うちつけにさびしくもあるかもみぢ葉も主(ぬし)なき宿は色なかりけり(古今和歌集)、
の、
うちつけに、
は、
急に、
の意とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
うちつけ、
は、
打付け、
と当て、
吹く風になびく尾花をうちつけに招く袖かとたのみけるかな(貫之集)、
と、
副詞として、
うちつけに、
と、
突然に、
だしぬけに、
卒爾に、
端的に、
さしあてて、
といった意味(大言海・広辞苑)の状態表現から、価値表現に転じて、
さしもあだめき目馴れたるうちつけの好き好きしさなどは好ましからぬ御本性にて(源氏物語)、
と、
遠慮のないさま、
露骨、
むき出し、
といった意味(広辞苑)でも使う。
うちつけ、
の、
うち、
は、
打ち、
で触れたように、接頭語として、動詞に冠して、
打ち興ずる、
打ち続く、
のように、
その意を強め、またはその音調を整える、
ほかに、
打ち見る、
のように、
瞬間的な動作であることを示す、
使い方をする(広辞苑)。
うちつけ、
は、後者になるが、
平安時代ごろまでは、打つ動作が勢いよく、瞬間的であるという意味が生きていて、副詞的に、さっと、はっと、ぱっと、ちょっと、ふと、何心なく、ぱったり、軽く、少しなどの意を添える場合が多い。しかし和歌の中の言葉では、単に語調を整えるためだけに使ったものもあり、中世以降は単に形式的な接頭語になってしまったものが少なくない、
とあり(岩波古語辞典)、
さっと(打ちいそぎ、打ちふき、打ちおほい、打ち霧らしなど)、
はっと、ふと(打ちおどろきなど)、
ぱっと(打ち赤み、打ち成しなど)、
ちょっと(打ち見、打ち聞き、打ちささやきなど)、
何心なく(打ち遊び、打ち有りなど)、
ぱったり(打ち絶えなど)、
といった意味でつかわれる。これが訛ると、
uti→buti→bunn、
と、
ぶつ、
ぶち、
ぶん、
となることもあり、
うちつけ、
も、
ぶっつけ、
と訛る。
下二段(自動詞下一段、他動詞下二段)の動詞、
打ち付く、
は、
打ち着く、
とも当て、文字通り、
天雲に羽うちつけて飛ぶ鶴(たづ)のたづたづしかも君しまさねば(万葉集)、
と、
打ち当てる、
意だが、
形容動詞なり活用(精選版日本国語大辞典)、
とも、
名詞(岩波古語辞典)、
ともあり、副詞としては、
うちつけに、
と使い、
うちつけの、
うちつけながら、
うちつけなる、
等々とも使う、
うちつけ、
は、
物をぱっと打ち付けるように瞬間的で、深い理由・考えもないさま、
という含意で、時間的な意味にシフトさせて、たとえば、
男、うちつけながら、いとたつ事をもがりければ(大和物語)、
と、
突然、唐突、だしぬけ、
の意や、
うちつけなるさまにやと、あいなくとどめ侍りて(源氏物語)、
と、
突然で失礼なさま、卒爾(そつじ)、ぶしつけ、
の意、
郭公(ほととぎす)人松山になくなれば我うちつけにこひまさりけり(古今和歌集)、
と、
ふとしたきっかけで、どうしようもなく、にわかに心の進むさま、
の意や、
さればうちつけに海は鏡のおもてのごとなりぬれば(土佐日記)、
と、
即座、てきめん、現金なさま、
の意、
うちつけにまどふ心ときくからに慰めやすくおもほゆるかな(大和物語)、
と、
軽率なさま、
うちつけに濃しとや花の色を見ん置く白露のそむる許(ばかり)を(古今和歌集)、
と、
ちょっと見、
の意と、心理的な唐突感へとシフトしていき、前述の、
うちつけのすきずきしさなどは、このましからぬ御本性にて(源氏物語)、
と、
むきだし、露骨、無遠慮、
と、価値表現へとシフトしていく(精選版日本国語大辞典)。さらには、後世には、
こりゃ、おまつどのには打ちつけぢゃわいの(歌舞伎「梅柳若葉加賀染(1819)」)、
ぴったりなさま、
よく似合うさま、
の意でも使うが、これは、後述の、
うちつけ、
の転訛、
打ってつけ、
で、今日も使う(仝上)。
うちつけ、
が、なまると、前述したように、
ぶっつけ(打付)、
となるが、これは、
ぶつける、
意から、
ぶっつけ本番、
のように、
いきなり、
の意や、
ぶっつけに物を言う、
と、
遠慮なし、
の意、
ぶっつけから失敗、
と、
最初、初め、
の意で使うのは、現代でもあるし、これがさらに、前述のように、
うってつけ(打付)、
となると、
「うつ(打)」の原義の、強く物事にあてる、釘で打ち付けたようにぴったり合う、
の意から、
もってこい、
あつらえむき、
の意になる(精選版日本国語大辞典)。
(「打」 『説文解字』(後漢) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%89%93より)
「打」(唐音ダ、漢音テイ、呉音チョウ)は、
会意兼形声。丁は、もと釘の頭を示す□印であった。直角にうちつける意を含む。打は「手+音符丁」で、とんとうつ動作を表す、
とある(漢字源)が、
形声。「手」+音符「丁 /*TENG/」。「うつ」を意味する漢語{打 /*teengʔ/}を表す字、
も(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%89%93)、
形声。手と、音符丁(テイ)→(タ)とから成る。手で強く「うつ」意を表す、
も(角川新字源)、形声文字とする。
参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95