昔思ふ庭にうき木を積みおきて見し世にも似ぬ年の暮かな(新古今和歌集)、
の、
うき木、
は、
流木など拾い集めて楽しびたる体也(新古今抜書抄)、
年の暮れに、年木とて、薪を積むことあるをよめるなり……浮木の名を借りて、浮きこといへるなり(美濃)、
など諸説あるが不明(久保田淳訳注『新古今和歌集』)とある。
うき木、
は、
浮木、
と当て、
うきき、
と訓ませ、後世は、
うきぎ、
とも訓み、
ふぼく(浮木)、
と同じ、つまり、
水上に浮いている木、
流木、
で、日葡辞書(1603~04)に、
マウキ(盲亀)ノフボクアエルガゴトシ、
とある、
盲亀の浮木(ふぼく)、
は、
浮木(うきき)の亀、
とも、
浮木に会える亀、
とも、
一眼の亀浮木に逢う、
ともいい(広辞苑・故事ことわざの辞典)、
遇うことのむつかしさ、
特に、
迷っている衆生が仏法のすくいにめぐりあうことのたとえ、
として、
仏法にめぐりあうことの難しさを、盲目の亀が大海の浮木に出会うこと、
あるいは、
大海で盲目の亀が浮木の孔に入ることの困難さ、
に喩えた(岩波古語辞典・広辞苑)。で、
劫(こふ)つくす御手洗川の亀なれば法(のり)の浮木にあはぬなりけり(拾遺集)、
と、
のり(法)の浮木、
ともいう(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。「法華経」「涅槃経」などに、
生世為人難、値佛世亦難、猶如大海中、盲亀遇浮孔(世に生まれて人と為ること難し、佛世に値(あ)ふも亦難し、猶大海中にて盲目の浮孔に遇うが如し)(涅槃経)
大海中有一盲亀、壽無量劫、百年一遇出頭、復有浮木、正有一孔、漂流海浪、隋風東西、盲亀百年一出、得遇此孔、至海東浮木、或至海西、違繞亦爾、……凡夫漂流五趣海、還復人身、甚難於此(雑阿含経)、
佛難得値(あふ)、如優曇波羅華、又如一眼之亀値浮木孔(法華経)
などとあり、この、
盲亀、
は、「法華経」妙荘厳王本事品第27の、
盲亀浮木の譬え、
として、
海中から百年に一度しか浮かび上がってこない盲目の亀が、海面に首を出した時、流れただよっている浮木の一つしかない穴に首がちょうどはいる、
というめったにない僥倖の喩えとして使われている(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。で、
目しひたる亀の浮木にあふなれやたまたまえたる法のはし舟(玉葉集)
などと詠われ、
盲亀浮木(もうきふぼく)、
と、
めったにめぐり合うことができない、
意の四字熟語にもなっている。なお、
浮木、
は、
天の川通ふ浮木に言問はむもみぢの橋は散るや散らずや(新古今和歌集)、
と、
ふね、
の意、あるいは、和名類聚抄(931~38年)に、
査、唐韻云楂 鋤加反 字亦作査槎 宇岐々、水中浮木也、
とあり、
いかだ、
の意でも使う(広辞苑)。「槎(いかだ)」については触れた。
「浮」(慣用フ、呉音ブ、漢音フウ)の字は、「うく」で触れたように、
会意兼形声。孚は「爪(手を伏せた形)+子」の会意文字で、親鳥がたまごをつつむように手でおおうこと。浮は「水+音符孚」で、上から水を抱えるように伏せて、うくこと、
とある(漢字源)。沈の対である。我が国でのみの使い方は、「浮いた考え」とか「金が浮く」とか「浮いた気持ち」とか「考えが浮かぶ」とか「歯が浮く」というように、本来の「浮く」の意味に準えたような、「うかぶ」「うかれる」「あまりがでる」等の意味での使い方は、漢字にはない。しかし、
浮生、
浮言、
浮薄、
といった「とりとめない」意はあるので、意味の外延を限界以上に拡げたとは言える。別に、
会意兼形声文字です(氵(水)+孚)。「流れる水」の象形と「乳児を抱きかかえる」象形(「軽い、包む」の意味)から、「軽いもの」、「うく」を意味する「浮」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1091.html)。
(「龜」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BE%9Cより)
(「龜」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BE%9Cより)
「龜(亀)」(①漢音呉音キ、②漢音キョウ・呉音ク、③漢音キン・呉音コン)は、
象形。かめを描いたもので、外から丸く囲う意を含み、甲羅でからだ全体をかこったかめ、
の意(漢字源)だが、「龜卜」「龜紋」「亀裂」と、「かめ」の意の場合は、①の音、「龜茲」(キュウジ・クジ)は国の名は②の音、「不亀手(フキンシュ)と、ひびわれ、の意の時は③の音となる(仝上)。別に、
象形。亀を横から見た形を象る。「カメ」を意味する漢語{龜 /*kwrə/}を表す字、
とか(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BE%9C)、
象形。甲羅をもつかめの形にかたどり、「かめ」の意を表す、
とか(角川新字源)、
象形文字です。「かめ」の象形から「かめ」を意味する「亀」という漢字が成り立ちました、
とか(https://okjiten.jp/kanji329.html)、象形説ではあるが、微妙に異なるが。
参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95