避賢初罷相(賢を避けて初めて相(しょう)を罷め)
樂聖且銜杯(聖を樂しんで且(しばら)く杯を銜(ふく)む)
為問門前客(為めに問う 門前の客)
今朝幾個來(今朝(こんちょう) 幾個(いくこ)か來(きた)れると)(李適・罷相作)
の、
避賢、
は、
賢者の道を避ける、
意で(前野直彬注解『唐詩選』)、漢の丞相石慶が辞任するとき、
賢者の道を避けん、
といった故事にもとづく。
自分のような不肖の者が高い地位にいては、賢者の登用される道をふさぐだけだから、それをさけて辞任する、
という意味になる(仝上)。
樂聖、
は、
魏の太祖が禁酒令を出したとき、禁をおかそうとする酒のみが、隠語を用い、清酒を聖人、濁酒を賢人とよんだ、
という故事があり、ここでは、
ものにこだわらぬ聖人の道を楽しむという意味と、清酒を楽しむという意味を掛けて用いている、
とある(仝上)。杜甫の詩「飮中八仙歌」に、
左相日興費萬錢(左相(さしょう)の日興(にっきょう) 万銭(ばんせん)を費す)
飮如長鯨吸百川(飲むこと長鯨(ちょうげい)の百川(ひゃくせん)を吸うが如し)
銜杯樂聖稱避賢(杯(はい)を銜(ふく)み聖(せい)を楽しみ賢(けん)を避(さ)くと称す)
とある、
左相、
とは、上記詩の作者、
李適之(りてきし)、
で、
樂聖稱避賢、
は、ここでは、
酒のみの符牒である、清酒を聖人、濁酒を賢人といったのと、酔えば聖人になったような気がして、うるさいことをいう賢人はごめんだという意味とを掛けて、しゃれたもの、
とある(前野直彬注解『唐詩選』)。
李適之(りてきし)、
は、
左丞相李適之(694~747)。唐の太宗の子、恒山王李承乾(りしょうけん)の孫にあたる皇族の子孫。天宝元年(742)、左相(宰相)となったが、のちに、玄宗黄帝の信任を得ていた政敵李林甫(りりんぽ)と対立、失脚し、最後は自殺した。『全唐詩』には「李適之。天寶元年為左丞相」とある、
という(https://kanbun.info/syubu/toushisen027.html・前野直彬注解『唐詩選』)。
聖は清酒、賢は濁り酒、
は、『魏志』徐邈(じょばく)伝に、
徐邈字景山、燕國薊人也。太祖平河朔、召為丞相軍謀掾、試守奉高令、入為東曹議令史。魏國初建、為尚書郎。時科禁酒、而邈私飲至於沈醉。校事趙達問以曹事、邈曰:「中聖人。」達白之太祖、太祖甚怒。度遼將軍鮮于輔進曰:「平日醉客謂酒清者為聖人、濁者為賢人、邈性脩慎、偶醉言耳。」竟坐得免刑。後領隴西太守、轉為南安。文帝踐阼、歴譙相、平陽・安平太守、潁川典農中郎將、所在著稱、賜爵關内侯、
とあり、
時に科(条令)で酒造を禁じていたが、徐邈は私かに飲んで沈酔するに至った。校事(糾察官)の趙達が曹事(職務)を問うと、徐邈は「聖人(の教え)に中ったのだ」。趙達がこれを曹操に白(もう)すと、曹操は甚だ怒った。度遼将軍鮮于輔が進言するには「平日(平素)より酔客は酒の澄んだものを聖人、濁ったものを賢人と謂っております。徐邈の性は修慎であり、偶々酔って言っただけでしょう」、
として、刑を免じられたとの逸話に因っている(http://home.t02.itscom.net/izn/ea/kd3/27a.html)。李適之については、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E9%81%A9%E4%B9%8Bに詳しい。
ちなみに、杜甫の七言古詩に詠まれた
飲中八仙、
とは、
中国唐代の八詩、
の、
賀知章、
汝陽王李璡(りしん)、
李適之(りてきし)、
崔宗之(さいそうし)、
蘇晋、
李白、
張旭(ちょうきょく)、
焦遂(しょうすい)、
の八人の酒豪を指す。よく、人物画の画題として取り上げられる。
(飲中八仙図(長沢芦雪) https://rupe.exblog.jp/20361672/より)
なお、
落ちぶれて、家が寂れる、
ことを、
門前雀羅(もんぜんじゃくら)、
といい、
人が訪ねてこないので、門前に雀(すずめ)が群がり、これを捕える網(雀羅)を張ることができる、
という(https://www.minyu-net.com/serial/yoji-jyukugo/yoji0217.html)らしい。
(「賢」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%B3%A2より)
「賢」(漢音ケン、呉音ゲン)は、
会意兼形声。臤は、「臣(うつぶせた目)+又(手、動詞の記号)」の会意文字で、目をふせて身体を緊張させること。賢はそれを音符とし、貝(財貨)を加えた字で、がっちりと財貨の出入りをしめること。緊張してぬけめのないかしこさをあらわす、
とある(漢字源)。別に、
会意形声。貝と、臤(ケン)(かたい)とから成り、かたい良質の貝の意を表す。転じて「まさる」「かしこい」意に用いる(角川新字源)、
会意兼形声文字です(臤+貝)。「しっかり見開いた目の象形(「家来」の意味)と右手の象形」(神のしもべとする人の瞳を傷つけて視力を失わせ、体が「かたくなる」の意味)と「子安貝(貨幣)」の象形(「財貨」の意味)から、しっかりした財貨の意味を表し、そこから、「かしこい」、「まさる」、「すぐれている」を意味する「賢」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1641.html)、
と、何れも会意兼形声文字とすあるが、
形声。「貝」+音符「臤 /*KIN/」。「優れた人」を意味する漢語{賢 /*giin/}を表す字、
と(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%B3%A2)、形声文字とする説もある。
参考文献;
前野直彬注解『唐詩選』(岩波文庫)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95