2024年11月09日

投轄(とうかつ)


乗興宜投轄(興に乗じては宜しく轄を投ずべし)
邀歓莫避驄(歓を邀(もと)めては驄を避くる莫(な)し)(高適・陪竇侍御泛霊雲池)

の、

驄(そう)、

は、

葦毛(あしげ)の馬、

の意で、

あおうま、

ともいい、

青黒い毛と白い毛の混ざった馬、

をいう。

避驄、

は、

御史(竇侍御)をおそれて避けること、

の意だが(侍御は官名侍御史の略称)、この背景になっているのは、

百官の非違を摘発する、

のが、

御史、

の役目で、

拝侍御史、常乗驄馬、京師畏憚、為之語曰、行行且止、避驄馬御史(御漢書・桓典伝)、

と、

後漢の桓典が御史となったとき、常に驄馬(そうば あしげ)に乘ったため、その剛直さをおそれた人々が、「驄馬御史を避けよ」と言い合った、

という故事がある。

投轄(とうかつ)、

の、

轄、

は、

車輪を軸にとめつけるくさび、

で、

輪をはめて、軸頭に挿すもの、

なので、それで、

車輪を止めておく、

ことになる。転じて、「轄」は、

管轄・所轄・総轄・直轄・統轄、

等々、

物事を中心に取りまとめること(精選版日本国語大辞典)、
ある範囲をおさえて支配する(デジタル大辞泉)、

意でも使うが、

投轄、

つまり、

轄を投ず、

は、

車のくさびを外し、客を留める、

意になり(字通)、

客をねんごろに留むるにいふ、

とある(字源)。この背景にあるのは、。『漢書』陳遵(ちんじゅん)伝の、

遵耆酒、每大飲、賓客滿堂。輒關門、取客車轄投井中。雖有急、終不得去(遵(じゅん)酒(さけ)を耆(たしな)み、大(おお)いに飲(の)む毎(ごと)に、賓客(ひんかく)堂(どう)に満(み)つ。輒(すなわ)ち門(もん)を関(とざ)し、客(かく)の車轄(しゃかつ)を取(と)り井(せい)中(ちゅう)に投(とう)ず。急(きゅう)有(あ)りと雖(いえど)も、終(つい)に去(さ)ることを得(え)ざらしむ)、

とあるhttps://kanbun.info/syubu/toushisen140.html、前漢の陳遵(ちんじゅん)が、

酒を好み、客を招いて宴を開き、客が途中で帰らぬようにと、客の車の轄(くさび)を抜き取って井戸の中に投げ込み、急用があっても帰れないようにした、

という故事である。

乗興、

は、

感興のわくままに。興の赴くままに、

の意で、『晋書』王徽之(きし)伝の、

嘗居山陰、夜雪初霽、月色清朗、四望皓然。獨酌酒、詠左思招隱詩、忽憶戴逵。逵時在剡、便夜乘小船詣之、經宿方至、造門不前而反。人問其故、徽之曰、本乘興而行、興盡而反。何必見安道邪(嘗て山陰に居り、夜雪初めて霽(は)れ、月色(げっしょく)清朗(せいろう)、四望(しぼう)皓然たり。独り酒を酌みて、左思(さし)の招隠(しょういん)の詩を詠じ、忽ち戴逵(たいき)を憶う。逵(き)時に剡(せん)に在り、便(すなわ)ち夜小船(しょうせん)に乗じて之に詣(いた)り、宿(しゅく)を経て方(まさ)に至り、門に造(いた)りて前(すす)まずして反(かえ)る。人其の故を問う、徽之曰く、本(もと)興に乗じて行き、興尽つきて反る。何ぞ必しも安道(あんどう 戴逵の字(あざな))を見みんや、と)、

と、

東晋の王徽之が冬の夜、雪を愛でながら酒を飲み、左思の「招隠の詩」を詠じていたが、ふと剡渓にいる友人の戴逵を訪ねようと思いたち、小舟に乗って出かけた。しかし、門前まで来て引き返してしまった。人がその理由を尋ねたところ、「自分は興に乗じて来て、興が尽きて帰ったのだ」と答えた、

という故事を踏まえるhttps://kanbun.info/syubu/toushisen140.html。なお、

莫避驄、

は、

侍御史を畏れて避けることはない。無礼講といきましょう、

という意味だが、これは、上述した『後漢書』桓典伝の、

桓典が侍御史に任じられたとき、その厳正さに権力を握っていた宦官たちは畏れをなした。桓典はいつも驄馬(そうば 黒毛と白毛のまざった馬)に乗っていたので、京師の人々は「行き行きて且かつ止とどまれ、驄そう馬ば御史を避けよ」と言い合った、

という故事を踏まえる(仝上)。

「轄」.gif

(「轄」 https://kakijun.jp/page/1738200.htmlより)

「轄」(漢音カツ、呉音ゲチ)は、

会意兼形声。害(ガイ・カツ)は、口に上にふた(おおい)をかぶせて押さえたさまをしめす会意文字。途中でおさえとめるの意を含む。轄は「車+音符害」で、車輪が軸から抜けないようにとめるくさび、

とある(漢字源)。転じて、「物事のわくがはずれないように、おさえる、取り締まる」意で、「管轄」「総轄」等々の意で使う。別に、

会意兼形声文字です(車+害)。「車」の象形と「屋根の象形と切り刻む象形と口の象形」(祈りの言葉を切り刻みふさぐさまから、「わざわい・さまたげ」の意味)から、「車が車軸からずれ抜けるのをさまたげるためのくさび」、「とりしまる」を意味する「轄」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1839.htmlが、

形声。「車」+音符「害 /*KAT/」。「くさび」を意味する漢語{轄 /*graat/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%BD%84)

形声。車と、音符害(カイ)→(カツ)とから成る。車が車軸からはずれるのを止める「くさび」の意を表し、借りて、とりしまる意に用いる(角川新字源)、

は、形声文字とする。

参考文献;
前野直彬注解『唐詩選』(岩波文庫)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:42| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする