大井川ゐせきの水のわくらばに今日は頼めしくれにやはあらぬ(新古今和歌集)、
の、
いせき、
は、
井堰、
と当て、
川の流れをせき止める所、
で、
くれにやはあらぬ、
の、
くれ、
は、
「暮れ」と「榑」(皮付きの材木。「大井川」の縁語)の掛詞。「やは」は反語の係助詞、
とあり(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、
わくらばに、
は、
たまたま、
で、
「水の湧く」からつづけていう、
とある(仝上)。
わくらばに、
は、
邂逅に、
と当て、後世、
わくらは、
ともいい(デジタル大辞泉)、
人となることは難きをわくらばになれる我(あ)が身は(万葉集)、
と、
たまさかに、
たまたま、
偶然、
の意とある(広辞苑)。
有美一人、清揚婉兮、邂逅相遇、適我願兮(鄭風)
と、
邂逅(カイコウ)、
は、漢語であり(字源)、
思いがけなくめぐり合う、
期せずして出会う、
意で、
邂后、
とも当てる(漢辞海)。和語では、万葉集序文に、
今以邂逅相遇貴客、
とあるが、霊異記に、
太万左加爾、
とあり、類聚名義抄(11~12世紀)に、
邂逅、タマサカ、
とあるなど、
たまさか(に)、
と訓まれていたらしい(精選版日本国語大辞典)。その流れで、
わくらば、
に、
邂逅、
と当てたと思われるが、
わくらば、
は、
別くる計(ばかり)、人多き中を云ふ、
とある(大言海)ように、
動詞ワク(別)に接尾語ラ・マがついてできた語(角川古語大辞典)、
分クル・マ(間・所・時)からの転音か(小学館古語大辞典)、
ワクはワカレ(別)の転、ハはヒサ(久)の反(名語記)、
ワカルルマヒサ(別間久)の約(和訓栞)、
ワキウルアフサ(別得逢)の約(国語本義)、
等々と、
別れ、
と関係づける説が多いが、ふつう、
わくらば、
というと、
病気に侵された葉、また、色づきすがれ(末枯れ)た葉、
の意の、
病葉、
と当てる言葉を思いつくが、その、
病葉、
の由来が、
別(わく)る葉の義、
とする説(大言海)があり、
常盤木の中に、たまたま変葉あるを云い、それよりたまたまあることに移して用いたり、
と、
病葉→邂逅、
と転用したとする説(仝上・本朝辞源=宇田甘冥)は、「別れ」から付会する説に比べて自然に思え、意外とあり得る気がするのだが。
「邂」(漢音カイ、呉音ゲ)は、
会意兼形声。「辵+音符解(とける)」、
とある(漢字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%82%82)。
(「遘」 金文・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%98より)
「逅」(漢音コウ、呉音グ)は、
形声。「辵+音符后」、
とあるが(漢字源)、
異字体は、
遘󠄁
とあり、
邂逅、
は、
邂遘󠄁、
とも表記し(漢字源)、
形声。「辵」+音符「冓 /*KO/」。「出会う」を意味する漢語{遘 /*k(r)oos/}を表す字。もと「冓」が{遘}を表す字であったが、「辵」を加えた、
としている(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%98)。
参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95