2024年10月25日

爛柯(らんか)


斧の柄の朽ちし昔は遠けれどありしにもあらぬ世をも経るかな(式子内親王)

の、

斧の柄の朽ちし、

は、

述異紀などにいう爛柯(らんか)の故事、

とあり(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、

仙境に入り込んだ木樵りの斧の柄がいつしか朽ちて、出てきたら遥か後の時代だったというように、以前とはすっかり変わってしまった世の中に永らえている、

と注釈する(仝上)。この本歌は、古今和歌集の、

古里は見しごともあらず斧の柄の朽ちし所ぞ恋しかりける(紀友則)

で、

かつて住み慣れた都は、以前とは変わっていました。斧の柄の朽ちてしまった、あなたとともにいた地が恋しく思われるのでした、

と注釈がある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。

見しごと、

は、

「ごと」は「ごとし」の語幹、

だが、この「ご」に、故事の、

碁、

を詠みこんでいる(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)とあり、その故事は、

中国の晉の王質という人が、木を伐りに石室山に入り、二人の仙人が碁を打っているところを見ていた。一番が終わらないうちに、尾野の柄が腐っていることに気づき、家に戻ってみると、はるか未来の世になっていて、知っている人は誰もいなかった、

というものである(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。

爛柯、

の、

爛、

は、

くさること、

柯、

は、

斧などの柄、

をさす(故事ことわざの辞典)。

爛柯.png


南朝梁の任昉『述異記』には、

晉時、王質伐木至、見童子數人棊而歌、質因聴之、童子以一物與質、如棗核、質含之、不覚飢、俄頃童子謂曰、何不去、質起視斧柯盡爛、既歸無復時人(晉の時、王質、木を伐りて至り、童子數人、棋して歌ふを見る。……俄頃(しばら)くして童子謂ひて曰く、何ぞ去らざると。質起ちて斧柯(ふか)を視るに爛盡し、既に歸るに復(ま)た時人無し)、

とあり、同じ話が、北魏の酈道元『水経注』に、やはり晋の時代に、

王質が木を伐りに行って石室に着くと、4人の童子が琴を弾いて歌っていた。王質はこれを聞いていたが、しばらくして童子が帰るように言われると、斧の柄が爛し尽くされており、家に帰ると数十年が過ぎていた、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%88%9B%E6%9F%AF。唐の段成式の『酉陽雑俎』では、

晋の泰始年間、北海の蓬球、字は伯堅という者が、貝丘の玉女山の山奥で不思議な宮殿にたどり着くと、中では四人の婦人が碁を打っていた。そこに鶴に乗った女が現れ、球のいることに怒ったので、門を出て振り返ると宮殿は消え失せていて、家に帰ると建平年間になっていた、

とあり、宋代の『太平寰宇記』・江南東道の衢州信安県の条では、

石室山は別名石橋山・空石山ともいい、王質が童子の碁を見ていると、童子が、汝の柯、爛せりと言う。家に帰ると100歳になっていた。この山は爛柯山とも名付けられた、

とある(仝上)。同書・剣南西道巂州越巂県の条では、

王質は二人の仙人が碁を打っているのを見て、碁が終わって見ると斧の柄が腐っており、二人が仙人であることを悟った、

とあり、明代の王世貞『絵図列仙全伝』では、

王質が童子の碁を見ていると、斧の柄が爛り、家に帰ると数百年が過ぎており、王質はふたたび山に入り仙人となる、

とある(仝上)。浦島伝説と通じる話であるが、ついには、自ら仙人になるというオチは後世の付会らしい。この、

爛柯、

は、

斧の柄朽つ、

ともいい(大言海・故事ことわざの辞典)、

囲碁の別称、

として、また、

囲碁に夢中になって時のたつのを忘れること。

から、転じて、

遊びに夢中になって時のたつのを忘れること、

の意で使われる(仝上)。

とある(字通)。漢詩集『江吏部集(1010~11頃)』(大江匡衡)では、

爛柯不識残陽景、
後葉空逢七袠霜、

と詠われている(故事ことわざの辞典・精選版日本国語大辞典)。

「爛」.gif

(「爛」 https://kakijun.jp/page/ran200.htmlより)


「爤」.gif



「爛」 中国最古の字書『説文解字』.png

(「爤」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)  https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%88%9Bより)

「爛」(ラン)は、

爤、

の字が本字とありhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%88%9B

会意兼形声。「火+音符闌(ラン)」。火熱のため形がくずれ、あふれ出ること、

とある(漢字源)。「爛熟」「腐爛」など、「焼けてただれる」「柔らかくなって、わくや形が崩れるさま」の意、「眼光爛爛」と、光があふれんばかりに輝く意、「爛漫」と、「形やわくにとらわれずに、あふれ乱れる」意で使う(仝上)。

「柯」.gif


「柯」(カ)は、

会意兼形声。「木+音符可(⏋型に曲がる)。⏋型の枝や柄、

とある(漢字源)。別に、

形声。「木」+音符「可 /*KAJ/」。「斧の柄」を意味する漢語{柯 /*kaaj/}を表す字。もと「可」が{柯}を表す字であったが、木偏を加えた、

ともあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9F%AF

参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:37| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする