2024年06月30日
閼伽井(あかい)
朝ごとの閼伽井の水に年暮れてわが世のほどの組まれぬるかな(新古今和歌集)、
の、
閼伽井、
は、
佛に奉る水を汲む井戸、
をいう(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。
汲まれるぬるかな、
の、
汲む、
は、
水の縁語、
とあり、
れ、
は、
自発の助動詞「る」の連用形、
とある(仝上)。
閼伽、
は、梵語、
Arghaの音訳、
価値あるもの、
供え物、
の意(岩波古語辞典)で、
佛に供すべき香水を盛る器、
の名で、
閼伽杯、
などという(大言海)。希麟音義(唐代)に、
閼伽、梵語、卽盛香水杯器之総名也、
とあり、佛祖統紀(南宋)にも、
閼伽、此云器、凡、供養之器、皆称曰阿伽、
慧林音義(784年)にも、
閼伽盛水器也、
とあり、
これが、転じて、
佛に供ふる水、
を、
閼伽水、
をいう(大言海)。
盌(モヒ)が水(モヒ)となり、笥(ケ)が食(ケなりしが如し、
とある(仝上)。で、
閼伽、
は、
功徳水、
と訳し、
阿伽、
とも書き、
阿伽水、
阿伽の水、
ともいう(http://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E9%96%BC%E4%BC%BD)とある。釋名義集(南宋代)に、
阿伽、此云水、
とある。和名類聚抄(931~38年)には、
内典云、閼伽、梵語也、……蒸煮雑香、以其汁供養佛也、
とあり、
香を煮出した香水、
を、
閼伽、
といった(仝上)。で、
閼伽、
は、
塗香(ずこう)・華鬘(けまん)・焼香・飯食(ぼんじき)・灯明と共に本尊に献供する六種供養の一つ、
とされ、観随『蓮門六時勤行式』(1857年)には、
香華灯燭阿伽茶湯は時剋を論ぜず供すべし。阿伽は井花水(朝最初に汲むを云)を善とす、
とあり、
元日・春分の朝に汲む若水はこれにあたる、
とある(仝上)。
閼伽を汲む専用の井戸、
が、
閼伽井、
で、
東大寺二月堂の若狭井、
が有名である(仝上)。その他、
園城寺金堂わきの井、
秋篠寺の閼伽井、
など著名な井戸が現存する(世界大百科事典)。
また、閼伽井の建物、または閼伽棚のための一室を、
閼伽井屋、
といい、閼伽を汲む桶を、
閼伽桶、
というが、これが転じて墓参用の桶をもいう(http://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E9%96%BC%E4%BC%BD)。
「閼」(①漢音アツ・呉音アチ・慣用ア、②漢音呉音エン)は、
会意文字。「門+於(つかえてとまる、とどこおる)」、
とあり(漢字源)、遏(アツ)と同義の、ふさぐの意は①の音、漢代匈奴の王単于(ゼンウ)の正妻の称号、閼氏(エンシ)は②の音(アツシとも訓む)、とある(仝上)。
「伽」(慣用カ・ガ、漢音キャ、呉音ギャ)は、「僧伽」で触れたように、
形声。「人+音符加」、梵語のガの音を、音訳するために作られた字。「伽藍」「伽羅」「僧伽」などに使う、
とある(漢字源)。
参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
簡野道明『字源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95