2024年10月04日
例ならず
かくしつつ夕べの雲となりもせばあはれかけても誰か偲ばむ(周防内侍)
の詞書に、
例ならで太秦に籠りて侍りけるに、心細く覚えければ、
とある、
例ならで、
は、
病気になって、
とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。
例ならず、
の、
ず、
は、
ず・ず・ぬ・ね、
と活用し、
動詞・助動詞の未然形を承けて、承ける語の動作・作用・状態を否定する意を表す助動詞、
で(岩波古語辞典)、連体形で、
例ならぬ、
などとも言う。
例ならず、
は、
この女、れいならぬけしきをみていと心うしと思て(宇津保物語)、
すべて例ならぬ所の、只つかふ人の(枕草子)、
などと、
いつもと違っている様子、
ふつうと変わって、様子が違う、
いつものようでない、
という意で使う(広辞苑・精選版日本国語大辞典)が、さらに、
あやしく、などか御様のれいならずおはします(宇津保物語)、
れいならぬさまに悩ましくし給ふ事もありけり(源氏物語)、
などと、
身体が普通の状態でない、
病気である、
あるいは、
妊娠している、
意に特定して使う(仝上)。これは、
病気や妊娠など身体の不調など好ましくない状態を直接的にいうのを避けた婉曲表現、
で(精選版日本国語大辞典)、
ふれい重くすべかりし女人は、旅の空にかくれましにしかば(宇津保物語)、
などと、
不例(ふれい)、
という言い方もする。これは、
不例(例ならず)、
の漢文表記を音読してできた語である。漢語、
不例、
は、
常と変わる、
常ならず、
の意味でしかない(字源)が、その、
例でない、
の意から
貴人の病むこと、
に使う(広辞苑)のはわが国だけの用例である(字源)。日葡辞書(1603~04)には、
ゴフレイデゴザル
とあるように、さらに接頭語「ご」をつけて、
御病気、
の意で、
就寝之後、或人云、俄上皇御不例、殊以重御……(玉葉和歌集)、
と、
貴人を敬って、その人の体の状態が通常でないこと、
をいったりする(仝上)。江戸期の『書言字考節用集』には、
不例、フレイ、違例、義仝、
とある(大言海)。
違例、
は、
いつもの霊と違うこと、
常態と違うこと、病気、不例、
の意である(広辞苑)。江戸後期の『類聚名物考』では、
不例、フレイ、思フニ、コノ詞、古ヘハ貴賤上下ノワカチナクイヘリ、今ハ、大貴人ナラデハ申サヌコトトナレリ、
とある。
「例」(漢音レイ、呉音レ)は、
会意兼形声。列は「歹(ほね)+刀」の会意文字で、裂(レツ いくつにも切りさく)の原字。例は「人+音符列」で、いくつにも裂けば、同類の物が並ぶことになるから、列や裂と同系。また列と例とは意味が近い、
とある(漢字源)。別に、
会意形声。人と、列(レツ)→(レイ)(ならび)とから成り、人の「たぐい」の意を表す。ひいて、ならわしの意に用いる、
ともある(角川新字源)が、この両説は、
かつて「会意形声文字」と解釈する説があったが、根拠のない憶測に基づく誤った分析である、
とされ(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BE%8B)、
形声。「人」+音符「列 /*RAT/」、
と(仝上)、形声文字としている。
参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95