
に転訛した可能性は高い。
芽
は、
モエ(萌)の約(名語記・古事記伝・言元梯・松屋筆記・菊池俗語考・和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子・大言海)、
か、
メ(目)の義(名語記・九桂草堂随筆・和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子・岩波古語辞典・国語溯原=大矢徹・国語の語根とその分類=大島正健)、
と別れるが、
草木の種や根・枝から出て新しい葉や茎になろうとする、
という説もあり得ると思うのは、
見る目、
に掛ける、
目(メは、古語マ(目)の転)、
は、
芽と同根、
とされるからだ。いずれとも判別は難しい。個人的には、
モ(藻)→メ(海布)、
の気がするが。
海藻、
ミル、
は、
海松、
水松、
と当て(岩波古語辞典)、
ミルメ(海松布)の略、分岐して生えているところからマル(散)と同義か(日本語源=賀茂百樹)、
ムルの転。ムルはマツラクの反、松に似ているところから(名語記)、
海に居て形が松に似ているから(https://www.flower-db.com/ja/flowers/codium-fragile)、
「水松」を「うみまつ」と読ませ、「俗にいう海松」と説明している(和漢三才図絵)。
とあり、
海松色
海松模様、
とも言われるので、「松」に加担したいが、これは後世の謂いで、おそらく、
ミルメ(海松布)の略、
かと思われる。
ミルは、
学名:Codium fragile、
世界中の温かい海に生息する緑藻という海藻の一種、日本各地の海の潮間帯下部〜潮下帯の岩礁に生息し、色は深緑で二分枝しながら長さ40cm程に成長します。枝の断面は太さ1cm程で丸く長いのが、人間の指の様に見えます。以前は食用として食べられていましたが現在では日本では食用としていません、
とある(https://www.flower-db.com/ja/flowers/codium-fragile)。
大宝律令で朝廷へ納める税には、海松も納税品の一つとされてたし、神饌(しんせん、みけ)にも用いられ、萬葉集でも、
御食(みけ)向(むか)ふ淡路の島に直(ただ)向ふ敏馬(みぬめ)の浦の沖辺(おきへ)には深海松(ふかみる)摘み浦廻(うらみ)には名告藻(なのりそ)刈り深海松(ふかみる)の見まく欲しけど名告藻(なのりそ)おのが名(な)惜(を)しみ間使(まつか)ひも遣(や)らずて我(われ)は生けりともなし、
と詠われている(仝上)。
因みに、
海松色、
は、
海松(ミル)の色、
を言い、
くすんだ黄緑色、
で(https://woman.mynavi.jp/kosodate/articles/16490)、
海松色(みるいろ)、
に合う色のひとつに、
若草色(わかくさいろ)、
があり、
この二つを組み合わせることで、清々しい若さを感じさせる配色になります、
とある(https://woman.mynavi.jp/kosodate/articles/16490)。
参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95