2024年11月01日

夕月夜


夕月夜(ゆふづくよ)潮みちくらし難波江の蘆の若葉に越ゆる白波(新古今和歌集)、

の、

夕月夜、

は、

夕方の空に出ている上弦の月、

また、

その頃の夜、

とあり(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、上記の歌は、

夕月は早く沈む。月の出と潮の満ち干とに関連があることを念頭に置いた句の続け方、

と注釈する(仝上)。この歌の本歌は、

花ならで折らまほしきは難波江の蘆の若葉に降れる白雪(後拾遺・藤原範永)、

とある(仝上)。

ユウヅクヨ、

の訓みは古く、後に、

ユウヅキヨ、

と訓む(広辞苑)。

夕暮に出ている月、

の意だが、

陰暦10日頃までの夕方の時刻に、空に出ている上弦の月。また、その月の出ている夜。

とある(仝上・精選版日本国語大辞典)。しかし、

唯、夕の月なり、夜と云ふ語に、意なしと見るべし、

とあり(大言海)、古言に、

月をつく、

と云ふ(仝上)ともいい、

夕付日、

というと、

夕方になってゆく陽の光、

つまり、

夕日(夕陽)、

をさす(仝上・広辞苑)。

夕月夜、

の対となる、

朝月夜(あさづくよ)、

も同じで、

唯、朝の月なり、夜と云ふ語に意なし、

とあり(仝上)、

有明の月、

の意となる。ただ、

秋萩の妻を枕(ま)かむと朝月夜(あさづくよ)明けまく惜しみ(万葉集)、

と、

月が残っている明け方、

をもいうので、

朝月夜、

に、広く、明け方の、

朝、

をいうように、

夕月夜、

も、

夕方、

をもさし、必ずしも、

夜、

を意味しないということは言えないようだ。

朝月夜、

の対の語に、

月のない明け方、

を指す、

暁闇(あかときやみ・あかつきやみ)、

がある。

陰暦で、1日から14日ごろまで、月が上弦のころの現象、

をいい(精選版日本国語大辞典)、

夕月夜あかつきやみの朝影にあが身はなりぬ汝(な)を思ひかねて〈万葉集〉、

と、

上弦の月は早く出でて、(夕月)夜(ゆふづくよ)に早く入れば、、暁は闇となる。下弦の月は遅く出でて、(夕闇(ゆうやみ)・宵闇(よひやみ))暁まで残り、暁月(あかつきづくよ)、朝月(あさづくよ)、有明の月となる、

とある(大言海)。因みに、

暁月夜(あかときづくよ・あかつきづくよ)、

は、

朝月夜、

と同じ、

有明の月、

の意で、

陰暦17、8日以後は月の出が遅く、暁に月が残っている、それで夕闇・暁月夜という。これに対して、陰暦12、3日以前は月の出が早く、暁には月が沈んでいる。それで夕月夜、暁闇という、

とある(岩波古語辞典)。

夕月夜、

は、また枕詞として、

夕方から出ている月は夜中に沈んでしまって、明け方は月の無い闇になるところから、上述した、

暮月夜(ゆふづくよ)暁闇の朝影に吾が身はなりぬ汝を思ひかねて(万葉集)

と、

暁闇(あかときやみ)にかかり、夕方のほのぐらいところから、

ゆふづくよをぐらの山に鳴く鹿の声のうちにや秋はくるらん(古今和歌集)、

と、

「小暗(をぐら)し」と同音を含む地名「小倉」にかかり、

夕月が入る、沈むの意で、

ゆふ月夜いるさの山の木隠れにほのかに名のるほととぎすかな(千載和歌集)、

と、

「入(い)る」と同音・類音を含む地名「入佐(いるさ)の山」や「入野(いりの)」にかかる(仝上)。

「夕」.gif

(「夕」 https://kakijun.jp/page/0320200.htmlより)

「夕」 甲骨文字・殷.png

(「夕」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%95より)

「夕」(漢音セキ、呉音ジャク)は、

象形。三日月を描いたもの。夜(ヤ)と同系で、月の出る夜のこと、

とある(漢字源)が、

象形。「月」と同様、三日月を象る。「つき」を意味する漢語{月 /*ngwat/}、および「くれ」「よる」を意味する漢語{夕 /*slak/}を表す字。もともと「月」と「夕」の両字は区別されていなかったが、西周以降「月」を{月}に用いて、「夕」を{夕}に用いるようになったhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%95

象形。月の形にかたどり、月のかがやくよるの意を表したが、のち、ゆうがたの意となり、よるの意には夜の字ができた(角川新字源)、

象形文字です。「月の半ば見える」象形から「日暮れ」を意味する「夕」という漢字が成り立ちました。(甲骨文は「月」の象形でしたhttps://okjiten.jp/kanji154.html

と、「月」との関係に着目する説が多い。

「月」.gif

(「月」 https://kakijun.jp/page/0460200.htmlより)


「月」 甲骨文字・殷.png

(「月」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9C%88より)

「月」(漢音ゲツ、呉音ゴチ、慣用ガツ)は、

象形。三日月を描いたもので、まるくえぐったように、仲が欠けて行く月、

とあり(漢字源)、他も、

象形。「夕」と同様、三日月を象る。「つき」を意味する漢語{月 /*ngwat/}、および「くれ」「よる」を意味する漢語{夕 /*slak/}を表す字。もともと「月」と「夕」の両字は区別されていなかったが、西周以降「月」を{月}に用いて、「夕」を{夕}に用いるようになったhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9C%88

象形。つきが欠けた形にかたどり、「つき」の意を表す(角川新字源)、
象形文字です。「つきの欠けた」象形から「つき」を意味する「月」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji88.html

とあり、「月」と「夕」の関連を裏付けられる。

参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:45| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする