2024年11月02日

夢の浮橋


春の夜の夢の浮橋とだえして峰に別るる横雲の空(新古今和歌集)

の、

夢の浮橋、

は、

夢を不安定な浮橋に喩える、

とあり(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、

文選・高唐賦で宋玉が叙す、宋の懐王が昼寝の夢裡に巫山の神女と契ったという朝雲暮雨の故事を面影とする、妖艶な気分の濃い春の歌。定家卿百番自歌合に自選している、

と注釈がある(仝上)。

夢の浮橋、

は、

大和の国、吉野川の名所なる夢淵(ユメノワタ)に渡せる橋、

をいい(大言海)、

夢淵、

は、

淵中に奇岩多しと云ふ、

とあり(仝上)、

我が行きは久(ひさ)にはあらじ夢之和太瀬とはならずて淵にしありこそ(大伴旅人)、

の、

わた、

は、

曲(わた)の義、

とある(大言海)。この名所の名から、転じて、

夢の中に出てくる浮橋(岩波古語辞典)、

つまり、

夢の中の通路、
夢路、

の意で(仝上)、

夢の通路、

は、

通ひ路

で触れたように、

思いやるさかひははるかになりやするまどふ夢路にあふ人のなき(古今和歌集)

の、

夢路、

も同じで、

夢の中の想う相手へ通う路、

で、

夢の中の路が思いを寄せる人へとつながる、

意である(仝上)。

夢のわだ.jpg


また、

いかにたどり寄りつる夢のうきはしとうつつの事とだに思されず(狭衣物語)、

と、

はかないことや、世の中がはかなくて渡りにくいことのたとえ、

として、

夢の渡りの浮橋、

とも言われ(精選版日本国語大辞典)、

一夜見しゆめのうきはしそのままにあだにや帰る恋路なるらむ(新千載和歌集)、

と、

夢に重点を置き、夢とほぼ同義にもちいる、

とある(岩波古語辞典)。

巫峡十二峰.jpg

(巫山(ふざん) 中国・重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成する。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%AB%E5%B1%B1より)

なお、

朝雲暮雨の故事を面影とする、

の、

朝雲暮雨(ちょううんぼう)、

は、文字通り、

朝の雲と夕方の雨、

の意だが、

朝雲暮雨、

は、

雲雨巫山、
雲雨之夢、
楚夢雲雨、
巫山雲雨、
巫山之雨、
巫山之夢、
尤雲殢有、
朝朝暮暮、

等々ともいい(故事ことわざの辞典・https://idiom-encyclopedia.com/tyouunbou/)、楚の宋玉の「高唐賦」(『文選』所収)に、

昔者先王嘗游高唐、怠而昼寝、夢見一婦人、曰、妾巫山之女也、為高唐之客、聞君游高唐、願薦枕席、王因幸之、去而辞曰、妾在巫山之陽、高丘之岨、旦爲朝雲、暮爲行雨、朝朝暮暮、陽臺之下、旦朝視之如言、故爲立廟、號曰朝雲(昔者、先王嘗て高唐に游び、怠りて昼寝す、夢に一婦人を見る、曰く、妾は巫山の女なり、高唐の客と為る、聞く君高唐に游ぶと、冀わくは枕席を薦めんと、王因りて之を幸す、去りて辞して曰く、妾は巫山の陽、高丘の岨に在り、旦には朝雲と為り、暮には行雨と為り、朝朝暮暮、陽台の下にあらん、旦朝(タンチョウ)に之を視れば言の如し、故に為に廟(ビョウ)を立て、号して朝雲と曰ふ、と)、

とあり、この故事から、

男女が夢の中で結ばれること、また、男女が相会して、情交のこまやかなこと(故事ことわざの辞典)、

また、

男女の契り(広辞苑)、

の意で使う。なお、神女の素性について、『文選』所収の「高唐賦」では自ら単に「巫山之女」と名乗るだけであるが、『文選』所収の江淹「別賦」李善注に引く「高唐賦」、および江淹「雑体詩」李善注に引く『宋玉集』では、

帝の季女(末娘)で、名を瑤姫といい、未婚のまま死去して巫山に祀られた、

と説明されているhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%AB%E5%B1%B1とある。また、李善の引用する『襄陽耆旧伝』では、

瑤姫は赤帝(炎帝神農)の末娘、

とされている(仝上)。後代になると、後蜀の杜光庭の『墉城集仙録』で、

雲華夫人こと瑤姫は西王母の第23女で、禹の后となった、

と歴史に地続きになっていく。「神農」については「烏號」で触れたし、「西王母」についても触れた。

巫山(ふざん)、

は、

中国・重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成する。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある、

とされる(仝上)。

「浮」.gif


「浮」(慣用フ、漢音フウ、呉音ブ)は、

会意兼形声。孚は「爪(手を伏せた形)+子」の会意文字で、親鳥が卵をつつむように手でおおうこと。浮は「水+音符孚」で、上から水をかかえるように伏せてうくこと、

とあり(漢字源)、

会意兼形声文字です(氵(水)+孚)。「流れる水」の象形と「乳児を抱きかかえる」象形(「軽い、包む」の意味)から、「軽いもの」、「うく」を意味する「浮」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1091.htmlが、

形声。「水」+音符「孚 /*PU/」。「うかぶ」「うかべる」を意味する漢語{浮 /*bru/}を表す字、https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%B5%AE

も、

形声。水と、音符孚(フ)→(フウ)とから成る。「うかぶ」意を表す(角川新字源)、

も、形声文字とする。

参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:59| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする