2024年10月31日

角ぐむ


三島江や霜もまだひぬ蘆の葉に角(つの)ぐむほどの春風ぞ吹く(新古今和歌集)、

の、

角ぐむ、

は、

角のような芽を出す、

意、

蘆の芽はとがっているので錐や動物の角に喩えられる、

とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。この歌の本歌は、

三島江に角ぐみわたる蘆の根のひとよのほどに春めきにけり(後拾遺・曾禰好忠)、

である(仝上)。

角(つの)ぐむ、

は、

新芽が角のように出はじめる(岩波古語辞典)、

つまり、

芽ぐむ、
芽生える、

意だが、

角くむ蘆(あし)のはかなくて枯れ渡りたる水際に(栄花物語)、

と、

角組む蘆、
角組む荻、

等々といい、

葦(あし)・荻(おぎ)・薄(すすき)・真菰(まこも)、

等々に多くいう(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。で、それをメタファに、

早く此心を察せよと、いふに角(ツノ)ぐむ鬼蔵人(浄瑠璃「苅萱桑門筑紫𨏍(1735)」)、
悋気の角(ツノ)ぐむ、あしき女の身の上物語(ばなし)(談義本「銭湯新話(1754)」)、

などと、

その気になり始める、
感情がたかぶってくる、

意で使ったりする(精選版日本国語大辞典)。

ススキの芽.jpg


その由来は、

角含むの意、

とあり(大言海)、

芽ぐむ(大言海)、
モエフクム(萌含)の義(松屋筆記)、
芽組の義(和訓栞)、

等々と、

芽含むの義、

と同じとする(大言海)。ただ、

角組む、

と当てている例から見ると、

組む、

と関わるのではないかという気がする。

組む、

の、

クは、穴を穿つ意のクルから出た語根で、中に入り込む意(国語の語根とその分類=大島正健)、

という説があるが、

とぼそ

で触れたように、

くる、

は、

くるる(枢)、

ともいい、

ト(戸)とホゾ(臍)との複合、

で(岩波古語辞典)、

ボソは、ホゾの清濁の倒語、

とあり(大言海)、

開き戸の上下の端に設けた回転軸である「とまら(枢)」を差し込むために、梁(はり)と敷居とにあける穴、

をいい(学研全訳古語辞典)、俗に、

とまら、

ともいう(広辞苑)。

楣(まぐさ 目草、窓や出入り口など、開口部のすぐ上に取り付けられた横材)と蹴放し(けはなし 門・戸口の扉の下にあって内外を仕切る、溝のない敷居)とに穿ちたる孔、

をいい(大言海)、

扉の軸元框(かまち)の上下に突出せる部分をトマラ(戸牡)と云ひ、それを戸臍に差し込みて樞(くるる)となす、

とある(大言海)。

土を穿って突き出てくる、

という感じは、この、

くる、

の方が、

含む、

よりあっている気がするのだが、どうだろう。ところで、

角、

は、

カク、

とよますと、漢字の音(漢音・呉音)で、

角質・牛角(ごかく)・犀角(さいかく)・触角・一角獣、

等々、

動物のつの、

だが(精選版日本国語大辞典)、

カド、

と訓ませると、

柱の角、
机の角、

など、

物のはしのとがって突き出た部分、

を意味し、

「かど(廉)」「かど(才)」とも同系、

とされる(仝上)。

ツノ、

と訓ませると、

牡鹿の角、

というように、

動物の頭部に突き出た、堅い骨質や角質のもの、

の意や、それをメタファに、

かたつむりの角、

というように、

物の表面などに突き出ているもの、
とがったもの、

をいい、和名類聚抄(931~38年)に、

豆乃、獸頭上出骨也、有枝曰 (角篇各)、無枝曰角、

とある。

角ぐむ、

は、

この用例になる(仝上)。

角、

を、

ツヌ、

と訓ませるのは、

都奴婆之能瀰野(ツヌサシノミヤ)、

と、

角(つの)の「ノ」の甲類の万葉仮名「努」「怒」「奴」「弩」を、江戸時代に、ヌの音であると訓み誤ってつくった語、

とされる(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。ただ、

角(つの)、

自体に、和名類聚抄(931~38年)に、

菼、蘆初生也、阿之豆乃、

とあるように、

草木の芽立ち、

の意味がある(大言海)。

角くむ、

は、やはり、

角組む、

なのではあるまいか。その意味で、「つの」は、

ツキヌク(突抜)の義か(名言通)、
ツはツク(突)、ノはノブル(延)の義(国語の語根とその分類=大島正健)、

といった由来と見ていいように思う。

なお、ススキについては「尾花」で触れた。

「角」.gif


「角」 甲骨文字・殷.png

(「角」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A7%92より)

「角」(カク)は、

象形。角は∧型のつのを描いたもので、外側がかたく、中空であるつの、

とあり(漢字源)、他も、

象形。牛のつのの形にかたどり、「つの」、ひいて「かど」の意を表す(角川新字源)、

象形文字です。「中が空(から)になっている固いつの」の象形から、「つの・かど」を意味する「角」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji195.html

と同趣旨である。

参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:44| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする