来(こ)し時と恋ひつつをれば夕暮れの面影にのみ見えわたるかな(古今和歌集)、
は、
夕暮れの面影、
に、
くれのおも、
を詠みこんでいる(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
くれのおも、
は、
呉の母、
懐香、
と当て(広辞苑・デジタル大辞泉)、
セリ科の多年草、ウイキョウ(茴香)の古名、
とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。『本草和名(ほんぞうわみょう)』(918年編纂)に、
ウイキヤウ、一名懐芸、一名懐香、久禮乃於毛、
とあり、和名類聚抄(931~38年)も同じ、
とある(大言海)。
(ウイキョウ デジタル大辞泉より)
呉、
とは、
呉(くれ)の國よりの移植なり(茴香は、地中海沿岸の原産なりと云ふ)、
の故で、
おも、
は、
藝(ウン)の呉音、ヲンの転なり(烏帽子(えぼし)、焉帽子(えんぼうし)。ねもごろ、ねんごろ。寡(やもめ)、やむめ)、草の香(芸草)などと、音訓、混成したる、同趣の語にして、莖、葉、共に香気あること、芸香(クサノカウ)に同じ、
とある(大言海)が、
ウン、
の音は、
漢音、
の例外のようである(漢辞海・https://kanji.jitenon.jp/kanji/493.html)。
ウイキョウ、
は、
茴香、
懐香、
と当て、
セリ科の多年草、南ヨーロッパ原産の栽培種。高さ二メートルに及ぶものもある。葉は大きくて、糸状に細かく裂け、コスモスの葉に似る。夏、枝先に黄色い五弁の小花が球状にかたまって咲き、秋、卵形をした楕円形の実がなる。茎、葉、実ともに香りがあり、香味料となる、
とあり、実は、
健胃剤や、痰(たん)をきる薬とし、せっけんなどの香料、
ともする(精選版日本国語大辞典)。
中国へは4、5世紀に西域から伝わり、日本へは9世紀以前に中国から渡来した、
とされる(日本大百科全書)。
「呉」(漢音ゴ、呉音グ)は、「呉牛」で触れたように、
会意。「口+人が頭をかしげるさま」。人が頭をかしげて、口をあけ笑いさざめくさまを示し、娯楽の娯の原字。古くから国名に当てる、
とある(漢字源)。別に、
口と、夨(しよく 頭をかたむけた人)とから成り、顔をそむけるほどの大声の意を表す、
ともある(角川新字源)。ただ、口を開けて笑うさま(藤堂明保)とは別に、
祭器を担いで踊る様(白川静)、
との解釈もある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%91%89)ので、
象形文字です。「頭に大きなかぶりものをつけて、舞い狂う」象形から「やかましい」、「はなやかに楽しむ」を意味する「呉」という漢字が成り立ちました、
との説になる(https://okjiten.jp/kanji1685.html)。
「茴」(漢音カイ、呉音エ・ウイ)は、
会意兼形声。「艸+音符回(まるい)」、
とあり(漢字源)、茴香に当てる。実が楕円形のためかと思われる。
別に、
形声、声符は回(かい)。香(ういきよう)は香草。〔玉〕に「香なり」とみえる。また懐香ともいう。字はもとに作る、
と(字通)、形声文字とする説もある。
参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95