2024年12月11日

卯杖(うづゑ)


相生(あひおひの)の小塩(をしほ)の山の小松原今より千代の蔭を待たなむ(新古今和歌集)、

の詞書に、

後冷泉院幼くおはしましける時、卯杖の松を人の子に賜はせけるに、よみ侍る、

とある、

卯杖の松、

の、

卯杖、

とは、

邪気を払う杖、

をいい、

正月初卯の日、諸衛府、大舎人寮から皇室に献上された、

とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。

卯杖の松、

は、

松の卯杖、

ということになる。

魔除けの具、

となる、

卯杖(うづゑ)、

は、

御杖(みづゑ)、

ともいい、

正月甲寅朔、乙卯、大学寮、獻杖八十枚(持統紀)、

とあるように、

正月上の卯の日に、大学寮から、後には諸衛府・大舎人寮から、天皇・中宮・東宮などに献上した。ヒイラギ・ナツメ・桃・梅・椿・柳などを五尺三寸(約1.6メートル)に切り、五色の絲を巻く、

とあり(岩波古語辞典)、

これを御帳の四隅に立てた、

という(ブリタニカ国際大百科事典)。平安時代には、この宮中の行事が個々の貴族に広がり、互いに「卯杖」を贈り合っている。この卯杖を贈る風習は、神社などの行事にもとり入れられ、

伊勢神宮では内・外宮に奉納し、賀茂神社では社家の間に配り、和歌山市の伊太祁曾(いだきそ)神社では毎年正月15日に卯杖祭を行う(マイペディア)、

とか、

太宰府天満宮で正月7日の追儺祭 (ついなのまつり) にこれで鬼面を打ったり、和歌山県伊太祁曾神社で正月 14日夕方神前に卯杖を供える(ブリタニカ国際大百科事典)、

とかの例がある。なお、

御文あけさせ給へれば、五寸ばかりなるうづちふたつを、卯杖のさまに頭などをつつみて(枕草子)、

とある、

卯槌、

は、用途は「卯杖」と同じだが、形態が、

槌、

になっている。

卯槌.jpg

(卯槌 デジタル大辞泉より)

卯槌、

は、

正月初の卯の日に糸所(いとどころ)および六衛府から、内裏に邪気払いとして奉った槌、

をいい、

卯杖の変形したもの、

で、

普通桃の木を用い、長さ三寸(約一〇センチメートル)、幅一寸(約三センチメートル)四方の直方体を作り、縦に穴をあけ、一〇本ないし一五本の五色の組糸を五尺(約一・五メートル)ばかり垂らしたもの、

で、円形のものもあり、

内裏では昼御座(ひのおまし)の西南の角の柱にかける、

という(精選版日本国語大辞典)。なお、「五色」については、「五色の糸」で触れた。

卯槌の行事を神事にするところもあり、

江戸亀戸(かめいど)天神境内の妙義社では卯杖に卯槌をつけて売った、

という(仝上)。

卯杖、

また、その変形である、

卯槌、

は、

支那の剛卯(ガウバウ)に拠る名(大言海)、
年木(としき・としぎ)の信仰に中国の剛卯杖(ごううづえ)の風習が重なってできたもの(精選版日本国語大辞典)、
卯杖は漢の王莽の故事による剛卯杖の影響を受けており、また、年木、粥杖などとの関連も考えられる(ブリタニカ国際大百科事典)、

等々の由来とされる。

剛卯(ごうぼう)、

は、

正月以桃枝作、剛卯杖厭鬼也(漢官儀)、

とあり、漢書・王莽伝に、

夫(そ)れ劉(漢の姓)の字爲(た)る、卯・金・刀なり。正剛卯、金刀の利(銘の語)皆行ふを得ず、

とあるように、

剛はつよし、卯は國姓の劉の字を折(ワカ)てば卯金刀となるによる、

とあり(字源)、

漢の官吏が佩びたる飾りの具、

で(仝上)、

邪気を避けるために佩びた呪飾で、四字押韻の文を刻する

とある(字通)。

年木、

は、

たかしまの杣(そま)山川のいかたし(筏師)はいそく年木をつみやそふらん(夫木集)、

と、

新春を迎える用意に、冬のうちに伐(き)っておく柴や薪、

をいい、さらに、

元旦を祝い、年神をまつるための飾り木。また、正月初めに、門松のかげに、疵のないものをとり、末に葉をのこし、門によせかけて置く木、

をもいい(精選版日本国語大辞典)、主に椎とか榎を用い、

魔除けの呪物、

とされ(仝上)、

鬼木(おにぎ)、
御新木(おにゅうぎ)、
年薪(としたきぎ)、
節木(せちぎ)、
若木、
幸い木(さいわいぎ)、

などともいう(仝上・デジタル大辞泉)。この木は、

修験者がたく護摩(ごま)木、

ともつながり、土地ごとで、

カツギ(勝木)と称されている木、

や、宮中での、

御竈木(みかまぎ 御薪)の風習、

等々、竜宮の水神に薪を与えるモティーフをもつ〈竜宮童子〉の昔話などからみても、

薪が単なる燃料ではなかった、

ことがわかる(世界大百科事典)とある。

卯杖、

は、また、

小正月の、粥占(かゆうら)・成木(なりき)責め・嫁たたきなどの行事、

に用いる、

祝棒(いわいぼう)、

ともつながる(精選版日本国語大辞典)。この棒は、

ヌルデ、柳、栗などの木を手に持てる長さに切り、一部を削掛けににしたり、火にあぶって、だんだら模様をつけたりと、形状は多様で、男根を模したものもある、

という(世界大百科事典)。

粥をかき混ぜ先端についた粥粒の量で作柄を占う、
果樹をたたいて豊饒(ほうじよう)を誓わせる、
ハラメン棒などといって嫁のしりをたたき多産を願う、
鳥追に用いる、

等々、豊産のまじない、予祝行事などに用いる神聖な木の棒で、

小正月の粥(かゆ)をかき回すために用いるので粥かき棒、
子どもが道行く娘の腰を打つので人こき棒(淡路)、
新嫁の腰を打って多産を望むので孕(はら)めん棒(鹿児島県)、
嫁たたき棒(関東地方)、
鳥追行事に用いるので鳥追棒、

等々といい。

粥杖、
粥木、
福杖、

などともいう(仝上・精選版日本国語大辞典・マイペディア)。因みに、

成木(なりき)責め、

というのは、

まず2人一組になって果樹に向かい、1人が〈成るか成らぬか、成らねば切るぞ〉と唱えながら鎌や斧、なたなどで樹皮に少し傷をつけ、もう1人が果樹になったつもりで〈成り申す、成り申す〉などと答えると、傷の所に小正月の小豆粥が少し塗られる、

というのが一般的な形式で、おとなも子どもも参加する。樹皮を刺激することで豊産の実際的な効果もあるといわれるが、刃物とは別に祝棒や牛王(ごおう)の棒などでたたく所も少なくなく、あくまでも呪術的なものであろう(世界大百科事典)とあり、ヨーロッパにも類似の呪法がある(仝上)という。また、

粥占(かゆうら)、

は、

小正月の1月15日などに、粥に竹筒や茅を入れて炊き、筒の中にはいった飯粒やおもゆの量によってその年の農作物の豊凶や月々の天候を占うこと、

をいい(精選版日本国語大辞典)、

粥杖の先を十文字に割り、粥をかきまわしたときにはさまる粥の量で作柄を占う。粥の中に入れた餅を粥杖でつき、はさめたら豊作とするという方法もある、

とあり(世界大百科事典)、

管粥(くだがゆ)、
筒粥(つつがゆ)、
粥占の神事、
粥だめし、
粥占祭、

などという神事に繋がり、

粥の中に、竹、あるいはカヤ、アシなどの管を入れ、その中にはいった粥の状態で、作物の種類別の作柄や、月ごとの天候を占う、

という(仝上)。また、

嫁たたき、

というのは、

新嫁の尻(しり)を棒でたたき、妊娠・出産を祈る行事、

で、

全国各地で、正月14、15日の小(こ)正月に、子供や青年たちがヌルデやクリ、ヤナギなどの木でさまざまな形の棒をつくり、新嫁のいる家々を訪れてその尻をたたいて回った、

とある(日本大百科全書)。その棒を、

はらめ棒、
嫁突き棒、
嫁たたき棒、

などとよんだ。この種の祝い棒は、

果樹の豊穣(ほうじょう)を願う成木責(なりきぜ)め、
鳥や虫の害を追い払う鳥追い、

など、ほかの小正月行事にも用いられ、いずれも棒に一種の呪力(じゅりょく)が秘められているとしたものである(仝上)。なお、

正月初の卯の日、朝廷に卯杖を奉るとき奏する寿詞(よごと)、

を、

卯杖祝(うづえほがい)、

といい(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)、

卯杖のことぶき、御神楽の人長、池の蓮(はちす)の村雨にあひたる。御霊会(ごりやうゑ)の馬長(むまをさ)(枕草子)、

にある、

卯杖のことぶき、

も同義とある(岩波古語辞典)。

「卯」.gif

(「卯」 https://kakijun.jp/page/0529200.htmlより)


「卯」 金文・殷.png

(「卯」 金文・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8D%AFより)

「卯」(漢音ボウ、呉音ミョウ)は、異字体に、

戼、 夘、𫑗、卬、丣、邜、𢨯、𤕰、𦕔、𩇦(同字)、𩇧(同字)、𩇨(古字)、𫝁(俗字)、𭅵(俗字)、𭭽(俗字)、𭮁(俗字)、

等々がありhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8D%AF

卯、

は、

指事。門を無理に押し開けて中に入り込むさまを示す、

とあり(漢字源)、異字体の、

丣(リュウ 留の原字)、

は、

別字だか、のち字体は混同した(仝上)とある。他に、

象形文字です。「同形のものを左右対称においた」象形から、「同じ価値の物を交換する」の意味を表します。(「貿」の原字)。借りて(同じ読みの部分に当て字として使って)、「十二支の第四位」として用いられるようになりました。また、「左右に開いた門」の象形とも考えられ、すべてのものが冬の門から飛び出す、「陰暦の2月」、「うさぎ」の意味も表します(https://okjiten.jp/kanji2382.html)

象形。刀を横に二つ並べたさまにかたどる。殺す意を表す。「劉(リウ)」の原字。借りて、十二支の第四位に用いる。(角川新字源)、

も、象形文字としているが、

不詳、

とされhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8D%AF

「兜の形」、「物体を二つに割った形」、「洞窟の形」など多様な説があるものの、いずれも憶測の域を出ない、

としている(仝上)。

参考文献;
久保田淳訳注『新古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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