2024年06月29日
秋扇
芙蓉不及美人粧(芙蓉も及ばず 美人の粧(よそお)い)
水殿風來珠翠香(水殿(すいでん) 風来たって珠翠(しゅすい)香(かんば)し)
卻恨含情掩秋扇(却って恨む 情を含んで秋扇(しゅうせん)を掩(おお)い)
空懸明月待君王(空しく明月を懸けて君王を待ちしを)(王昌齢・西宮秋怨)
の、
美人、
は、
班婕妤(はんしょうよ)、
をさし、
珠翠、
は、
真珠や翡翠、
で、
宮殿の飾り、
とする説、
髪飾り、
とする説があるが、ここでは、
髪飾り、
を採る(前野直彬注解『唐詩選』)とある。
秋扇(しゅうせん)、
は、
秋の扇、
の意で、
扇は秋になれば見捨てられるところから、捨てられた女性、
に喩える。班婕妤は、
長信宮に退いたのち、「怨歌行(おんかこう)」という詩をつくり、自分を秋の扇にたとえて、見捨てられた嘆きをうたった、
といい、
扇を掩(おお)う、
とは、
仕舞い込む、
ことで、
自ら身を引いたことをいう、
とある(仝上)。
班婕妤、
の、
婕妤、
は、
宮中の女官に与えられる称号の一つ、
で、彼女の名ではない(仝上)。彼女は、
漢の成帝の寵愛を受けた女性で、才色兼備の賢女として名高い。のちに趙飛燕姉妹が入内し、天子の愛を独占し始めたので、長信宮に住む皇太后に奉仕したいと願い出て、自ら天子の傍を離れた、
という(仝上)。しかし、
怨歌行(おんかこう)、
では、
新裂齊紈素 皎潔如霜雪
裁爲合歡扇 團團似明月
出入君懷袖、動搖微風發
常恐秋節至、涼風奪炎熱
棄捐篋笥中、恩情中道絶
詠い、
新しく斉の国産の白絹を裂くと、潔白で、まるで雪や霜のようだ、それを絶ち切って会わせ貼りの円扇を作ったら、まんまるで満月ようである。この扇は、いつも我が君の懐や袖に出入りして、動かすたびに、そよ風を起こしていた。然し心にかかるのは、秋の季節が訪れて、涼風が暑さを奪い去ると、わが身は秋の扇として、箱の中に投げ込まれ、君の、お情けも中途で絶えてしまうことです、
と、扇を自身に比し、歎いた(http://www.ccv.ne.jp/home/tohou/hansh.html)。
彼女は、唐代の詩評「詩品」において、詩作者として、
無名人(古詩十九首の作者)・李陵 (りりょう)・曹植(そうしょく)・劉楨(りゅうてい)・王粲(おうさん)・阮籍(げんせき)・陸機(りくき)・潘岳(はんがく)・張協(ちょうきょう)・左思(さし)・謝霊運(しゃれいうん)という新人たちと共に「上品」に選ばれている、
とある(https://kakuyomu.jp/works/1177354054884883338/episodes/1177354054891727588)。こんな彼女は、詩人の題材となり、多くの詩人にうたわれたが、例えば、王維は、
班婕妤、
と題して、
怪來粧閣閉(怪しむ 妝(粧)閣(しょうかく)閉ざして)
朝下不相迎(朝(ちょう)より下(くだ)るも相迎えざるを)
總向春園裏(総(すべ)て春園(しゅんえん)の裏(うち)に向い)
花閒笑語聲(花間(かかん) 笑語(しょうご)の声)
と詠っている。
秋扇、
は、
班婕妤の故事から、
班如扇(はんじょせん)、
班女扇 (はんにょがあふぎ)、
ともいう(大言海)。
秋扇、
は、
時に適せず役に立たないもの、
の喩えでもあるので、
冬扇、
ともいい(広辞苑)、「論衡」逢遇の、
作無益能、納無補之説、以夏進炉、以冬奏扇、
による、
夏炉冬扇、
冬扇夏炉、
という言い方もある。
「扇」(セン)は、
会意文字。「戸(とびら)+羽(はね)」で、戸や羽のように、ぱたぱたと平らな面がうごいてあおぐこと、
とある(漢字源)が、別に、
会意。戶と、羽(開閉する)とから成り、開閉するとびら、転じて「おうぎ」、あおぐ意を表す、
とも(角川新字源)、
会意文字です(戸+羽)。「片開きの戸」の象形と「鳥の両翼」の象形から、鳥のように、「広がったり閉じたりする、とびら」、「広げた羽のような、おうぎ」を意味する「扇」という漢字が成り立ちました、
とも(https://okjiten.jp/kanji1394.html)ある。
中国では、うちわ式のもののみを用い、折り畳み式のは、明代に日本から輸入したもの、
とあり、
団扇(だんせん)、
は、
うちわ、
摺扇(しょうせん)、
が、
おりたたむ扇子、
麾扇(きせん)、
は、
指揮するために持つ扇子、軍配、
をいう(漢字源)。
参考文献;
前野直彬注解『唐詩選』(岩波文庫)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95