斧の柄の朽ちし昔は遠けれどありしにもあらぬ世をも経るかな(式子内親王)
の、
斧の柄の朽ちし、
は、
述異紀などにいう爛柯(らんか)の故事、
とあり(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、
仙境に入り込んだ木樵りの斧の柄がいつしか朽ちて、出てきたら遥か後の時代だったというように、以前とはすっかり変わってしまった世の中に永らえている、
と注釈する(仝上)。この本歌は、古今和歌集の、
古里は見しごともあらず斧の柄の朽ちし所ぞ恋しかりける(紀友則)
で、
かつて住み慣れた都は、以前とは変わっていました。斧の柄の朽ちてしまった、あなたとともにいた地が恋しく思われるのでした、
と注釈がある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
見しごと、
は、
「ごと」は「ごとし」の語幹、
だが、この「ご」に、故事の、
碁、
を詠みこんでいる(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)とあり、その故事は、
中国の晉の王質という人が、木を伐りに石室山に入り、二人の仙人が碁を打っているところを見ていた。一番が終わらないうちに、尾野の柄が腐っていることに気づき、家に戻ってみると、はるか未来の世になっていて、知っている人は誰もいなかった、
というものである(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
爛柯、
の、
爛、
は、
くさること、
柯、
は、
斧などの柄、
をさす(故事ことわざの辞典)。
南朝梁の任昉『述異記』には、
晉時、王質伐木至、見童子數人棊而歌、質因聴之、童子以一物與質、如棗核、質含之、不覚飢、俄頃童子謂曰、何不去、質起視斧柯盡爛、既歸無復時人(晉の時、王質、木を伐りて至り、童子數人、棋して歌ふを見る。……俄頃(しばら)くして童子謂ひて曰く、何ぞ去らざると。質起ちて斧柯(ふか)を視るに爛盡し、既に歸るに復(ま)た時人無し)、
とあり、同じ話が、北魏の酈道元『水経注』に、やはり晋の時代に、
王質が木を伐りに行って石室に着くと、4人の童子が琴を弾いて歌っていた。王質はこれを聞いていたが、しばらくして童子が帰るように言われると、斧の柄が爛し尽くされており、家に帰ると数十年が過ぎていた、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%88%9B%E6%9F%AF)。唐の段成式の『酉陽雑俎』では、
晋の泰始年間、北海の蓬球、字は伯堅という者が、貝丘の玉女山の山奥で不思議な宮殿にたどり着くと、中では四人の婦人が碁を打っていた。そこに鶴に乗った女が現れ、球のいることに怒ったので、門を出て振り返ると宮殿は消え失せていて、家に帰ると建平年間になっていた、
とあり、宋代の『太平寰宇記』・江南東道の衢州信安県の条では、
石室山は別名石橋山・空石山ともいい、王質が童子の碁を見ていると、童子が、汝の柯、爛せりと言う。家に帰ると100歳になっていた。この山は爛柯山とも名付けられた、
とある(仝上)。同書・剣南西道巂州越巂県の条では、
王質は二人の仙人が碁を打っているのを見て、碁が終わって見ると斧の柄が腐っており、二人が仙人であることを悟った、
とあり、明代の王世貞『絵図列仙全伝』では、
王質が童子の碁を見ていると、斧の柄が爛り、家に帰ると数百年が過ぎており、王質はふたたび山に入り仙人となる、
とある(仝上)。浦島伝説と通じる話であるが、ついには、自ら仙人になるというオチは後世の付会らしい。この、
爛柯、
は、
斧の柄朽つ、
ともいい(大言海・故事ことわざの辞典)、
囲碁の別称、
として、また、
囲碁に夢中になって時のたつのを忘れること。
から、転じて、
遊びに夢中になって時のたつのを忘れること、
の意で使われる(仝上)。
とある(字通)。漢詩集『江吏部集(1010~11頃)』(大江匡衡)では、
爛柯不識残陽景、
後葉空逢七袠霜、
と詠われている(故事ことわざの辞典・精選版日本国語大辞典)。
(「爤」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%88%9Bより)
「爛」(ラン)は、
爤、
の字が本字とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%88%9B)、
会意兼形声。「火+音符闌(ラン)」。火熱のため形がくずれ、あふれ出ること、
とある(漢字源)。「爛熟」「腐爛」など、「焼けてただれる」「柔らかくなって、わくや形が崩れるさま」の意、「眼光爛爛」と、光があふれんばかりに輝く意、「爛漫」と、「形やわくにとらわれずに、あふれ乱れる」意で使う(仝上)。
「柯」(カ)は、
会意兼形声。「木+音符可(⏋型に曲がる)。⏋型の枝や柄、
とある(漢字源)。別に、
形声。「木」+音符「可 /*KAJ/」。「斧の柄」を意味する漢語{柯 /*kaaj/}を表す字。もと「可」が{柯}を表す字であったが、木偏を加えた、
ともある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9F%AF)。
参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
ラベル:爛柯(らんか)