2024年09月09日
苔の袖
年暮れし涙のつららとけにけり苔の袖にも春やたつらむ(皇太后宮大夫俊成)、
の、
苔の袖、
は、
苔の衣(僧衣)の袖、
の意とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。俊成は安元二年(1176)九月、六十三歳で出家、その年の暮れ、
身に積もる年の暮れこそあはれなれ苔の袖をも忘れざりけり」(長秋詠藻)、
と詠んでいる(仝上)。新古今和歌集には、
いつかわれ苔のたもとに露おきて知らぬ山路(ぢ)の月を見るべき(家隆朝臣)、
と、
苔の袂、
の表現もある。
苔のたもと、
は、
「苔の衣」「法衣」に同じであるが、袂(袖)を片敷いて独り臥すイメージが働く、
とある(仝上・https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1952652512&owner_id=17423779)。
苔の衣、
は、
苔衣(こけごろも)、
に同じで、
苔の一面に生えた状態を衣にたとえた、
ことばで、
僧侶・隠者などのころも、
をいう(広辞苑)。
苔(こけ)、
自体に、
一樹下、石上を住處として、佛道を修行すると云ふ意より、僧侶の衣服、
などに言い(大言海)、
苔の衣、
苔の袂、
苔の袖、
苔の衣手、
苔の小衣、
苔織衣(こけおりぎぬ)、
などとも言い(仝上・精選版日本国語大辞典)、
閑居の體(てい)、
に、
苔の庵、
苔の戸、
苔の樞(とぼそ)、
などという(仝上)。
苔の袖、
は、
苔の袖雪げの水にすすぎつつおこなふ身にも恋はたえせず(「古今和歌六帖(976~87頃)」)、
苔の袂、
は、
みな人は花の衣になりぬなりこけのたもとよかわきだにせよ (古今和歌集)、
などと詠われる。
苔、
は、
蘚、
蘿、
などとも当て(精選版日本国語大辞典・広辞苑)、その由来は、
コケ(木毛)の義(岩波古語辞典・雅言考・和訓栞・名言通)、
コケ(小毛)の義(和句解・日本釈名・和語私臆鈔)、
コキ(木著)の転(言元梯)、
魚の鱗をいうコケに似るところから(東雅)
等々とあるが、「うろこ」で触れたように、「うろこ」を、
こけ、
と訓むのは、
こけら(鱗)の下略、
で、
魚、蛇の甲、杮葺(こけらぶき)の形に似れば云ふ、
とある(大言海)。
東京では略してコケと云ふ、
とある(仝上)ので、全く別の由来である。
和訓栞(江戸後期)に、木毛(コケ)の義なるべしとあり、古くは、木のコケを云ひしが多ければ、木なるが元にて、他にも云ひ及ぼし、すべて毛の如く生えつきたるものの総名となれるならむと云ふ、物類称呼(江戸中期)に、美濃・尾張、北國にては、キノコを、コケと云ふとあり(大言海)、
とあることで尽きているのではないか。和名類聚抄(931~38年)に、
苔、古介、
本草和名(ほんぞうわみょう)(918年編纂)に、
垣衣、一名、青苔衣、古介、
とある。
「苔」(漢音タイ、呉音ダイ)は、
会意兼形声。「艸+音符台(タイ 自力で動く、おのずと生じる)」、
とある(漢字源)が、
形声。「艸」+音符「台 /*LƏ/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%8B%94)、
形声。艸と、音符治(チ)→(タイ)(台は省略形)とから成る(角川新字源)、
形声文字です(艸+台)。 「並び生えた草」の象形と「農具:すきの象形と口の象形」(「大地にすきを入れてやわらかくする」の意味だが、ここでは、「始」に通じ(「始」と同じ意味を持つようになって)、「始まり」の意味)から、植物の始まり「こけ」を意味する「苔」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2681.html)、
と、いずれも形声文字としている。
参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95