行き沿ふ川の神も大御食(おほみけ)に仕へ奉(まつ)ると上(かみ)つ瀬に鵜川を立ち下(しも)つ瀬に小網(さで)さし渡す山川も依りて仕ふる(万葉集)
の、
上つ瀬、
の、
ツ、
は、
連体助詞、
で、
上つ枝(かみつえ)・下つ枝(しもえ)
上つ方・下つ方、
等々と使う(岩波古語辞典)が、
隠国(こもりく)の泊瀬の川の賀美都勢(カミツセ)に斎杙(いくひ)を打ち斯毛都勢(シモツセ)に真杙(まくひ)を打ち(古事記)、
と、
上つ瀬、
は、
下つ瀬、
と対で、
川の上流にある瀬、
をいい、
かんつせ、
ともいい、
下つ瀬、
は、
下流の瀬、
になる(仝上・精選版日本国語大辞典)。
小網(さで)、
は、漁具の一種、
すくい網、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
小網、
は、
叉手、
とも当て、
叉手網(さであみ)に同じ、
とある(広辞苑)。和名類聚抄(931~38年)に、
網如箕形、狭後廣前也、佐天、
とある。
手もとを狭く浅く、前方を深く広くした網(岩波古語辞典)、
掬網(すくいあみ)の一種、二本の竹を交叉して三角状とし、これに網を張って袋状としたもの(広辞苑)、
二本の竹、又は木を交叉して、本を括り、両尖(りょうさき)を開き、三角形とし、その三角の部に、網を張り、其下部を、嚢の如く垂らしたるもの、形、略、箕の如し、本を柄として用ゐる。さてあみ、杈網、これを用ゐるを、サスといふ(大言海)、
袋状にした網地の口に木や竹、金属棒で三角・円などの枠(わく)を付け、これに柄を付けたもの。水中に敷設して魚が網上にくるのを待ってとるのに用いる。多く浅水に使用されコイ、フナ、ウナギなどを漁獲する。たも網(魚をすくいとる)としても使用。カモ猟に用いる叉手網もある(マイペディア)
袋状の網地の網口を三角形や四角形の枠に装着し、柄をつけた小規模な漁具である。ナイロン製の網目の小さい網地や綟子(もじ)網(縦糸の綟よりの間に横糸を通したこまかい目の魚網。小魚をとるのに用いる)が用いられている。設置した柴(しば)や篠(しの)の束に潜む小エビや、水面近くに集まっている小魚や小エビをすくいとるさで網(叉手網)、シラウオさでなどの抄網(すくいあみ)類と、網の上に水流により、または駆具(くぐ)によって集められた魚や小エビをすくいとる羽川(はねかわ)網、ウナギさで、コイさで、フナさで、ワカサギさでなどのさで網、鵜縄(うなわ)網、歩行(かち)網などの敷網類とに漁法上から分けられるが、形状はほとんど変わらない(日本大百科全書)、
掬網(すくいあみ)の一つ。交差させた竹や木に網を張ったもの。また、細い竹や木で輪を作り、平たく網を張って柄を付けたもの。さであみ。すくいあみ(精選版日本国語大辞典)、
等々とある。後世、
四手網(よつであみ)、
というもの、この類なり、
(大言海)とある。
なお、この、
小網、
を使うことを、
刺す、
というが、
水中に指し入れる、
意ではないか(大言海)としている。なお、
さす、
については触れた。
刺網(さしあみ)、
というと、
海中に垣のように張り、魚を網目にささるように、または、からませい捕獲する、帯状の網、上層に流し網、海底に底刺網を用いる、
とある(広辞苑)。なお、
モチ竿で鶏などを捕らえること、
も、
トリヲサス、
という(「日葡辞書(1603~04)」)。また、
刺し渡す、
というと、
平瀬には小網(さで)さしわたし速き瀬に鵜を潜(かづ)けつつ(万葉集)、
と、
小網(さで)を一面にしかける、
意とされる(精選版日本国語大辞典)。この、
小網、
の由来は、
朝鮮語sadul(すくい網)と同源(岩波古語辞典)、
柄の長い、深く広い魚網をいう朝鮮語sadulと同源(万葉集=日本古典文学大系)、
さ手網と云ふが成語なるべく、それを下略して云ふなるべし、サは発語なり(さ衣、さ筵)、手綱と云ふ、手は柄の義(大言海)、
サテ(小手)の義(言元梯・名言通・和訓栞)、
狭手の義(箋注和名抄)、
サシテ(刺物)の連約で、魚を刺す意から手網の意に転用されたもの(日本古語大辞典=松岡静雄)、
等々あるが、
叉手網(さであみ)、
の略だとすると、
さ、
は、
狭衣(さごろも)、
小百合(さゆり)、
さ牡鹿、
狭霧(さぎり)、
等々と使われる、
接頭辞、
という意味でいいのではないか(岩波古語辞典)。
語義不明、
とある(仝上)が、
ちょっとした、
といった含意のような気がする。
(「叉」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8F%89より)
「叉」(漢音サ、呉音シャ)は、異体字に、
扠(繁体字・別字衝突)、㕚(別字)、义、岔、杈(繁体字)、汊(繁体字)、衩(繁体字)、釵、
等々とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8F%89)、
象形。手の指の間に物を挟んだ形を描いたもの。Y型をなしていて物を挟み、または突くものすべてを叉という、
とある(漢字源)。別に、象形文字は同じだか、
象形。指の間に爪があらわれている形(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8F%89)、
象形。手の指を組み合わせた形にかたどる。転じて「また」の意を表す。(角川新字源)
象形文字です。「指の間に物をはさんだ」象形から、「はさみとる」、「さすまた」を意味する「叉」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2386.html)、
象形。指の間に爪のあらわれている形。〔説文〕三下に「手指相ひ錯(まじ)はるなり」とするが、叉は一爪、㕚(そう)は二爪のあらわれている形。指爪を以て叉取することを原義とし、のち交叉・分岐する状態をいう(字通)、
等々とある。
(「網」 金文・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B6%B2)
「網」(漢音ボウ、呉音モウ)は、異体字として、
網󠄁(旧字体)、 網󠄂(康煕字典体)、 网(簡体字)、 䋄、𦁒、𮈗、
等々がある (https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B6%B2)。
会意兼形声。罔はもと。あみを描いた象形文字。網は「糸+音符罔(モウ)」で、かぶせて見えなくするあみ。または、目にみえにくくてむかぶさるあみ、罔とおなじ、
とある(漢字源)。別に、
会意形声。糸と、罔(バウ、マウ)(あみ)とから成り、「あみ」の意を表す。「罔」の後にできた字。(角川新字源)、
会意兼形声文字です(糸+罔)。「より糸」の象形と「あみの象形と、人の死体に何かを添えた象形(死亡の意味)」(「あみ・あみで捕らえる」の意味)から、「あみ」、「あみで捕らえる」を意味する「網」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1131.html)、
とあるが、
形声。「糸」+音符「罔 /*MANG/」。「あみ」を意味する漢語{網 /*mangʔ/}を表す字。もと「网」が{網}を表す字であったが、音符「亡」を加えて「罔」となり、さらに「糸」を加えて「網」となる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B6%B2)、
形声。声符は罔(もう)。罔は網の初文。その初文は网で、網の象形。鳥獣を捕る網のほか、すべて網目のものをいう。〔老子、七十三〕「天網は恢恢(くわいくわい)、疎(そ)なるも失はず」とあり、〔馬王堆帛書老子〕に「天罔」に作る。天網は自然の法網をいう(字通)、
は、形声文字としている。
(「罔」 金文・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%BD%94より)
「罔」(漢音ボウ、呉音モウ)は、
会意兼形声。「网(あみ)+音符亡(見えない)」で、かぶせて隠すあみ。またおおいかぶせてみえなくすること、
とある(漢字源)。他は、
形声。音符「亡 /*MANG/」+音符「网 /*MANG/」。「あみ」を意味する漢語{網 /*mangʔ/}を表す字。もと「网」が{網}を表す字であったが、「亡」を加えた。のち仮借して「おろか」「くらい」を意味する漢語{惘 /*mangʔ/}に用いる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%BD%94)、
形声。声符は亡󠄁(亡)(ぼう)。〔説文〕七下の网(もう)字条に重文として罔・網󠄁(網)を録しており、この三字は繁簡の字。罔にまた〔詩、小雅、蓼莪〕「昊天(かうてん)極まり罔(な)し」のように、有無の無に用いる。网・網は「あみ」の他に用義のない字である(字通)、
が形声文字、
象形文字です。「網(あみ)」の象形から「網」を意味する「网」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2868.html)、
が、象形文字とする。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95