釧(くしろ)着く答志(たふし)の崎に今日(けふ)もかも大宮人の玉藻刈るらむ(万葉集)
の、
釧(くしろ)着く、
は、
答志(たふし)の枕詞、
で、
釧(くしろ)着く、
は、
釧を着ける手節、
の意か(伊藤博訳注『新版万葉集』)とある。
釧をつけるから(広辞苑)、
釧は手に巻くので(岩波古語辞典)、
釧を着ける手から(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、
などとあり、
同音「た(手)」を含む地名「たふし(手節)」にかかる、
とある(精選版日本国語大辞典)。
釧(くしろ)、
は、
婦人の腕輪、
とある(仝上)。
答志(たふし)、
は、
小浜の浦の北東海上答志島の崎、
という(仝上)。
(「石釧」 日本大百科全書より)
(「銅釧」 日本大百科全書より)
(「鈴釧」 日本大百科全書より)
釧、
は、
釼、
とも当て(精選版日本国語大辞典)、多くは、
貝・銅・石・ガラスの製品もあり、小鈴をつけたものもある、
が、ふつうは、
両手につけるが、片手のときは左手につけたようである、
とされる、
手首や臂(ひじ)につける輪状のかざり、
で、字鏡(平安後期頃)には、
釧、太万支、又、久自利
とあるように、
くしり、
たまき、
くじり、
ひじまき、
ともいい(精選版日本国語大辞典・広辞苑)、
縄文時代から上代にかけて使われた(岩波古語辞典)、
彌生時代から古墳時代にかけて用いられた(精選版日本国語大辞典)、
と、多少の差はあるが、縄文時代から、
貝製の腕輪、
が用いられており、これは、
貝輪、
の名でよばれ、弥生(やよい)時代以降、とくに古墳時代の遺物について、
釧、
の語が使われている(日本大百科全書)。弥生時代には、
ガラス釧、
銅釧、
があり、銅釧(かなくしろ)は、
巻き貝を縦断した形をそのまま模して一方に突起がつけられた鋳造品と、静岡市登呂(とろ)遺跡出土品にみられるように薄い銅板を曲げた簡素な形とがある、
という(仝上)。銅釧の周縁に数個の小鈴をつけた、
鈴釧(すずくしろ)、
は、鏡の縁や冠などにまで鈴を飾った日本人の独創であり、小鈴の中には小石を入れて鋳造してある(仝上)。
古墳時代では前期から中期にかけては、
石釧、
が、それ以後は、埴輪(はにわ)人物によって、
金属製の釧、
ガラス玉などを連ねた釧、
なども用いられた(仝上)。日本では銅製品が多いが、朝鮮半島南部では銀製や金製の釧が多く、それらは内面は平らで、外側に蛇腹状の刻み目を飾っている(仝上)。
この、
くしろ、
は、
鏁(くさ)るの名詞形、くさりの転なるべし(手節(たぶし)、腕(たぶさ)。石子(いしこ)、沙(いさご)。禮代(ゐやじろ)、ゐやじり。被髪(かぶり)、童卯(かぶろ))。玉釧(たまくしろ)、手玉(てたま)、肘玉(ひじたま)など云ひ、履中紀に、手鈴(てなすず)なども見ゆれば、玉、又は、鈴を鏁(くさ)りつけたるが元なる名ならむ。正韻「釧(ヒン)、樞絹切」、説文解字「臂環也」、和名類聚抄「加奈加岐(鐵爪の合字、熊手なり)とあるに、又、「一云久之呂」とあるは、別に、釧の増畫字なる、釽あると混じりたり(萬葉集、標の字の上に、一點を加へ、、橿の字に二點を加へたるなど、あり)、萬葉集に、「玉釵(たまくしろ)」とあるは、その變體にて(靭(ゆぎ)の靫(ゆぎ)の類)、萬葉集に、劔著(くしろつく)とあるはその誤冩なり(大言海)、
朝鮮語kosïlt(珠)と同源(岩波古語辞典・万葉集=日本古典文学全集)、
クシシロ(櫛代)の義か(和訓栞)、
クシ(奇)に接尾語ロを付した語(日本古語大辞典=松岡静雄)、
コヱシラセ(声令知)の義で、鈴の音をいう(名言通)、
クジル(抉)の清濁相通によるクシルの連用形名詞法クシリから。髪に挿すクシ(串)も同語原(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
等々諸説あるが、ここは、中国経由、朝鮮由来というのが妥当なのではないか。
「釧」(セン)は、
会意兼形声。「金+音符川(穿 つきとおす)」、
とある(漢字源)。別に、
会意兼形声文字です(金+川)。「金属の象形とすっぽり覆うさまを表した文字と土地の神を祭る為に柱状に固めた土の象形」(土の中に含まれる「金属」の意味)と「流れる川」の象形(「川のようにうまく流れる」の意味)から、きれいな流れを持つ金属の輪「くしろ」を意味する「釧」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2764.html)、
ともあるが、他は、
形声。「金」+音符「川 /*LUN/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%87%A7)、
形声。金と、音符川(セン)とから成る(角川新字源)、
形声。声符は川(せん)。〔説文新附〕十四上に「臂(ひぢ)の環(わ)なり」とあり、うでわをいう。わが国の古代には、男女ともに「くしろ」を用いた。もと辟邪、魂振りの意をもつものであった(字通)、
と、いずれも、形声文字とする。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95