2024年08月17日

倭文機(しづはた)


蘆の屋のしづはた帯のかた結び心やすくもうちとくるかな(新古今和歌集)、

の、

しづはた帯、

は、奈良時代は、

しつはた、

で、

倭文(しつ 古くからの日本の織物)で織った帯、

の意(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。

古(いにしへ)の倭文機帯を結び垂れ誰といふ人も君にはまさじ(万葉集)、

という歌があり、ここではこの語にそのような帯をしている賤の女のイメージを付加するか、

と注釈する(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。

しづはた、

は、

倭文機、

と当て、

倭文を織る機、

の意と共に、

それで織った倭文、

の意もある(広辞苑)。また、

しつはたに乱れてぞ思ふ恋しさをたてぬきにして織れる我が身か(貫之集)、

と、

倭文機に、

で、倭文には、

乱れ模様が織り込まれているところから、

倭文の模様のように心などが乱れるさま、

のメタファとして、

「乱る」にかかり、

また、

倭文機に織る意で、

「綜(ふ)」と同音の「経(ふ)」にかかる(精選版日本国語大辞典)。

倭文(しづ)、

は、「倭文の苧環」で触れたように、

日本古来の織物の一つで、模様を織り出したもの、

で(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。奈良時代は、

ちはやぶる神のやしろに照る鏡しつに取り添へ乞ひ禱(の)みて我(あ)が待つ時に娘子(おとめ)らが夢(いめ)に告(つ)ぐらく(万葉集)、

と、

しつ、

と清音で、後にも、新古今和歌集でも、

それながら昔にもあらぬ秋風にいとどながめをしつのをだまき、

と、

しつ、

と、

詠われる。

倭文、

は、

古代の織物の一つ、

で、

穀(かじ)・麻などの緯(よこいと)を青・赤などで染め、乱れ模様に織ったもの(広辞苑)、
梶木(かじのき)、麻などの緯(よこいと)を青、赤などに染め、乱れ模様に織ったもの(精選版日本国語大辞典)、
栲(たへ)、麻、苧(からむし)等、其緯(ヌキ 横糸)を、青、赤などに染めて、乱れたるやうの文(あや)に織りなすものといふ(大言海)、
カジノキや麻などを赤や青の色に染め、縞や乱れ模様を織り出した日本古代の織物(デジタル大辞泉)、

等々とあり、多少の差はあるが、

上代、唐から輸入された織物ではなく、それ以前に行われていた織物、

を指している(岩波古語辞典)。で、

異国の文様、

に対する意で、

倭文、

の字を当てた(デジタル大辞泉)といい、

あやぬの(文布・綾布)、
しづはた(機)、
しづり(しつり)、
しづの、
しづぬの、
しとり(しどり)、
しづおり、

等々とも言う。

しづり(しずり)、

は、古くは、

しつり、

で、

しづおり(倭文織)、

の変化した語、

しどり、

は、古くは、

しとり、

で、やはり、

しつおり(倭文織)、

の変化した語、いずれも、

倭文、

と当てる。

しつぬの(倭文布)、

は、

しづぬの(倭文布)、

ともいい、

しづり、

ともいう(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉・広辞苑)。

倭文、

は、

中国大陸から錦(にしき)の技法が導入されるまで、広く使われたわが国の在来織物で、『万葉集』『日本書紀』などによると、

帯、
手環(たまき 現在のブレスレット)、
鞍覆(くらおおい)、

等々、装飾的な部分に使われている(日本大百科全書)とあり、生産は物部(もののべ)氏のもとにある倭文部(しずりべ)であり、各地の倭文神社はその分布を伝える。『延喜主計式(えんぎしゅけいしき)』によると、

その生産地は駿河(するが)国と常陸(ひたち)国で、合計してわずか62端(長さ4丈2尺、幅2尺4寸、天平(てんぴょう)尺による)しか献納されておらず、用途は自然神(風・火など)の奉献物に使われている、

と(仝上)、特殊な用途になっていることがわかる。

しず、

の由来は、

沈むの語根、沈(しず)の義なりと云ふ、或は云ふ、線(すぢ)の転なりと(大言海)、
縞織の義か(筆の御霊)、
おもしの意のシズムル(鎮)の略(類聚名物考)、
糸をしずめて文様を織り出すところからシヅミ(沈)の略(名言通)、

等々あるが、織りとの関係でいうと、

しず(沈)、
か、
すじ(線)、

かと思うが、当初、

しつ、

だということを考えると、ちょっといずれも妥当とは思えない。

「倭」.gif

(「倭」 https://kakijun.jp/page/1016200.htmlより)

「倭」(①漢音呉音ワ、②漢音呉音イ)は、

会意兼形声。禾(カ)は、しなやかに穂をたれた低い粟の姿。委(イ)は、それに女を添え女性のなよなよした姿を示す。倭は「人+音符委」で、しなやかで丈が低く背の曲がった小人を表す、

とあり(漢字源)、また、

会意兼形声文字です(人+委)。「横から見た人」の象形(「人」の意味)と「穂先の垂れた稲の象形と両手をしなやかに重ねひざまずく女性の象形」(「なよやかな女性」の意味)から「従うさま」、「従順なさま」、「慎むさま」を意味する「倭」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji2222.htmlが、

形声。「人」+音符「委 /*ɁOJ/」https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%80%AD

形声。人と、音符委(ヰ)とから成る。従順なさまの意を表す(角川新字源)、

は、形声文字とする。

参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:34| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする