2024年09月04日

ことならば


ことならば思はずとやは言ひはてぬなぞ世の中の玉襷(たまだすき)なる(古今和歌集)、

の、

玉襷、

は、多く「かく」(掛かる)にかかる枕詞としてもちいられるが、こころは心に掛かるということの喩え、

とあり、

ことならば、

は、

「同じことなら」という意味の常套句、

とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。

ことならば、

は、

同ならば、

と当て(岩波古語辞典)、平安・鎌倉時代には、

ゴトナラバ、

と訓んだように、

「こと」は「如し」の語幹と同源(広辞苑)、
コトはゴト(如)と同根(岩波古語辞典)、

になる。

ことならば咲かずやはあらぬ櫻花見る我さへに静心なし(古今和歌集)、

の、

ことならば、

も、

同ならば、

と当て(岩波古語辞典)、

結果として同じからば、

の意であり(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)、

此の如くならば、
斯かることならば、
こんなことなら、
同じ事なら、

の意で(仝上・大言海)、

如くならば、

の意で、これは、上代に、

こと降らば袖さへ濡れて通るべくべく降りなむ雪の空に消(け)につつ(万葉集)

と、

こと…ば、

の形の条件表現が行なわれたが、それと同類の中古以降の表現法(精選版日本国語大辞典)で、

かきくらしことは降らなむ春雨にぬれぎぬ着せて君をとどめむ(古今和歌集)、

の、

ことは、

も同様である(仝上)とある。

ことは、

は、

同は、

と当て(仝上)、

ことならばの略、

であり(大言海)、平安・鎌倉時代は、

ゴトハ

と訓んだように、

コトは、ゴト(如)と同根である(岩波古語辞典)、

とするのは、

句意を「どうせ同じことなら」と解して、「こと」が「如(ごと)」と同源であるとする、

説であるが、他に、

「此(こ)とならば」で「このように…ならば」の意であるとする説、
「こと」を名詞「こと(事・言)」と同源と見る説(精選版日本国語大辞典)、
副詞「こと」+断定の助動詞「なり」の未然形+接続助詞「ば」、とする説(デジタル大辞泉)、

などがある。

ことならば、

は、

こと…ば、

の意味の流れを受け継いで、

ことならば咲かずやはあらぬ桜花みる我さへにしづ心なし(紀貫之)、

と、

現実を何らかの重要な定めのあらわれとしてとらえ、その判断を後句の前提として述べるが、「こと」は、その定めを暗示する語と考えられる、

とある(精選版日本国語大辞典)。この、

こと、

は、

同、
如、

と当て(大言海・岩波古語辞典)、

ひとつこと、
同じ、

という意味で、

ゴトシ(如)と同根、仮定の表現を導くのに使う。コト(異・別・殊)とは起源的に別(岩波古語辞典)、
ことくの語幹。此の語、常に多く、何のごと、某(それ)のごとくと、他の語の下に用ゐられ、連声(れんじゃう)にて濁る、されど、独立なる時は、清音にて、語尾の活用したるを見ず、古今集の歌の、「ことならば」を、顕注満勘(古今和歌集注釈書)に、かくの如くならばの意と訳せり(大言海)、

とある。なお、

平安時代はゴトと濁って発音したらしい。写本に、ゴと濁る指示がある、

とある(岩波古語辞典)が、

これは「如」との意味的関連を認めた鎌倉時代の歌学の反映である、

とされる(精選版日本国語大辞典)。しかし、逆に、

ごと、

が、

後に如しの語幹となる、連体修飾語をうけて、

とする説もある(岩波古語辞典)。

こと(ごと)→ごとし、

なのか、

ごとし→こと(ごと)、

なのかはともかく、

こと(ごと)、

ごとし、

のつながりは深い。

ごと、

は、

同、
如、

と当て、

コト(同)と同根(岩波古語辞典)、
ゴトク(如く)の語根、如しはオナジコト(同事)を上略して活用せしめたる語(大言海)、
ゴトク(如く)―ゴト(日本語の語源)、
元来は同じの意で、同一を示すコト(kötö)と同源、また類似したさまをいう朝鮮語katや満州語geseとも同源(万葉集=日本古典文学大系)、

等々、

助動詞「ごとし」の語幹、

とし、

本来、「同じ」の意を表す「こと」の濁音化したもので、体言的性格を持つ、

とする(日本語源大辞典)のが大勢のようである。なお、

コト(毎)の義(言元梯)、

とする説もあるが、

意味とアクセントの点からごと(毎)とは別、

とされ、むしろ、「ごと(毎)」は、

コト(異・別)と同根、

とされる(岩波古語辞典)。また、

言の通りという意味で、コト(言)から(国語の語根とその分類=大島正健)、

という説も、

こと、

が、

同、

と当てる以上、同じ音ではあるが、区別されていたと見るべきだ。なお、「事」「言」と当てる「こと」については触れた。

では、

ごとし、

はどうなのか。

「同じ」の意を表わす「こと」の濁音化した「ごと」に、形容詞をつくる活用語尾「し」が付いたもの。名詞+「の」、代名詞+「が」、用言および助動詞の連体形、連体形+「が」などに付く。体言に直接付くこともある、比況の助動詞(精選版日本国語大辞典)、
コトのはじめが濁音化した語。このゴトに、シをつけて形容詞のように使うようになった(日本語源広辞典)、
同じ事を上略して活用せしめたる語、齊(ひと)しと云ふ語も、一(ひと)しなり(眞言(まこと)し、功(いさを)し)、何事を上略して、コトとのみ言ふこと多し(事と云へば、事ぞともなく)、此の語の活用(〇・ごとく・ごとし・ごとき・〇・〇)、形容詞に似たれどゴトケレと用ゐたる例を見ず、又、ゴトクニと用ゐるも、形容詞に異例なり。又、他語の下にのみ用ゐらるれば、首音濁れど、元と、清音なるなり(大言海)、
同一を意味する「こと」という語の語頭が濁音化した「ごと」に、形容詞語尾「し」がついて成立した語である。「こと」という語は体言であり、「見けむがごと」といへば、「見たというのと同一」の意である。この用法の発展として、他の事・物に比較して「……と同じだ」「……のようだ」の意を表す「ごとし」があらわれた(岩波古語辞典)、

などとあり、その活用(〇・ごとく・ごとし・ごとき・〇・〇)から、本来の、助動詞ではなく、

く・し・き、と形容詞ク活用と同じ活用をする、

とある(岩波古語辞典)。どうやら、

同一を意味する「こと」→ごと→ごと(如)し、

と展開したようである。

ごとし、

は、平安時代に入って、多く漢文訓読文に用いられることになる(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)が、女流文学系では例外的にしか使われていない。女流文学系では、

やうなり、

が代わって用いられた(仝上)とある。

「同」.gif

(「同」 https://kakijun.jp/page/0650200.htmlより)


「同」 甲骨文字・殷.png

(「同」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%90%8Cより)

「同」(慣用ドウ、漢音トウ、呉音ズウ)は、

会意文字。「四角い板+口(あな)」で、板に穴をあけて突き通すことを示す。突き通れば通じ、通じれば一つになる。転じて同一・共同・共通の意になる、

とある(漢字源)。別に、

会意。口と、冃(ぼう)(おおう。𠔼は省略形)とから成り、多くの人を呼び集める、ひいて「ともに」、転じて「おなじ」などの意を表す、

ともある(角川新字源)が、

原字は筒の形を象る象形文字で、のち羨符(無意味な装飾的筆画)の「口」を加えて「同」の字体となる。「つつ」を意味する漢語{筒 /*loong/}を表す字。のち仮借して「おなじ」を意味する漢語{同 /*loong/}に用いる。この文字を「凡」と関連付ける説があるが、誤った分析である、

https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%90%8C

象形文字です。「上下2つの同じ直径の筒の象形」から「あう・おなじ」を意味する「同」という漢字が成り立ちました、

https://okjiten.jp/kanji378.html、象形文字とする。

「如」.gif

(「如」 https://kakijun.jp/page/0662200.htmlより)

「如」(漢音ジョ、呉音ニョ)は、「真如」で触れたように、

会意兼形声。「口+音符女」。もと、しなやかにいう、柔和に従うの意。ただし、一般には、若とともに、近くもなく遠くもないものをさす指示詞に当てる。「A是B」とは、AはとりもなおさずBだの意で、近称の是を用い、「A如B(AはほぼBに同じ、似ている)」という不足不離の意を示すには中称の如を用いる。仮定の条件を指示する「如(もし)」も、現場にないものをさす働きの一用法である、

とある(漢字源)。同じく、

会意兼形声文字です(女+口)。「両手をしなやかに重ねひざまずく女性」の象形(「従順な女性」の意味)と「口」の象形(「神に祈る」の意味)から、「神に祈って従順になる」を意味する「如」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1519.htmlが、他は、

形声。音符「女 /*NA/」+羨符「口」。「もし~なら」「~のような、ごとし」を意味する助詞の{如 /*na/}を表す字。もと「女」が仮借して{如}を表す字であったが、「口」(他の単語と区別するための符号)を加えた、

ともhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A6%82

会意。女と、口(くち)とから成り、女が男のことばに従う、ひいて、したがう意を表す。借りて、助字に用いる、

とも(角川新字源)ある。

参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 03:50| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする