2024年06月28日

うき木


昔思ふ庭にうき木を積みおきて見し世にも似ぬ年の暮かな(新古今和歌集)、

の、

うき木、

は、

流木など拾い集めて楽しびたる体也(新古今抜書抄)、

年の暮れに、年木とて、薪を積むことあるをよめるなり……浮木の名を借りて、浮きこといへるなり(美濃)、

など諸説あるが不明(久保田淳訳注『新古今和歌集』)とある。

うき木、

は、

浮木、

と当て、

うきき、

と訓ませ、後世は、

うきぎ、

とも訓み、

ふぼく(浮木)、

と同じ、つまり、

水上に浮いている木、
流木、

で、日葡辞書(1603~04)に、

マウキ(盲亀)ノフボクアエルガゴトシ、

とある、

盲亀の浮木(ふぼく)、

は、

浮木(うきき)の亀、

とも、

浮木に会える亀、

とも、

一眼の亀浮木に逢う、

ともいい(広辞苑・故事ことわざの辞典)、

遇うことのむつかしさ、

特に、

迷っている衆生が仏法のすくいにめぐりあうことのたとえ、

として、

仏法にめぐりあうことの難しさを、盲目の亀が大海の浮木に出会うこと、

あるいは、

大海で盲目の亀が浮木の孔に入ることの困難さ、

に喩えた(岩波古語辞典・広辞苑)。で、

劫(こふ)つくす御手洗川の亀なれば法(のり)の浮木にあはぬなりけり(拾遺集)、

と、

のり(法)の浮木、

ともいう(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。「法華経」「涅槃経」などに、

生世為人難、値佛世亦難、猶如大海中、盲亀遇浮孔(世に生まれて人と為ること難し、佛世に値(あ)ふも亦難し、猶大海中にて盲目の浮孔に遇うが如し)(涅槃経)

大海中有一盲亀、壽無量劫、百年一遇出頭、復有浮木、正有一孔、漂流海浪、隋風東西、盲亀百年一出、得遇此孔、至海東浮木、或至海西、違繞亦爾、……凡夫漂流五趣海、還復人身、甚難於此(雑阿含経)、

佛難得値(あふ)、如優曇波羅華、又如一眼之亀値浮木孔(法華経)

などとあり、この、

盲亀、

は、「法華経」妙荘厳王本事品第27の、

盲亀浮木の譬え、

として、

海中から百年に一度しか浮かび上がってこない盲目の亀が、海面に首を出した時、流れただよっている浮木の一つしかない穴に首がちょうどはいる、

というめったにない僥倖の喩えとして使われている(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。で、

目しひたる亀の浮木にあふなれやたまたまえたる法のはし舟(玉葉集)

などと詠われ、

盲亀浮木(もうきふぼく)、

と、

めったにめぐり合うことができない、

意の四字熟語にもなっている。なお、

浮木、

は、

天の川通ふ浮木に言問はむもみぢの橋は散るや散らずや(新古今和歌集)、

と、

ふね、

の意、あるいは、和名類聚抄(931~38年)に、

査、唐韻云楂 鋤加反 字亦作査槎 宇岐々、水中浮木也、

とあり、

いかだ、

の意でも使う(広辞苑)。「槎(いかだ)」については触れた。

「浮」.gif



「浮」(慣用フ、呉音ブ、漢音フウ)の字は、「うく」で触れたように、

会意兼形声。孚は「爪(手を伏せた形)+子」の会意文字で、親鳥がたまごをつつむように手でおおうこと。浮は「水+音符孚」で、上から水を抱えるように伏せて、うくこと、

とある(漢字源)。沈の対である。我が国でのみの使い方は、「浮いた考え」とか「金が浮く」とか「浮いた気持ち」とか「考えが浮かぶ」とか「歯が浮く」というように、本来の「浮く」の意味に準えたような、「うかぶ」「うかれる」「あまりがでる」等の意味での使い方は、漢字にはない。しかし、

浮生、
浮言、
浮薄、

といった「とりとめない」意はあるので、意味の外延を限界以上に拡げたとは言える。別に、

会意兼形声文字です(氵(水)+孚)。「流れる水」の象形と「乳児を抱きかかえる」象形(「軽い、包む」の意味)から、「軽いもの」、「うく」を意味する「浮」という漢字が成り立ちました、

ともある(https://okjiten.jp/kanji1091.html)

「龜」.gif


「龜」 甲骨文字・殷.png

(「龜」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BE%9Cより)


「龜」 金文・西周.png

(「龜」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BE%9Cより)

「龜(亀)」(①漢音呉音キ、②漢音キョウ・呉音ク、③漢音キン・呉音コン)は、

象形。かめを描いたもので、外から丸く囲う意を含み、甲羅でからだ全体をかこったかめ、

の意(漢字源)だが、「龜卜」「龜紋」「亀裂」と、「かめ」の意の場合は、①の音、「龜茲」(キュウジ・クジ)は国の名は②の音、「不亀手(フキンシュ)と、ひびわれ、の意の時は③の音となる(仝上)。別に、

象形。亀を横から見た形を象る。「カメ」を意味する漢語{龜 /*kwrə/}を表す字、

とか(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BE%9C)

象形。甲羅をもつかめの形にかたどり、「かめ」の意を表す、

とか(角川新字源)、

象形文字です。「かめ」の象形から「かめ」を意味する「亀」という漢字が成り立ちました、

とかhttps://okjiten.jp/kanji329.html、象形説ではあるが、微妙に異なるが。

参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:31| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする