2024年07月26日

第三声


唯有夜猿知客恨(唯夜猿(やえん)の客恨(かくこん)を知る有り)
嶧陽溪路第三聲(嶧陽(えきよう)渓路 第三声(だいさんせい))(李端・送劉侍郎)

の、

第三声、

は、猿の鳴き声は非常に悲しく、三度その声を聞けば、涙をおとさずにはすられないという、

とある(前野直彬注解『唐詩選』)。後魏の酈道元「水經注」に、

巴東の山峡、巫峡長く、猿鳴くこと三声にして、涙裳(もすそ)を沾(うるお)す、

とあるのにもとづく(仝上)とある。

『水経注』江水の条に、

漁者歌曰:巴東三峽巫峽長、猿鳴三聲淚沾裳。江水又東逕石門灘、灘北岸有山、山上合下開、洞達東西、緣江步路所由。劉備爲陸遜所破、走逕此門、追者甚急、備乃燒鎧斷道。孫桓爲遜前驅、奮不顧命、斬上夔道、截其要徑。備踰山

とありhttps://zh.wikisource.org/wiki/%E6%B0%B4%E7%B6%93%E6%B3%A8/34、漁者の、

巴東三峽、巫峽長、猿鳴三聲、淚沾裳(巴東(はとう)の三峡、巫峡(ふきょう)長く、猿鳴くこと三声(さんせい)にして、涙裳(もすそ)を沾(うるお)す)、

からきているhttps://kanbun.info/syubu/toushisen402.html。また、梁の元帝(蕭繹)の「武陵王に遺おくる詩」(『古詩紀』巻八十一)にも、

四鳥嗟長別(四鳥(しちょう)長別(ちょうべつ)を嗟(なげ)き)
三聲悲夜猿(三声(さんせい)夜や猿(えん)悲む)

とある(仝上)。なお「水経注」は、

中国古代の地理書。40巻。北魏の酈道元(れきどうげん)が、漢代から三国時代ころに作られた中国河川誌「水経」に拠って、中国全土の水路を詳述したもの、

である。ただ、

古書『水經』に注釈を加えるという形を取っているが、注が正文の二十倍にも及んでおり、現在『水經』として単独で用いることはない。黄河にはじまり、揚子江水系から江南諸水に及び、その流域の都城・古跡に触れ、その際に古書を多数引用している。この書は、宋代には既に本文と注の区別がつかない等の混乱を生じていたが、清の戴震らの校訂作業によって、ほぼ原型が復元された、

とあるhttp://karitsu.org/kogusho/b4_skc.htm。なお、酈道元については「酈道元略伝」https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/145734/1/jor006_2_130.pdfに詳しい。

ただ、知っている猿の鳴き声は、どうも哀調とは無縁に思える。同じことを考えた人がいて、確かめた人曰く、

高く澄んだ美しい音色でした。中国にもたくさんの種類の猿が棲息しているのでしょうが、この武陵源で見た猿は、大きさも姿も日本猿とほとんど変わりません。あえて違いを言えば、やや小ぶりであるのと、日本猿ほど顔が赤くないというくらい、それもわずかな違いにすぎません。……その鳴き方というのは、口を小さく0型に突き出すようにして、ホ―っと高く声をのばすのです。高く澄んだその声は、むしろ鳥の声に近く、けもの類と鳥類とのあいだのような音色です。それはちょうど日本の鹿の鳴き声にも似ているようでした、

とある(波戸岡旭「中国・武陵源の猿声」https://www2.kokugakuin.ac.jp/letters/examinee/zuihitsu/hatookax.htm)。

「猿」.gif

(「猿」 https://kakijun.jp/page/1391200.htmlより)


「猨」.gif


「猿」(漢音エン、呉音オン)は、「猿蟹合戦」で触れたように、

会意兼形声。「犬+音符爰(エン ひっぱる)。木の枝を引っ張って木登りをするさる。猿は音符を袁(エン)にかえた、

とある(漢字源)。別に、

会意兼形声文字です(犭(犬)+袁(爰))。「耳を立てた犬」の象形と「ある物を上下から手をさしのべてひく」象形(「ひく」の意味)から、長い手で物を引き寄せてとる動物「さる(ましら)」を意味する「猿」という漢字が成り立ちました。「猿」は「猨」の略字です、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1815.html

「猴」.gif


「猿」に当てる漢字には、「猴」(漢音コウ、呉音グ)もあるが、これは、

「犬+音符侯(からだをかがめてうかがう)」。さるが、様子をうかがう姿から来た名称、

とある(漢字源)。「猿猴(えんこう)」で、「さる」なのだが、両者の区別はよく分からない。孫悟空の場合、通称は、

猴行者、

で、自らは、

美猴王(びこうおう)、

と名乗ったので、「猿」ではなく、「猴」である。「猴」は、

人に似て能く坐立す。顔と尻とには毛がなく赤し、尾短く、性躁にして動くことを好む、

とある(字源)が、猿のかしらは、

山多猴、不畏人、……投以果実、則猴王・猴夫人食畢、羣猴食其余(宋史・闍婆國傳)、

と、

猴王、

という(字源)。

猨(猿)、

は、やや大型のさるで、手足の長いものを指す、

とあり、

猴、

は、

小型のさる、

とある(漢辞海)ので、「猿(猨)」と「猴」は区別していたようである。

「獼」.gif


この他に、「さる」の意で、

體離朱之聰視、姿才捷于獼猿(曹植・蝉賦)、



獼猿(ビエン)、

や、「おおざる」の意で、

淋猴即獼猴(漢書・西域傳・註)、



獼猴、

という使い方をする、

獼(ビ)、

がある。「獼」自体、

おおざる、

の意で、

母猴、
淋猴、

ともいう(漢字源)、とある。日本でも、色葉字類抄(1177~81)に、

獼猴 みこう、びこう、

と載り(精選版日本国語大辞典)、

後生に此の獼猴の身を受けて、此の社の神と成るが故に(「霊異記(810~824)」、戦国策・斉策)、
海内一に帰すること三年、獼猴(みごう)の如くなる者天下を掠むこと二十四年、大凶変じて一元に帰す(「太平記(1368~79)」)
仏家には、人の心を猿にたとへられたり。六窓獼猴(ミゴウ)といふ事あり(仮名草子「東海道名所記(1659~61頃)」)、

等々と使われる(仝上)。

猢猻(こそん)、
猴猻(こうそん)、

は、猿の別称、

とされるhttps://kanji.jitenon.jp/kanjiy/16424.htmlが、

猻、

は、

子猿、

の意とある(漢字源)。

「猻」.gif


「猻」(ソン)は、

会意兼形声。「犬+孫(ちいさい)」、

で、

小ざる、

の意である(漢字源)。

猴、

より小さいという意味だろう。

参考文献;
前野直彬注解『唐詩選』(岩波文庫)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:01| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする