君や來むわれや行かむのいさよひに真木の板戸もささず寝にけり(古今和歌集)、
の、
真木、
は、
杉や檜など、固くて建築に適した木、
で(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)、
いさよひ、
は、
物事や行動が思うように進まないこと、転じて、なかなか出てこない十六夜の月をいう、ここは両方の意、
とある(仝上)。
いさよふ、
は、上代は清音だが、鎌倉時代以降、
いざよふ、
と濁音化するが、
山の端にいさよふ(不知世經)月の出でむかと我が待つ君が夜はくたちつつ(万葉集)、
もののふの八十氏河の網代木にいさよふ(不知代経)波の行方知らずも(万葉集)、
と、
(波・雲・月・心などが)ぐずぐずして早く進まない、
動かず停滞している、
意で使う(岩波古語辞典)。この名詞形、
いさよひ、
は、冒頭の歌のように、
ためらう、
いざよう、
意で使い、転じて、
(十六夜)月の出を早くと待っても、月がいざよふ、
という気持から、
はかなくも我よのふけをしらずしていさよふ月を待わたる哉(木工権頭為忠百首)、
と、
陰暦十六日夜の月、また、その夜、
の意となる(仝上)。で、
いざよふつき、
に(古くは「いさよう月」)、
猶予月、
とあてる(精選版日本国語大辞典)。
(十六夜の月)
十六夜の月、
については「いざよい」で触れたように、
満月よりも遅く、ためらうようにでてくるのでいう、
とある(広辞苑)。大言海は、
日没より少し後れて出づるに因りて、躊躇(いさよ)ふと云ふなり。イサヨフは、唯、やすらふの意の語なれど、特に此の月に云ふなり。…和訓栞、いさよひ「ヨヒを、青に通ハシ云ふ也」。十七夜の月を立待の月と云ひ、十八夜の月をゐまち(居待)の月と云ふ、
とする。この、
いさよふ、
の語源は、岩波古語辞典が、
イサはイサ(否)・イサカヒ(諍)・イサヒ(叱)と同根。前進を抑制する意。ヨヒはタダヨヒ(漂)のヨヒに同じ、
とし、大言海が、
不知(いさ)の活用にて、否(イナ)の義に移り、否みて進まぬ意にてもあらむか。ヨフは、揺(うご)きて定まらぬ意の、助動詞の如きもの、タダヨフ(漂蕩)、モコヨフ(蜿蜒)の類、
とし、また、
いなと通へり。否の義なりと云へり(和訓栞)、
を引き、
萬葉集「不言(イナ)と言はむかも」の古写本に、不知に作れりと云ふ、同「不聴(イナ)と云へど」(不聴許の意)、此語は、清音にて、いさ知らず、と熟語となるべき語なり、さるに常に然(しか)言馴れては、終に下略して「いさ」とのみも云ふ、因りて、不知の字を、直ちに、「いさ」に用ゐるに至れり、足引きの山、ぬばたまの夜、なるを、足引きの(山の)木間(このま)、ぬばたまの(夜の)月、と云ふが如し、
としていて、微妙に違う。
「よひ」は、
ただよひ、
かがよひ、
もごよひ、
などの「よひ」で、動揺し、揺曳する意(岩波古語辞典)として、「いさ」は、
否、
不知、
と当て、
イサカヒ・イサチ・イサヒ・イサメ(禁)・イサヨヒなどと同根。相手に対する拒否・抑制の気持ちを表す、
とあり(仝上)、相手の言葉に対して、
さあ、いさ知らない、
さあ、いさわからない、
という使い方をしたり、「いや」「いやなに」「ええと」など、相手をはぐらかしたりするのに使う(岩波古語辞典)、とある。これだと、月が、
はぐらかしている、
という含意になる。どちらとも決めかねるが、個人的には、「はぐらかす」よりは、「出しぶる」意味の方がいいような気がするが、月を主体にすれば、「はぐらかす」になり、見る側からみれば「出しぶる」になるので、同じことと言えばいえる。別に、
「いさ」は感動詞「いさ」と同根。「よふ」は「ただよふ(漂)」などの「よふ」か、
とする説(日本語源大辞典)もある。「いさ」は、
さあ、
と人を誘うときや、自分が思い立った時、
の言葉だが(岩波古語辞典)、通常、
いざ、
と濁る。大言海は、この、
いさ、
に、
率、
去来、
と当て、
イは、発語、サは誘う声の、ささ(さあさあ)の、サなり。いざいざと重ねても云ふ。…発語を冠するによりて濁る。伊弉諾尊、誘ふのイザ、是なり。率の字は、ひきゐるにて、誘引する意。開花天皇の春日率川宮も、古事記には、伊邪川(いざかはの)宮とあり、
とする。そして、
「いさ」(不知)と「いざ」(率)と混ずべからず、
としている(大言海)。やはり、感嘆詞は、無理があるかもしれない。因みに、
いざ、
に、
去来、
と当てるのは、「帰去来」からきている。帰去来は、
かへんなむいざ、
と訓ませるが、
訓点の語、帰りなむ、いざの音便。仮名ナムは、完了の助動詞。來(ライ)の字にイザを充(あ)つ。來(ライ)は、助語にて、助語審象に「來者、誘而啓之之辞」など見ゆ(字典に「來、呼也」、周禮、春官「大祝來瞽」。來たれの義より、イザの意となる)。帰去来と云ふ熟語の訓点なれば、イザが語の下にあるなり。史記、帰去来辞(ききょらいのことば)、など夙(はや)くより教科書なれば、此訓語、普遍なりしと見えて、古くより上略して、去来の二字を、イザに充て用ゐられたり、
とある(大言海)。
参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95