夕月夜

夕月夜(ゆふづくよ)潮みちくらし難波江の蘆の若葉に越ゆる白波(新古今和歌集)、 の、 夕月夜、 は、 夕方の空に出ている上弦の月、 また、 その頃の夜、 とあり(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、上記の歌は、 夕月は早く沈む。月の出と潮の満ち干とに関連があることを念頭に置いた句の続け方、 と注釈する(仝上)。この歌の本歌は、 花ならで…

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夢の浮橋

春の夜の夢の浮橋とだえして峰に別るる横雲の空(新古今和歌集) の、 夢の浮橋、 は、 夢を不安定な浮橋に喩える、 とあり(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、 文選・高唐賦で宋玉が叙す、宋の懐王が昼寝の夢裡に巫山の神女と契ったという朝雲暮雨の故事を面影とする、妖艶な気分の濃い春の歌。定家卿百番自歌合に自選している、 と注釈がある(仝上)。 夢の浮橋…

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雄飛

聲華大國寶(聲華 大國の寶) 夙夜近臣心(夙夜(しゅくや) 近臣の心) 逸興乗高閣(逸興 高閣に乗じ) 雄飛在禁林(雄飛 禁林に在り)(張九齢・和許給事直夜簡諸公) の、 夙夜、 の、 夙、 は、 朝早く、 の意で、「詩経」大雅、烝民(じょうみん)の、 夙夜、懈(おこたら)ず、以て一人(天子)に事(つか)う、 を踏まえ、 朝早…

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たのむの雁

今はとてたのむの雁もうちわびぬおぼろ月夜のあけぼのの空(新古今和歌集) 時しもあれたのむの雁の別れさへ花散る頃のみ吉野の里(仝上) の、 たのむの雁、 は、 田の面の雁、 の意で、 忘るなよたのむの沢を立つ雁も稲葉の風の秋の夕暮れ(仝上)、 の、 たのむ、 は、 田の面、 の訛音、 みよし野のたのむの雁もひたぶるに君が…

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稲筵

あらし吹く岸の柳の稲筵おりしく波にまかせてぞ見る(新古今和歌集)、 の、 おりしく波、 は、 折り返してはしきりに寄せる波、 の意で、 「折り」に「筵」の縁語「織り」、「しく」は頻りに起こるの意の「頻く」に「筵」の縁語「敷く」を掛ける、 とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。 稲筵、 は、 秋の田の稲穂が波打つ有様を筵に喩えていう…

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更衣

散りはてて花の蔭なき木の本にたつことやすき夏衣かな(前大僧正慈円)、 の、 詞書に、 更衣をよみ侍りける、 とあるが、この、 更衣、 は、 四月一日に春着を単の夏衣に替えること、 とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。 ころもがへ、 は、 更衣、 衣更、 衣替、 等々と当て(精選版日本国語大辞典)、 時雨うち…

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花染め

をりふしも移ればかへつ世の中の人の心の花染めの袖(皇太后宮大夫俊成女)、 の、 花染め、 はもともと、 露草、 で染めた、 あせやすい藍色の染め物、 だが、ここでは、 桜色の染め物、 の意とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。 袖、 は、 衣服、 の意。「露草」については、「月草」で触れた。「袖」については「衣手…

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洗幘

洗幘豈獨古(幘(さく)を洗うば豈獨(ひと)り古(いにしえ)のみならんや) 濯纓良在茲(纓(えい)を濯(あら)うは良(まこと)に茲(ここ)に在り)(孟浩然・陪張丞相自松滋江東泊渚宮) の、 洗幘、 は、 むかし楚の陸通という隠者が、幘(頭巾)を松の枝にかけたまま寝ていると、鶴がそれをくわえて、川岸まで運んだ。通は頭巾を洗い、鶴に乗って飛び去った、 という故事を踏…

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投轄(とうかつ)

乗興宜投轄(興に乗じては宜しく轄を投ずべし) 邀歓莫避驄(歓を邀(もと)めては驄を避くる莫(な)し)(高適・陪竇侍御泛霊雲池) の、 驄(そう)、 は、 葦毛(あしげ)の馬、 の意で、 あおうま、 ともいい、 青黒い毛と白い毛の混ざった馬、 をいう。 避驄、 は、 御史(竇侍御)をおそれて避けること、 の意だが(…

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語り口

ガブリエル・ガルシア=マルケス(鼓直訳)『百年の孤独』を読む。 語り手に特徴がある。その語りは、 日常的な現実と非日常的な幻想の混在、 にあり、 幽霊、 も、 幻想、 も、 空想、 も、 奇跡、 も、 現実と地続きに、並列に扱われている。これを、 魔術的リアリズム、 と呼ぶらしいが、この語りの手法自体は、別に新しいことではない。…

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薬玉(くすだま)

あかなくに散りにし花のいろいろは残りにけりな君が袂に(大納言経信) の詞書に、 五月五日、薬玉つかはして侍りける人に、 とある、 薬玉、 は、 玉状の袋に薬・香料を入れ、菖蒲・蓬や造花を結び、五色の糸を垂らす、 もので、 端午の節句に用いる、 とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。 (薬玉 精選版日本国語大辞典より) 薬玉、…

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標(しめ)

玉柏茂りにけりなさみだれに葉守の神のしめはふるまで(藤原基俊) の、 葉守の神の、 は、 葉守の神が、 の意。 「の」は主語を表す、 と見る(久保田淳訳注『新古今和歌集』)とし、 葉守の神、 は、 木に宿って葉を茂らせ、木を守る神、 で、 楢の葉の葉守の神のましけるを知らでぞ折りしたたりなさるな(後撰和歌集)、 を…

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暦数

草昧英雄起(草昧 英雄起り) 謳歌暦数帰(謳歌 暦数帰す)(杜甫・重経昭陵) の、 草昧(そうまい)、 は、 天地の始めの、混沌とした状態、 を意味し、ここでは、 隋末の乱世をいう、 とある(前野直彬注解『唐詩選』)。 暦数、 は、 帝王が授かる天命のこと、 とあり、「書経」大禹謨篇に、 天の暦数は汝が躬(み)に在り、…

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天の戸

清見潟月はつれなき天の戸を待たでもしらむ波の上かな(新古今和歌集)、 の、 天の戸、 は、 天にあり、日や月の出入りすると想像された戸、 で、この場合、 清美ヶ関の戸への連想もあるので、「戸」は「清見潟」の縁語、 とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。 清見潟、 は、 駿河國の枕詞、 で、 現在の静岡市興津町付近の海岸…

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野もせ

よられつる野もせの草のかげろひて涼しく曇る夕立の空(西行法師) の、 よられつる、 は、 暑さのためにひからびてよじれていた、 とあり、 野もせ、 は、 野にいっぱいの、 の意となる(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、 生動感溢れる叙景歌、 とする(仝上)。なお、 涼しく曇る、 は、詠歌一体で、 制詞、 …

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楸(ひさぎ)

うばたまの夜のふけゆけば楸おふる清き河原に千鳥鳴くなり(新古今和歌集)、 楸(ひさぎ)生(お)ふる片山陰に忍びつつ吹きぬけるものを秋の夕風(仝上)、 の、 楸(ひさぎ)、 は、 キササゲ、 とも、 アカメガシワ、 ともいわれ(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、 ともに夏に淡黄色の花が咲く落葉高木、 とあり(仝上)、 君恋ふと鳴海の浦…

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みしぶ

みしぶつき植ゑし山田にひたはへてまた袖濡らす秋は來にけり(新古今和歌集)、 の、 ひた、 は、 引板、 で、 鳴子、 の意(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、 はへて、 は、たぶん、「ふりはへて」で触れた、 延へて、 とあて、 (引板の縄を)引いて延ばして、 の意(仝上)である。「引板」で触れたように、 ひた、…

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川霓(せんげい)

嶺雁随毫末(嶺雁(れいがん)は毫末(ごうまつ)に随い) 川霓飲練光(川霓(せんげい)は練光(れんこう)を飲む) 霏紅洲蕊亂(紅を霏(ち)らせば洲蕊(しゅうずい)は亂れ) 拂黛石蘿長(黛(たい)を払えば石蘿(せきら)は長し)(杜甫・奉観嚴鄭公庁事岷山沲江画図十韻) の、 練光、 は、 練り絹の放つ光、 の意で、 絵のかかれた練り絹の光とする説、 画中…

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星合の空

袖ひちてわが手にむすぶ水の面(おも)に天つ星合の空をみるかな(新古今和歌集)、 の、 ひつ、 は、 漬つ、 沾つ、 と当て、 ひたる、 濡れる、 意(広辞苑)、「ひつ」で触れたように、 室町時代まではヒツと清音、 で(岩波古語辞典)、江戸期には、 朝露うちこぼるるに、袖湿(ヒヂ)てしぼるばかりなり(雨月物語)、 と、 …

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拙を養う

谷神如不死(谷神(こくしん) 如(も)し死せずんば) 養拙更何郷(拙を養うは更に何れの郷(きょう)ぞ)(杜甫・冬日洛城北謁玄元帝廟) の、 谷神、 は、老子に、 谷神死せず、是を玄牝(げんぴん)と謂う、 とあるのにもとづき、この句の解釈には諸説あるが、この詩で、 杜甫は老子の精神というほどの意味で「谷神」を理解していたのであろう、 とある(前野直彬…

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