薊庭蕭瑟故人稀(薊庭(けいてい)蕭瑟(しょうしつ)として故人稀なり)
何處登高且送歸(何れの処(ところ)か高きに登りて且(しばら)く帰るを送らん)
今日暫同芳菊酒(今日(こんにち)暫(しばら)く同(とも)にす 芳菊(ほうぎく)の酒)
明朝應作斷蓬飛(明朝(みょうちょう)は応(まさ)に断蓬(だんぽう)と作(な)って飛ぶべし)(王之渙・九日送別)
の、
断蓬、
の、
蓬、
は、
北方に生える蓬(よもぎ)は、冬になって枯れると、根が切れ、球形のかたまりとなって、風の吹くままに転げて行く、
とある(前野直彬注解『唐詩選』)。これを、
斷蓬、
飛蓬、
轉蓬、
などといい、
行方をさだめぬ旅人の身の上にたとえられる、
とある(仝上)。たとえば、
平沙歴亂撒蓬根(平沙歴亂として蓬根(ほうこん)撒く)(張仲素・塞下曲二)
では、
枯れた蓬の根、
を、
蓬根、
といい、それが、
撒く、
とは、
飛蓬、
となることをいう(仝上)。
凄凄遊子若飄蓬(凄凄(せいせい)たる遊子(ゆうし) 飄蓬(ひょうほう)を苦しむ)
明月清樽祗暫同(明月清樽(せいそん) 祗(た)だ暫くは同(とも)にせん)
南望千山如黛色(南のかた千山(せんざん)を望めば黛色(たいしょく)の如し)
愁君客路在其中(愁(うれ)う 君が客路(かくろ)の其の中(うち)に在るを)(皇甫冉・曾山送別)
では、
風に吹き飛ばされる蓬、
を
飄蓬、
と表現し、
落ちぶれた流浪の身、
に譬えている(https://kanbun.info/syubu/toushisen398.html)。曹植は、
轉蓬離本根(転蓬(てんぽう)は本根(ほんこん)より離れ)、
飄颻隨長風(飄颻(ひょうよう)として長風(ちょうふう)に随う)(雑詩六首 其の二)
と、
轉蓬、
を使い、張正見は、
顏如花落槿(顔は花の如く落槿(らくきん)し)
鬢似雪飄蓬(鬢(びん)は雪に似て飄蓬(ひょうほう)す)(白頭吟)
と、
飄蓬、
を使っている(仝上)。
「よもぎ」で触れたように、「よもぎ」に当てる漢字は、
蓬、
艾、
蒿、
萩、
苹、
蕭、
薛、
等々とある(字源)が、「よもぎ」の漢字表記は、
現在日本において、ヨモギは漢字で「蓬」と書くのが一般的だが、中国語でヨモギは「艾」あるいは「艾蒿」である。(中略)艾は日本で「もぐさ」と訓じる。もぐさはヨモギから作られるから、そのこと自体は何ら問題ではない。だが、蓬をヨモギとするのは誤りである、という説が現在では一般的のようだ、
とある(http://square.umin.ac.jp/mayanagi/students/03/kamiya.htm)。
「艾」(漢音ガイ、呉音ゲ)は、
会意兼形声。「艸+音符乂(ガイ、ゲ ハサミで刈り取る)」、
とあり、
よもぎ、もぐさ、
の意である(漢字源)。字源には、
よもぎ(醫草)、
と載る。
よもぎ(艾)、
の由来は、
善燃草(よもぎ)の義(大言海)、
ヨモキ(彌燃草)の義(言元梯)、
ヨはヨクの義、モはモユルの義、キは木の義(和句解)、
ヨクモエグサ(佳萌草)の義(日本語原学=林甕臣)、
弥茂く生える草の意(日本語源=賀茂百樹)、
ヨリモヤシキ(捻燃草)の義、灸に用いるところから、生は草の意(名言通)、
等々とされるが、どうもその使用法からきているようだ。
本州・四国。九州の山野にある多年草で、春に新葉をとって草餅の材料にする。モチグサと呼ぶ。よく乾いた葉を揉むと葉肉は粉になって葉の裏の白い綿毛が残るから、これを集めて灸のモグサともする(たべもの語源辞典)、
山野に自生す。茎、直立して白く、高さ四五尺、葉は分かれて五尖をなし、面、深緑にして、背に白毛あり。若葉は餅に和して食ふべし(餅草の名もあり)。秋、葉の間に穂を出して、細花を開く。實、累々として枝に盈つ。草の背の白毛を採りて、艾(もぐさ)に製し、又印肉を作る料ともす。やきくさ。やいぐさ。倭名抄「蓬、一名蓽、艾也。與毛木」、本草和名「艾葉、一名醫草、與毛岐」(大言海)、
などとあり、
モグサ、
は、
モエグサ(燃草)の略、
であり(仝上)、
ヤイトグサ、
の別名あり、地方により、
エモギ、
サシモグサ(さしも草)、
サセモグサ、
サセモ、
タレハグサ(垂れ葉草)、
ヤキクサ(焼き草)、
ヤイグサ(焼い草)、
などの方言名がある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%A2%E3%82%AE)。
しかし、
よもぎ、
に当てる、
蓬(漢音ホウ、呉音ブ・ブウ)、
は、
会意兼形声。「艸+音符逢(△型にであう)」で、穂が三角形になった草、
とあり(漢字源・漢辞海)、
よもぎ(艾)の一種、
とある(字源)が、
葉は一尺ばかり、柳に似て細長く、周囲は細かい鋸状である。淡黄の小さい花を着け、後に絮(わた)になって飛ぶ。冬に枯れると根が切れ、茎や枝部は風に吹かれて球状にまとまって地面を転がる(漢辞海・字源)、
葉は、柳に似て、微毛あり、故に、ヤナギヨモギの名もあり。夏の初、茎を出すこと一二尺、茎の梢に、枝を分かちて、十數の花、集まりつく。形、キツネアザミの花に似て、小さくして淡黄なり。後に絮(わた)となりた飛ぶ。ウタヨモギ。字類抄「蓬、ヨモキ」(大言海)、
などとあり、
よもぎ(艾)とは違った植物である、
とある(たべもの語源辞典)。
(「蒿」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%92%BFより)
蒿(コウ)、
は、
会意兼形声。「艸+音符(高く伸びる、乾いて白い))」、
とあり(漢字源)、よもぎ、くさよもぎ、艾の一種、
とある(字源・たべもの語源辞典)。
萩(漢音シュウ、呉音シュ)、
は、
会意兼形声。「艸+音符秋」、
で、
秋の草、
とあり、日本では「はぎ」に当てる。
よもぎ、くさよもぎ(蕭)の一種、
とある(字源)
蕭(ショウ)、
は、
会意兼形声。「艸+音符肅(ショウ 細く引き締まる)」、
とあり(漢字源)、
よもぎ(艾蒿)、
の意とある(字源)。
苹(漢音ヘイ、呉音ビョウ)、
は、
会意兼形声。平は、屮型のうきくさが水面に平らに浮かんだ姿を描いた象形文字。苹は「艸+音符平(ヘイ)」で、平らのもとの意味をあらわす、
とある(漢字源)。浮草のようであるが、
よもぎ、蒿の一種、
ともある(字源)。
薛(漢音セツ、呉音セチ)、
は、
会意。「艸+阜の字の上部(つみかさねる)+辛(刃物で切る)」。束ね重ねて着るよもぎをありらわす、
とあり(漢字源)、
かわらよもぎ(仝上)、
よもぎ(蒿)(字源)、
とあり、「よもぎ」のようである。どうやら、
艾、
蒿、
艾蒿、
が、本来の「よもぎ」のようである。
蒿(かう)もヨモギで、艾の一種。苹(へい)またはビョウとよむが、これもヨモギで、蒿の一種、蕭(ショウ)もヨモギで、蒿と同じである。漢名には、蒿艾(コウガイ)、蕭艾(シュウガイ)、指艾(シガイ)、荻蒿(テキコウ)、氷台、夏台、福徳草、肚裏屏風などがある、
とある(たべもの語源辞典)。しかし、色葉字類抄(1177~81)に、
蓬、よもぎ、
とあるように、また、
あやめ草誰しのべとか植ゑおきて蓬(よもぎ)がもとの露と消えけむ(新古今和歌集)、
と詠われるように、
「蓬」の字を当ててきた。その理由はわからない。
参考文献;
前野直彬注解『唐詩選』(岩波文庫)
簡野道明『字源』(角川書店)
戸川芳郎監修『漢辞海』(三省堂)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95