白妙の袖の別れに露落ちて身にしむ色の秋風ぞ吹く(定家)
の、
露、
は、
涙の隠喩、
身にしむ色の秋風、
は、
通念では五行思想により、秋の色は白だが、別れを惜しむ紅涙を吹く風なので、紅色を暗示する、
と注釈する(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。この、
袖の別れ、
は、
重ねていた袖と袖とを離して、共寝してしいた男女が別れること、
である(仝上)。
男女が互いにまとい交わした袖を解き離して別れること(広辞苑)、
男女が互いに重ね合った袖を解き放して別れること(デジタル大辞泉)、
男女が互いに重ね合わせた袖を解き放して別れること(精選版日本国語大辞典)、
男女が互いに重ね合った袖を分かって、離れ離れになること(岩波古語辞典)、
等々、いわゆる、
後朝(きぬぎぬ)の別れ、
である。「後朝」で触れたように、
きぬぎぬ、
は、
衣衣、
と当て、本来は、
風の音も、いとあらましう、霜深き晩に、おのが衣々も冷やかになりたる心地して、御馬に乗りたまふほど(源氏物語)、
と、
衣(きぬ)と、衣と、
の意で、
各自に着て居る衣服、
をいう(大言海)。しかし、
しののめのほがらほがらと明けゆけばおのがきぬぎぬなるぞかなしき(古今集)、
の、顕昭(1130(大治5)年?~ 1209(承元元)年)注本に、
結句、きるぞかなしき、とあるはよろしかるべき、
と、
きぬぎぬとは、我が衣をば我が着、人の衣をば人に着せて起きわかるるによりて云ふなり、
とあり(古今集註)、
男女互いに衣を脱ぎ、かさねて寝て、起き別るる時、衣が別々になる意、
とし(大言海)。この歌より、
男女相別るる翌朝の意として、
後朝、
と表記して、
きぬぎぬ、
とした(仝上)。平安時代の、
妻問婚(つまどいこん)、
では、
敷布団はなく、貴族の寝具は畳で、その畳の上に、二人の着ていた衣を敷き、逢瀬を重ねます、
とか(https://www.bou-tou.net/kinuginu/)、
布団が使われ出したのは、身分の高い人で江戸期、庶民は明治期からで、それ以前は、着ていた衣をかけて寝ていた、
とある(https://kakuyomu.jp/works/1177354054921231796/episodes/1177354055255278737)ので、
脱いだ服を重ねて共寝をした、翌朝、めいめいの着物を身に着けること、
の意から、
きぬぎぬになるともきかぬとりだにもあけゆくほどぞこゑもおしまぬ(新勅撰和歌集)、
と、
男女が共寝して過ごした翌朝、
あるいは、
その朝の別れ、
をいった。
なお、「袖」については、「そで」、「袖」などで触れた。また「袖」の歌語である「衣手」についても触れた。
「袖」(漢音シュウ、呉音ジュ)は、
会意兼形声。「衣+音符由(=抽 抜き出す)」。そこから、腕が抜けて出入りする衣の部分。つまりそでのこと、
とある(漢字源)。別に、
会意兼形声文字です(衤(衣)+由)。「身体にまつわる衣服のえりもと」の象形と「底の深い酒つぼ」の象形(「穴が深く通じる」の意味)から、人が腕を通す衣服の部分、「そで」を意味する「袖」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji2061.html)。
参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:袖の別れ 後朝(きぬぎぬ)の別れ