2024年12月23日
時じ
み吉野の耳我(みみが)の山に時(とき)じくぞ雪は降るといふ間なくぞ雨は降るといふその雪の時じきがごとその雨の間なきがごと隈もおちず思ひつつぞ来しその山道を(万葉集)
の、
時じく、
時じき、
とあるのは、形容詞シク活用の、
(じく)・じから/じく・じかり/じ/じき・じかる/じけれ/じかれ
と活用する、
時じ、
で(学研全訳古語辞典)、
非時、
とも当てる(大言海)ように
時となく、
とか、
時とてないように、
の意として、
み吉野の耳我の山に、時となく雪は降るという。絶え間なく雨は降るという。その雪の時とてないように、その雨の絶え間もないように、長い道中ずっと物思いに沈みながらやって来 た。ああ、その山道を、
と注釈されている(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
わが宿のときじき藤(ふぢ)のめづらしく今も見てしか妹(いも)が笑(ゑ)まひを(万葉集)、
と、
季節外れの、
その時候でないところの、
その時でない、
の意(大言海・岩波古語辞典・学研全訳古語辞典)と、それを敷衍して、
小田沼の愛智(あゆち)の水を閒なくぞ人は掬(すくは)むちふ時自久(じく)ぞ人は飲むちふ(万葉集)、
と、
「トキジクにて名詞となる、
とし(大言海)、
時ならず、
時かさだまっていない、
絶え間ない、
いつでもある、
といった意で使う(仝上)。
時じ、
の、
じ、
は、体言に付いて、
男じ、
鴨じ、
のように、
それらしいさま、それのような様子、
の意を表わし(精選版日本国語大辞典)、
……のような、
……に似た、
の意から、転じて、
栲衾(たくぶすま)新羅(しらき)へいます君が目を今日(けふ)か明日(あす)かと斎(いは)ひて待たむ(万葉集)
と、
……でない、
意を表すシク活用の形容詞を作る(広辞苑)とある。
時じ、
はそれである。因みに、
栲衾(たくぶすま)、
は、
栲の布の夜具、
で、
タクは楮(こうぞ)の類の樹皮から採った繊維。衾は「麻衾」ともあり、寝る時に身体を覆う夜具。栲の色が白いことから、シラの音にかかる、
とある(広辞苑・https://jmapps.ne.jp/kokugakuin/det.html?data_id=32092)。
時(とき)、
は、幅広く「時間」を表し、
過ぎていく時間、
時刻、
時分、
期限、
時節、
時候、
時期、
時世、
時機
時代、
時勢、
等々と意味の幅が広い(岩波古語辞典・広辞苑)。ために、「とき」に当てると漢字も、
世、
刻、
季、
期、
秋、
節、
辰、
齋、
等々少なくない(字源)。その語源も、
常(トコ)の転か。或は疾(トキ)の意かと云ふ(大言海)、
「疾き」説。早く過ぎ去るを示すトキ(疾き)で、時間の進行を示す(名語記・和句解・日本釈名・名言通・柴門和語類集)、
トキ(辰)の義(言元梯)、
「月の音韻変化」説。月の満ち欠けによって、時の動きを示す(日本語源広辞典)
「解ける・溶けるのトキ」語源説。溶けていく過程に時間の移り行きを示す(仝上)、
等々がある。
月と時が関係ある、
とされるのは、聖書に
ヱホバは月を作りて時をつかさどらせたまへり、
にあるように、
太陰が時の計測の基準となった、
ことに起因している(渡邊敏夫『暦のすべて』)といわれ、英語の time は、
「潮の満干」を意味する tide と同一の語根 ti- を持つ、
とされる(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11138393646)。
ただ、固有の暦法をもたない、古代日本で、時間という抽象概念を月とつなげたかどうか、些か疑問である。
常(とこ)の転(大言海・東雅)、
疾(とく)の意(大言海・名語記・和句解・日本釈名・名言通・柴門和語類集)、
のいずれかということになるが、正直しっくりこない。
辰(とき)の義(言元梯)、
もあるが、
星辰、
というように、
星座、
星宿、
の意味で使うのは、中国暦が入ってきて以降のことかと思われる。
「時」(漢音シ、呉音ジ)は、「時」で触れたように、
会意兼形声。之(シ 止)は足の形を描いた象形文字。寺は「寸(手)+音符之(あし)」の会意文字で、手足をはたらかせて仕事をすること。時は「日+音符寺」で、日がしんこうすること。之(いく)と同系で、足が直進することを之といい、ときが直進することを時という、
とある(漢字源)。別に、
会意兼形声文字です(止+日)。「立ち止まる足の象形と出発線を示す横一線」(出発線から今にも一歩踏み出して「ゆく」の意味)と「太陽」の象形(「日」の意味)から「すすみゆく日、とき」を意味する漢字が成り立ちました。のちに、「止」は「寺」に変化して、「時」という漢字が成り立ちました(「寺」は「之」に通じ、「ゆく」の意味を表します)、
ともある(https://okjiten.jp/kanji145.html)が、
形声。声符は寺(じ)。寺に、ある状態を持続する意があり、日景・時間に関しては時という。〔説文〕七上に「四時なり」と四季の意とする。〔書、尭典〕「敬(つつし)んで民に時を授く」は農時暦の意。古文の字形は中山王鼎にもみえ、之(し)と日とに従う。之にものを指示特定する意があり、〔書、舜典〕「百揆(き)時(こ)れ敍す」、〔詩、大雅、緜〕「曰(ここ)に止まり 曰に時(を)る」のような用法がある(字通)、
と、形声文字とする説もある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95