2024年08月21日

わくらばに


大井川ゐせきの水のわくらばに今日は頼めしくれにやはあらぬ(新古今和歌集)、

の、

いせき、

は、

井堰、

と当て、

川の流れをせき止める所、

で、

くれにやはあらぬ、

の、

くれ、

は、

「暮れ」と「榑」(皮付きの材木。「大井川」の縁語)の掛詞。「やは」は反語の係助詞、

とあり(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、

わくらばに、

は、

たまたま、

で、

「水の湧く」からつづけていう、

とある(仝上)。

わくらばに、

は、

邂逅に、

と当て、後世、

わくらは、

ともいい(デジタル大辞泉)、

人となることは難きをわくらばになれる我(あ)が身は(万葉集)、

と、

たまさかに、
たまたま、
偶然、

の意とある(広辞苑)。

有美一人、清揚婉兮、邂逅相遇、適我願兮(鄭風)

と、

邂逅(カイコウ)、

は、漢語であり(字源)、

思いがけなくめぐり合う、
期せずして出会う、

意で、

邂后、

とも当てる(漢辞海)。和語では、万葉集序文に、

今以邂逅相遇貴客、

とあるが、霊異記に、

太万左加爾、

とあり、類聚名義抄(11~12世紀)に、

邂逅、タマサカ、

とあるなど、

たまさか(に)、

と訓まれていたらしい(精選版日本国語大辞典)。その流れで、

わくらば、

に、

邂逅、

と当てたと思われるが、

わくらば、

は、

別くる計(ばかり)、人多き中を云ふ、

とある(大言海)ように、

動詞ワク(別)に接尾語ラ・マがついてできた語(角川古語大辞典)、
分クル・マ(間・所・時)からの転音か(小学館古語大辞典)、
ワクはワカレ(別)の転、ハはヒサ(久)の反(名語記)、
ワカルルマヒサ(別間久)の約(和訓栞)、
ワキウルアフサ(別得逢)の約(国語本義)、

等々と、

別れ、

と関係づける説が多いが、ふつう、

わくらば、

というと、

病気に侵された葉、また、色づきすがれ(末枯れ)た葉、

の意の、

病葉、

と当てる言葉を思いつくが、その、

病葉、

の由来が、

別(わく)る葉の義、

とする説(大言海)があり、

常盤木の中に、たまたま変葉あるを云い、それよりたまたまあることに移して用いたり、

と、

病葉→邂逅、

と転用したとする説(仝上・本朝辞源=宇田甘冥)は、「別れ」から付会する説に比べて自然に思え、意外とあり得る気がするのだが。

「邂」.gif


「邂」(漢音カイ、呉音ゲ)は、

会意兼形声。「辵+音符解(とける)」、

とある(漢字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%82%82)。

「逅」.gif



「遘」 金文・殷.png

(「遘」 金文・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%98より)

「逅」(漢音コウ、呉音グ)は、

形声。「辵+音符后」、

とあるが(漢字源)、

異字体は、

遘󠄁

とあり、

邂逅、

は、

邂遘󠄁、

とも表記し(漢字源)、

形声。「辵」+音符「冓 /*KO/」。「出会う」を意味する漢語{遘 /*k(r)oos/}を表す字。もと「冓」が{遘}を表す字であったが、「辵」を加えた、

としているhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%98

参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:52| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする