三島江や霜もまだひぬ蘆の葉に角(つの)ぐむほどの春風ぞ吹く(新古今和歌集)、
の、
角ぐむ、
は、
角のような芽を出す、
意、
蘆の芽はとがっているので錐や動物の角に喩えられる、
とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。この歌の本歌は、
三島江に角ぐみわたる蘆の根のひとよのほどに春めきにけり(後拾遺・曾禰好忠)、
である(仝上)。
角(つの)ぐむ、
は、
新芽が角のように出はじめる(岩波古語辞典)、
つまり、
芽ぐむ、
芽生える、
意だが、
角くむ蘆(あし)のはかなくて枯れ渡りたる水際に(栄花物語)、
と、
角組む蘆、
角組む荻、
等々といい、
葦(あし)・荻(おぎ)・薄(すすき)・真菰(まこも)、
等々に多くいう(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。で、それをメタファに、
早く此心を察せよと、いふに角(ツノ)ぐむ鬼蔵人(浄瑠璃「苅萱桑門筑紫𨏍(1735)」)、
悋気の角(ツノ)ぐむ、あしき女の身の上物語(ばなし)(談義本「銭湯新話(1754)」)、
などと、
その気になり始める、
感情がたかぶってくる、
意で使ったりする(精選版日本国語大辞典)。
その由来は、
角含むの意、
とあり(大言海)、
芽ぐむ(大言海)、
モエフクム(萌含)の義(松屋筆記)、
芽組の義(和訓栞)、
等々と、
芽含むの義、
と同じとする(大言海)。ただ、
角組む、
と当てている例から見ると、
組む、
と関わるのではないかという気がする。
組む、
の、
クは、穴を穿つ意のクルから出た語根で、中に入り込む意(国語の語根とその分類=大島正健)、
という説があるが、
とぼそ、
で触れたように、
くる、
は、
くるる(枢)、
ともいい、
ト(戸)とホゾ(臍)との複合、
で(岩波古語辞典)、
ボソは、ホゾの清濁の倒語、
とあり(大言海)、
開き戸の上下の端に設けた回転軸である「とまら(枢)」を差し込むために、梁(はり)と敷居とにあける穴、
をいい(学研全訳古語辞典)、俗に、
とまら、
ともいう(広辞苑)。
楣(まぐさ 目草、窓や出入り口など、開口部のすぐ上に取り付けられた横材)と蹴放し(けはなし 門・戸口の扉の下にあって内外を仕切る、溝のない敷居)とに穿ちたる孔、
をいい(大言海)、
扉の軸元框(かまち)の上下に突出せる部分をトマラ(戸牡)と云ひ、それを戸臍に差し込みて樞(くるる)となす、
とある(大言海)。
土を穿って突き出てくる、
という感じは、この、
くる、
の方が、
含む、
よりあっている気がするのだが、どうだろう。ところで、
角、
は、
カク、
とよますと、漢字の音(漢音・呉音)で、
角質・牛角(ごかく)・犀角(さいかく)・触角・一角獣、
等々、
動物のつの、
だが(精選版日本国語大辞典)、
カド、
と訓ませると、
柱の角、
机の角、
など、
物のはしのとがって突き出た部分、
を意味し、
「かど(廉)」「かど(才)」とも同系、
とされる(仝上)。
ツノ、
と訓ませると、
牡鹿の角、
というように、
動物の頭部に突き出た、堅い骨質や角質のもの、
の意や、それをメタファに、
かたつむりの角、
というように、
物の表面などに突き出ているもの、
とがったもの、
をいい、和名類聚抄(931~38年)に、
豆乃、獸頭上出骨也、有枝曰 (角篇各)、無枝曰角、
とある。
角ぐむ、
は、
この用例になる(仝上)。
角、
を、
ツヌ、
と訓ませるのは、
都奴婆之能瀰野(ツヌサシノミヤ)、
と、
角(つの)の「ノ」の甲類の万葉仮名「努」「怒」「奴」「弩」を、江戸時代に、ヌの音であると訓み誤ってつくった語、
とされる(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。ただ、
角(つの)、
自体に、和名類聚抄(931~38年)に、
菼、蘆初生也、阿之豆乃、
とあるように、
草木の芽立ち、
の意味がある(大言海)。
角くむ、
は、やはり、
角組む、
なのではあるまいか。その意味で、「つの」は、
ツキヌク(突抜)の義か(名言通)、
ツはツク(突)、ノはノブル(延)の義(国語の語根とその分類=大島正健)、
といった由来と見ていいように思う。
なお、ススキについては「尾花」で触れた。
(「角」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A7%92より)
「角」(カク)は、
象形。角は∧型のつのを描いたもので、外側がかたく、中空であるつの、
とあり(漢字源)、他も、
象形。牛のつのの形にかたどり、「つの」、ひいて「かど」の意を表す(角川新字源)、
象形文字です。「中が空(から)になっている固いつの」の象形から、「つの・かど」を意味する「角」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji195.html)
と同趣旨である。
参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95