君が植ゑし一(ひと)むらすすき蟲の音のしげき野辺ともなりにけるかな(古今和歌集)、
の詞書に、
藤原利基朝臣の右近中将にてすみはべりける曹司(ざうし)の、身まかりてのち、人も住まずなりけるに、……、
とある、
曹司(ざうし)、
は、
そうじ、
とも訓ませ、
与えられた部屋、
とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
貴人の子弟は、独立するまで邸の中に部屋を与えられる。ここはどこの邸ともわからない、
とある(仝上)。そこから、
部屋住み、
の意で、
曹司住み、
という言い方があり、
曹司住み、
を略して、
曹司、
も、
部屋住みの公達、
の意で使われる(広辞苑)。ただ、
曹司、
は、奈良・平安時代、
神祇官曹司災(続日本紀)、
とあるように、
官司内に設けられた、執務のための正庁。また、執務のための部屋、
を言い、
先参朝堂、後赴曹司(弾正臺式)、
とある。転じて、
もとよりさぶらひ給ふ更衣のざうしを、ほかにうつさせ給ひて(源氏物語)、
と、
宮中または官司などに設けられた、上級官人や女官などの部屋、
をいい、
つぼね、
ともいう。『伊勢物語』で、
思ふには忍ぶることぞ負けにける逢ふにしかへばさもあらばあれ
といひて、曹司におり給へれば、例の、この御(み)曹司には、人の見るをも知でのぼりゐければ、この女思ひわびて里へゆく、
とある、
曹司、
は、
女の局、
を意味し(石田穣二訳注『伊勢物語』)、さらに、
殿の内に年比曹司して候ひつる人々(栄花物語)、
と、
宮中や貴族の邸内に部屋をもらって仕えること。また、その人、
をいい、
ここから転じて、
独立していない公達(きんだち)が、親の邸内に与えられた部屋、
の意になったと思われる(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。
曹司住み、
は、
本来は、
此五位は、殿の内に曹司住にて有ければ(今昔物語集)、
とあるのように、
つぼねにさがって休息していること、
の意味である(仝上)。なお、
江家先祖音人卿、預判文章博士菅原是善卿、皆是、東西曹司之祖宗、試場評定之亀鏡也(「本朝文粋(1060頃)」)、
とある、
曹司、
は、平安時代の大学寮文章院の、
東曹・西曹、
をいい、
文章生の寄宿舎のごときものをいう(世界大百科事典)、
とも、
大学寮の教室の称。区画して東西にありて、東曹、西曹の称あり、菅原氏、大江氏の二家、分れて教へたり、大学の南隣なる勧学院を、南曹と称しき(大言海・精選版日本国語大辞典)、
ともあるが、いずれも、部屋を指している。原義に近い使い方と言える。
(「曹」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9B%B9より)
(「曹」金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9B%B9より)
「曹」(漢音ソウ、呉音ゾウ)は、
会意文字。「東(ひがしではなく、袋の形)二つ+口、または日」で、袋を並べて同じものが並んだことを示す。口印は、裁判の際、口で論議することを表す。法廷で取り調べをする、何人も居並ぶ属官のこと。高級でない多くの仲間を意味する(漢字源)。「獄曹」「軍曹」等々「下級の役人」の意、「我曹」「汝曹」と「ともがら」の意、「局」と同義の「つぼね」の意等々とある(仝上)。
曺、𣍘、
は異字体、
𣍘、
は、
「曹」の古字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9B%B9)。別に、
会意。「東」を二つ並べたもの+羨符「口(金文では甘、楷書では曰に変化)。{曹 /*dzuu/}を表す字で、「一対」「組」「ともがら」を意味する、
とも(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9B%B9)、
会意文字です(東+東+口)。「袋の両端をくくった」象形(「裁判で原告と被告がそれぞれ誓いを示す矢などの入った袋を持って向き合う」意味)と「口」の象形(「裁判官」の意味)から、「つかさ(裁判官、役人)」を意味する「曹」という漢字が成り立ちました、
とも(https://okjiten.jp/kanji1983.html)あるが、
会意形声。曰と、㯥(サウ)(法廷で、東に位置する原告・被告。は省略形)とから成る。原告・被告の意から、「ともがら」の意を表す、
と(角川新字源)、会意兼形声とする説もある。『字通』には、
会意。正字は𣍘に作り、㯥+曰(えつ)。東は橐(たく)の初文。㯥は「説文」に「闕」として、その声義を欠く字であるが、𣍘の字形によっていえば、裁判の当事者がそれぞれ提供するものを橐(ふくろ)に入れて並べる形。「周礼」秋官、大司寇によると、束矢鈞金を出す定めであった。曰は盟誓を収める器で、自己詛盟をして獄訟が開始される。これを両造という。「大司寇」に「兩造を以て民の訟を禁ず。束矢を朝に入れしめて、然る後に之れを聽く。兩劑(りやうざい 契約・盟誓)を以て民の獄を禁ず。鈞金を入れしめて、三日にして乃ち朝に致し、然る後に之れを聽く」と規定している。「説文」に「獄の兩曹なり。廷の東に在り。㯥に從ふ。事を治むる者なり。曰に從ふ」とするが、「説文」は㯥と曰の形義を理解していない。㯥はいわゆる両造にして束矢鈞金を入れる橐の形、曰は自己詛盟としての誓約を入れる器である。曹はもと裁判用語。法曹を原義とし、のち官署のことに及ぼして分曹・曹司のようにいう、
とある。
参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95