2024年07月13日

玉鉾


玉鉾(たまほこ)の道は常にもまどはなむ人をとふともわれかと思はむ(古今和歌集)、

の、

玉鉾(たまほこ)、

は、

道にかかる枕詞、

で、一般に、

たまぼこ、

と訓まれるが、この時代は、まだ、

たまほこ、

であろう(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)とある。

たまほこ、

は、

玉鉾、
玉桙、
玉矛、

等々と当て、

たまは美称、

とあるが(大言海)、そのわけを、

タマ(霊)ホコ(桙)で、陽石(陽物の形の石)、

とあり(岩波古語辞典)、

上古、矛を携ふればなり、此語道に續くは、出征に矛を賜はるに因る。後に、節刀を賜はることとなれり。又、常の出行くの道にも手矛など持ち行きたるならむ。門の両旁の木をほこだちと云ふも、それを立ておきたる故の名なるべし、

とある(大言海)のは、

三叉路や村里の入口に玉桙の類を立てた、

ことによる(岩波古語辞典)とみられる。「ちぶりの神」で触れたように、これは、


行く今日も帰らぬ時も玉鉾のちぶりの神を祈れとぞ思ふ(袖中抄)、

とある、

旅の安全を守る神、

つまり、

道祖神、

に対する信仰で、「さえの神」で触れたように、

塞(斎 さえ)の神、
道陸神(どうろくじん)、

ともいい、

塞大神(さえのおおかみ)、
衢神(ちまたのかみ)、
岐神(くなどのかみ)、
道神(みちのかみ)、

などとも表記される(日本大百科全書)。

障(さ)への神の意で、外から侵入してくる邪霊を防ぎ止める神(岩波古語辞典)
路に邪魅を遮る神の意(大言海)、
邪霊の侵入を防ぐ神、行路の安全を守る神(広辞苑)、
さへ(塞)は遮断妨害の意(道の神境の神=折口信夫・神樹篇=柳田國男)、

等々という由来とされ、近世には、

集落から村外へ出ていく人の安全を願う、
悪疫の進入を防ぎ、村人を守る神、

としてだけでなく、

五穀豊穣、
夫婦和合・子孫繁栄、
生殖の神、
縁結び、

等々、

性の神、

としても信仰を集めた。

わたつみのちふりのかみにたむけするぬさのおひかぜやまずふかなん(土佐日記)

と、

陸路または海路を守護する神、

として、

旅行の時、たむけして行路の安全を祈った、

とされ、

たまほこ、

は、一種の祓いの意味を持っていたからではないかという気がする。いまひとつ、「たま(魂・魄)」で触れたように、

たま、

は、

魂、
魄、
霊、

と当て、「たま(玉・珠)」が、

タマ(魂)と同根。人間を見守りたすける働きを持つ精霊の憑代となる、丸い石などの物体が原義、

とある(岩波古語辞典)。依り代の「たま(珠)」と依る「たま(魂)」とが同一視されたということであろうか。

未開社会の宗教意識の一。最も古くは物の精霊を意味し、人間の生活を見守り助ける働きを持つ。いわゆる遊離靈の一種で、人間の体内から脱け出て自由に動き回り、他人のタマとも逢うこともできる。人間の死後も活動して人を守る。人はこれを疵つけないようにつとめ、これを体内に結びとどめようとする。タマの活力が衰えないようにタマフリをして活力をよびさます、

ともある(仝上)。だから、いわゆる、

たましい、

の意であるが、

物の精霊(書紀「倉稲魂、此れをば宇介能美柂麿(うかのみたま)といふ」)、

人を見守り助ける、人間の精霊(万葉集「天地の神あひうづなひ、皇神祖(すめろき)のみ助けて」)、

人の体内から脱け出して行動する遊離靈(万葉集「たま合はば相寝むものを小山田の鹿田(ししだ)禁(も)るごと母し守(も)らすも」)、

死後もこの世にとどまって見守る精霊(源氏「うしろめたげにのみ思しおくめりし亡き御霊にさへ疵やつけ奉らんと」)、

と変化していくようである。そこで、

生活の原動力。生きてある時は、體中に宿りてあり、死ぬれば、肉體と離れて、不滅の生をつづくるもの。古くは、死者の魂は、人に災いするもの、又、生きてある閒にても、睡り、又は、思なやみたる時は、身より遊離して、思ふものの方へゆくと、思はれて居たり。生霊などと云ふ、是なり。故に鎮魂(みたままつり)を行ふ。又、魂のあくがれ出づることありと、

ということになる(大言海)。

たまほこ、

の、

たま、

には、

ほこ、

自体のもつ霊力に期するところがあり、だからこそ、

美称、

でもあったのではないか。

枕詞としての、

たまほこの、

は、前述のように、「たまほこ」を、

三叉路や村里の入口に玉桙の類を立てた、

ところから、

我が立ち聞けば玉たすき畝傍の山に鳴く鳥の声も聞こえず玉桙の道行く人もひとりだに似てし行かねば(万葉集)、

と、

道、里、

などに掛かるが、そこから転じて、

この程はしるもしらぬもたまほこの行きかふ袖は花の香ぞする(新古今和歌集)」、

と、

道、

そのものの意でも使われる(岩波古語辞典)。

ところで、

ほこ、

と訓ませる漢字は、

矛、鉾、桙、戈、鋒、戟、鋒・殳、鉈、戛(戞)、桙、戞、鉾、槊鉈(釶)、槍、棘、戣、鎩、槊、鏦、欑、戊、

等々と多数あり(漢辞海・字源)、我が国で、

ほこ、

に当てる漢字も、

矛、鉾、桙、戈、鋒、戟、鋒、殳、鉈、戛(戞)、桙、戞、鉾、

等々とある(精選版日本国語大辞典・広辞苑)。

ほこ、

は、

長い柄を装着する刺突用の武器のうち、柄を挿入する袋状の装置(銎 きよう)があるもの、

を指す(ブリタニカ国際大百科事典)とあり、銅矛すなわち青銅製の矛はまず中国で用いられるようになり、後に朝鮮・日本に伝わった。大別すると、

長さによって、

長鋒(ちょうぼう)、
短鋒、

の別、

刃の幅によって、

広鋒、
狭鋒、

に分けられ、厳密には、

戈、

は枝のあるもの、

戟、

は2つの枝のあるもの、

鉾、

は袋穂のあるもの、などの種類があり、その他飾りのついたもの、祭礼、儀式用のものなどがある(世界大百科事典)。

まず、

たまほこ、

の当てる、

矛、桙、鉾、

から見てみいくと――。

「矛」.gif

(「矛」 https://kakijun.jp/page/0599200.htmlより)

「矛」 金文・西周.png

(「矛」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9F%9Bより)

「矛」(漢音ボウ、呉音ム)、

は、

やりのような形の武器を描いたもの。鉾(ボウ 金+音符牟(ボウ))とまったく同じ言葉をあらわす、

とある(漢字源)。

するどいほこ先に、長い柄がついた「ほこ」の形にかたどる(角川新字源)、
「長い柄の頭に鋭い刃をつけた武器」の象形https://okjiten.jp/kanji1055.html
長い柄の先に両刃の剣をつけたもの(漢辞海)、

などとあり、後述する、

戈(カ)、

とは異なるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9F%9B

柄の長さ周尺で二丈のものを酋矛、二丈四尺のものを夷矛といふ、

とあり(字源)、古え、

蚩尤の創作せしもの、

とある(仝上)。「蚩尤」については、「一葉の舟」で触れた。

「鉾」.gif


「鉾」(漢音ボウ、呉音ム)は、

形声。「金+音符牟(ボウ)」で、障害をおかして、むりに突きかかる意を含む、

とある(漢字源)。

先のとがったほこ、

とある(漢字源)。

「鋒(ほう)なり」(集韻)とあって、鋒と同義、

とある(字通)。中国ではほとんど用例がなく、わが国では山鉾などの意に用いる。山車(だし)の上に高い鉾木を樹(た)てるのは、もと神を迎えるためのものであった。金文の図象に、禾(か)形のものを屋上に樹てる形のものがあり、その禾は軍門の左右に立て、両禾軍門という。のちの華表(宮城など前に建てる柱)の原型をなすものである(仝上)。

「桙」.gif


「桙」(①漢音呉音ウ、②漢音ボウ、呉音ム)は、

形声、「木+音符牟」、

とあり(漢字源)、

ほこ、

に当てるのはわが国だけで、

湯や水を飲む器、

の意(①の発音)、

器の一種、

の意(②の発音)である(漢字源)。

「戈」.gif


「戈」 甲骨文字・殷.png

(「戈」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%88%88より)

「戈」(カ)は、

象形。とび口型の刃を縦に絵をつけた古代のほこを描いたもので、かぎ型にえぐれて、敵を引っかけるのに用いる武器。のち、古代の作り方とまったく違った、ふたまたのやりをも戈と称する、

とあり(漢字源)、

両刃のある実の部分に直角に長い柄をつけ、敵を引っかけた。全体がとび口のような形で、柄の先にも後にも敵を突きさす刺(し)がない、

とある(仝上)。

ほこ(戟)の古の兵器、枝の旁出せる両刃の剣を長き柄の先につけたるもの、單枝なるを戈と為し、雙枝なるを戟と為す、

とある(字源)。

「戟」.gif


「戟」(慣用ゲキ、漢音ケキ、呉音キャク)は、

会意。「幹(カン 太い棒)の左側+戈(ほこ)」で、柄でゆわえつけたわ個をしめす。ケキは格(カク 固くひっかかる)と同系のことば、

とある(漢字源)。別に、同趣旨で、

会意。戈と、榦(かん)(倝・𠦝は省略形。長い木の棒)とから成る(角川新字源)、
会意文字です(幹の省略形+戈)。「旗ざおの象形(大地を覆う木の象形は省略されている)」(「よく伸びた木の幹(みき)」の意味)と「握りのついた柄の先端に刃のついた矛」の象形から、木の幹と枝のように「両刃の刃が二股になっている武器」を意味する「戟」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji2457.html

ともある。

戈(カ)の柄の先に敵を突きさす刺(シ)のついた武器。つまり、敵をひっかけたり、突いたりすることができる。刺を別に鋳たものと、同時に鋳たものとがある(漢字源)、
長い柄の先端に戈の刃先をつけたもの、戈の刃先の数は一ないし三が多く、柄の先に刺(シ 矛)のあるものとないものがある(漢辞海)、

とも、

両旁に枝のでたるほこ(字源)、

ともある。「戈」の先に剣が着いたものという感じだろうか。

「鋒」.gif


「鋒」(漢音ホウ、呉音フ・フウ)は、

会意兼形声。丰(ホウ)は、作物の穂が三角に尖ったさまを描いた象形文字。夆は逢の原字で、三角形の頂点で出会うこと。鋒は、「金+音符夆」で、△型に尖った刃物の先、

とあり(漢字源)、

ほこさき、

の意であり(仝上)、

転じて、

ほこ、

の意でもある(漢辞海)。別に、

会意兼形声文字です(金+夆)。「金属の象形とすっぽり覆うさまを表した文字と土地の神を祭る為に柱状に固めた土の象形」(土の中に含まれる「金属」の意味)と「下向きの足の象形と草・木の葉が寄り合い茂る象形」(「足が1点に寄り集まる」の意味)から刃物の刃と背(峰)が寄り集まる部分「きっさき」を意味する「鋒」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji2767.html

「戊」.gif

(「戊」 https://kakijun.jp/page/bo05200.htmlより)


「戊」 甲骨文字・殷.png

(「戊」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%88%8Aより)

「戊」(慣用ボ、漢音ボウ、呉音ム)は、

象形。戉(エツ まさかり)に似た武器を描いたもので、その根元の穴が柄に被さるので、ボウ(冒)という。のち、十干の序数に当てたため、原義は忘れられた。戈の一種で、矛(ボウ 突く武器)とは形が異なる、

とある(漢字源)。

まさかりに似た武器https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%88%8A
おの形の刃が付いたほこ(矛)の形にかたどる(角川新字源)、
斧のような刃のついた矛https://okjiten.jp/kanji2455.html

などとある。

「殳」.gif



「殳」 甲骨文字・殷.png

(「殳」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%AE%B3より)

「殳」(漢音シュ、呉音ズ)は、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)では、

形声。「又+音符几」

と分析されているが、甲骨文字の形や金文の形を見ればわかるように、これは誤った分析である、

とし、

象形。ハンマー・枹のようなものを持った手を象る。漢語{殳 /*do/}を表す字、

とするhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%AE%B3。別に、

象形文字です。「手に木の杖を持つ」象形から「矛(ほこ)、木の杖」を意味する「殳」という漢字が成り立ちました、

とある(https://okjiten.jp/kanji2886.html)

殳、

は、

束ねた竹で作り、八角の長さは一丈二尺、兵車(戦車)の上に立てて、兵車の先頭がそれをもって先駆けする、

とあり(漢辞海)、

殳は殊である、長さは一丈二尺で刃がなく、車上で撞いたり、斬ったりしたものを殊(絶)ち離させるのである、

ともある(仝上)。

「鉈」.gif

(「鉈」 https://kakijun.jp/page/E7EB200.htmlより)


「釶」.gif

(「釶」 https://kakijun.jp/page/E7DF200.htmlより)

「鉈」(漢音シ・呉音セ、漢音シャ・呉音ジャ)は、

会意兼形声。「金+音符它(タ 長く伸びる)」。刃を長くたたきのばした刃物、

とあり(漢字源)、「釶」は「鉈」の異字体である。

柄の短いほこ、

の意である(仝上)。我が国では、薪割りなどに使う、片手で持つ、

なた、

に当てている(漢辞海)。

「戛」.gif



「戞」.gif


「戛」(カツ)は、

会意。戈+首、

で(漢辞海)、

枝刃のあるほこ(漢辞海)、
長いほこ(戟)、長矛(字源)、

の意である。

「槊」.gif


「槊」(サク)は、

形声。木+音符朔、

で(漢辞海)、

柄の長い矛(仝上)、

とあり、

周尺にて、一丈八尺ある矛(字源)、

とある。

「棘」.gif


「棘」(漢音キョク、呉音コク)は、

会意。刺の字の左側の朿(とげでさす)を二つ並べたもので、とげで人をひやひやさせるばらの木、

とある(漢字源)。

槍の刃の部分に敵を引っかけるための突起がついているほこ、

で、

戟、

の類義語である。

「戣」.gif


「戣」(漢音キ、呉音ギ)は、

会意兼形声.癸(キ)は、刃が三方または四方に張りだして、どちらでも突けるほこを描いた象形文字。癸が十干の名に専用されたため、戣でその原義を表した。戣は「戈(ほこ)+音符癸(キ)」、

とあり(漢字源)、

三方、または四方に刃の張りだしたほこ、

で、漢代の、

三鋒戟(さんぼうげき 鋒先が三つ)、

はその変化したもの(仝上)とある、

「矟」.gif


「矟」(サク)は、

会意兼形声。「矛+音符肖(ショウ 補足尖る)」、

とあり、

長さ一丈八尺で、崎の尖ったほこ、

とあり(漢字源)、

槊、

と同義になる(仝上)が、

矟、

は、

馬上で所持するもので、矟矟(ほっそりながいさま)としていて刺しやすい、

とある(漢辞海・字源)。

「鎩」.gif


「鎩」(サツ)は、

形声。金+音符殺、

で、

長い穂先のついたほこ、

とある(漢辞海)。

「鏦」.gif


「鏦」(ショウ・ソウ)

形声。金+音符従、

で、

小形のほこ、

の意である(漢字源)。

「欑」.gif


「欑」(サン)は、

細い竹を束ねて作ったつえぼこ、

とある(漢辞海)。

参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
簡野道明『字源』(角川書店)
戸川芳郎監修『漢辞海』(三省堂)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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