2024年10月24日

ことぐさ


山里に訪ひ来る人のことぐさはこの住まひこそうらやましけれ(前大僧正慈円)

の、

ことぐさ(言種)、

は、

口癖、
言い草、

とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。

ことぐさ、

は、

ことくさ、

ともいい(精選版日本国語大辞典)、

物言ひの種(くさ)はひ、

とある(大言海)。

種はひ(くさわい)、

は、

種延(くさは)ひの義か、気(ケ)はひ、齢(ヨ)はひ、わざはひのハヒ、同じかるべし、

とあり(仝上)、

物事の種となるもの、

の意(仝上)とある。「ふりはへて」で触れたように、

はふ、

は、

遠くへ這わせる、

意で(岩波古語辞典)、

心ばえ、

の、

心延え、

(心の動きを)敷きのばす、

意味と同じで(大言海・岩波古語辞典)、「心延え」は、

心映え、

とも書くが、

映え、

は、もと、

延へ、

で、

延ふ、

は、

這ふ、

の他動詞形、

外に伸ばすこと、

つまり、

心のはたらきを外におしおよぼしていくこと、

になる(岩波古語辞典)。で、

種はひ、

は、

なの内侍ぞ、打ち笑ひたまふくさはひにはなるめる(源氏物語)、

と、

物事の原因、
材料、
たね、
もと、

の意から、それを広げて、

物のくさはひならびたれば(落窪物語)、

と、

種類、
品々、

の意、さらに、その意味を状態表現から価値表現へ広げて、

御台、ひそくやうの、唐土(もろこし)の物なれど、人わろきに、何のくさはひもなく、あはれげなる、まかでて人々食ふ(源氏物語)、

と、

おもしろみ、
趣、
風情、

の意で使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。

ことぐさ、

も、上記のように、

むかし、女、人の心をうらみて、……常のことぐさにいひけるを(伊勢物語)、

と、

常日頃の言いぐさ、
口ぐせ、

の意の他に、

むつかしき事もあれば、いかでかまかでなんといふことくさをして(「能因本枕(10C終)」)、

と、

言いわけ、
口実、

の意、さらに、

このごろ、世の人のことくさに、内の大いどのいまひめ君と、ことにふれつつ言ひちらすを(源氏物語)、

と、

話のたね、
噂のたね、
語りぐさ、話題、

の意、さらに転じて、

ことぐさにとりよせたるにて(爲兼卿和歌抄)、

と、

言葉の趣向、
ことばのあや、

の意、転じて、

昔の人は、ただいかに言ひすてたることくさも、皆いみじく聞ゆるにや(徒然草)、

と、

ことば、

の意でも使う(精選版日本国語大辞典)。

ことくさ、

の、言葉の中身の、

種、

の意から、

言、

へと意味を収斂させていったと見える。

「言」.gif


「言」 甲骨文字・殷.png

(「言」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A8%80より)

「言」(①漢音ゲン・呉音ゴン、②漢音ギン・呉音ゴン)は、

会意文字。「辛(きれめをつける刃物)+口」で、口をふさいでもぐもぐということを音(オン)・諳(アン)といい、はっきりかどめをつけて発音することを言という、

とある(漢字源)。「黙(だまる)」の対、「語」「曰(エツ いう)「謂(イ いう)と類義語で、「言う」「ことば」の意は①の音、「言言(ゲンゲン)」は、角ばっていかめしい意、慎むさまの意の「言言(ギンギン)」は②の音、とある(仝上)。同趣旨で、

会意文字です(辛+口)。「取っ手のある刃物」の象形と「口」の象形から悪い事をした時は罪に服するという「ちかい・ことば」を意味する「言」という漢字が成り立ちました、

https://okjiten.jp/kanji198.html、会意文字とするが、これは、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)に依拠したもので、『説文解字』では、

「䇂」+「口」と分析されており、「辛」+「口」と解釈する説もあるが、甲骨文字の形とは一致しないhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A8%80

とある、

「舌」+「一」。「いう」を意味する漢語{言 /*ngan/}を表す字。もと「舌」が{言}を表す字であった(甲骨文字に用例がある)が、区別のために横画を加えた、

とする(仝上)。また、

象形。口の中から舌がのび出ているさまにかたどる。口からことばを発する意を表す、

と(角川新字源)、象形文字とする説もある。

「種」.gif

(「種」 https://kakijun.jp/page/1473200.htmlより)

「種」(漢音ショウ、呉音シュ)は、

会意兼形声。重は「人+土+音符東(つきぬく)」の会意兼形声文字で、人が上から下に、地面に向かってとんとおもみをかけること。種は「禾(作物)+音符重」で、上から下に地面を押し下げて作物をうえること。もともと種は、作物のたね、穜(トウ・ショウ)はうえる意であったのが、後に混同された、

とある(漢字源)。別に、

会意兼形声文字です(禾+重)。「穂先がたれかかる稲」の象形と「入れ墨をする為の針、人の目、重い袋」の象形(目の上に入れ墨をされた奴隷が重い袋を持つ、すなわち「重い」の意味)から、稲の穂の重い部分、「たね」を意味する「種」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji303.htmlが、

形声。「禾」+音符「重 /*TONG/」。「たね」を意味する漢語{種 /*tong/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A8%AE

形声。禾と、音符重(チヨウ)→(シヨウ)とから成る。おくてのいねの意を表す。転じて「たね」、たねまく意に用いる(角川新字源)、

と、形声文字とする説もある。

参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:10| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする