陸奥の安積(あさか)の沼の花かつみかつ見る人に恋ひやわたらむ(古今和歌集)、
の、
花かつみ、
は、
菖蒲、あやめ、薦(こも)等々の説があるが、いかなる植物か不明、
とあり(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)、
花かつみ、
は、
「かつ」「かつて」にかかる序詞、
として用いる(広辞苑)とある。この、
みちのくの安積の沼の花かつみかつ見る人に恋ひやわたむ(古今和歌集)、
を本歌とする、
野辺はいまだあさかの沼に刈る草のかつ見るままに茂る頃かな(新古今和歌集)、
では、
刈る草、
で、
本歌の花かつみを暗示する、
とし(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、
花かつみ、
は、
真菰とも野花菖蒲、
ともいうとし、
後者か、
としている(仝上)。
はなかつみ、
は、
花勝見、
と当て(広辞苑)、
水辺の草の名、秋、ヨシに似た穂が出る、
とあり(岩波古語辞典)、一説に、
マコモ、
とあり(仝上・広辞苑)、
諸説、区々なれど、菰(マコモ)なりと云ふ、
ともある(大言海)。この故は、
かつみ、
は、
勝見、
と当て、
かつみぐさの略、
で、
マコモの異称、
とされる(仝上)からである。
「刈菰」で触れたように、
真菰刈る淀の沢水雨降ればつねよりことにまさるわが恋(古今和歌集)、
などと詠われる、
真菰、
は、
真薦、
とも当て、「ま」は、
接頭語(岩波古語辞典)、
まは発語と云ふ(大言海)、
マは美称の接頭語(角川古語大辞典・小学館古語大辞典)、
とあり、色葉字類抄(1177~81)に、
菰、マコモ、コモ、
とあり、
こも(薦・菰)、
のことで、
かつみ、
はなかつみ、
まこもぐさ
かすみぐさ、
伏柴(ふししば)、
ともよぶがイネとは異なる(広辞苑・大言海)。
真菰、
は、古くから、
神が宿る草。
として大切に扱われ、しめ縄としても使われてきた(https://www.biople.jp/articles/detail/2071)。
「こも」は、
薦、
菰、
と当て、
まこも(真菰)の古名、
とある(日本語源大辞典・精選版日本国語大辞典)。
イネ科の大形多年草。各地の水辺に生える。高さ一~二メートル。地下茎は太く横にはう。葉は線形で長さ〇・五~一メートル。秋、茎頂に円錐形の大きな花穂を伸ばし、上部に淡緑色で芒(のぎ)のある雌小穂を、下部に赤紫色で披針形の雄小穂をつける。黒穂病にかかった幼苗をこもづのといい、食用にし、また油を加えて眉墨をつくる。葉でむしろを編み、ちまきを巻く、
とあり、漢名、
菰、
という(精選版日本国語大辞典・日本語源大辞典)。
マコモの種子、
は米に先だつ在来の穀粒で、縄文中期の遺跡である千葉県高根木戸貝塚や海老が作り貝塚の、食糧を蓄えたとみられる小竪穴(たてあな)や土器の中から種子が検出されている、
とある(日本大百科全書)。江戸時代にも、『殖産略説』に、
美濃国(みののくに)多芸(たぎ)郡有尾村の戸長による菰米飯炊方(こもまいめしのたきかた)、菰米団子製法などの「菰米取調書」の記録がある、
という。中国では、マコモの種子を、
波漂菰米沈雲黑(波は菰米(こべい)を漂わして沈雲(ちんうん)黒く)(杜甫・秋興)、
と、
菰米、
と呼び、
色は黒く、食用に供するので米という、
とある(前野直彬注解『唐詩選』)。
古く『周礼(しゅらい)』(春秋時代)のなかで、
供御五飯の一つ、
とされている。なお、茎頂にマコモ黒穂菌が寄生すると、伸長が阻害され、根ぎわでたけのこ(筍)のように太く肥大する。これを、
マコモタケ、
という。内部は純白で皮をむいて輪切りにし、油いためなど中国料理にする。根と種子は漢方薬として消化不良、止渇、心臓病、利尿の処方に用いられる(マイペディア)。(マイペディア)。その故か、
かつみ、
の由来は、
糧實(カテミ)の転(竪(タテ)、たつ)、實の食糧に充つべき意かと云ふ、
とある(大言海)。
たしかに、
かつみ、
は、
まこも、
だとして、しかし、あえて、それに「花」を冠させて、
花かつみ、
と言ったのには、理由がなければならない。「花」の印象が薄い点では、
ショウブ、
も、
マコモ、
と、どっこいどっこいな気がする。では、
花しょうぶ、
なのか。ただ、
ノハナショウブ、
は、
かきつばた、
とは違い、水辺に生えない。どれかとは決め手がない。
マコモ、
ショウブ、
以外に、
デンジソウ、
ヒメシャガ、
という説もあるらしい(https://www.tamagawa.ac.jp/agriculture/teachers/tabuchi/theme/02/02_2.html)が。
(デンジソウ(田字草) https://shop.shizen-seikatsu.jp/item-detail/771013より)
なお、「あやめ」「かきつばた」「ショウブ」については、「あやめぐさ」、「何れ菖蒲」で触れた。
参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95