東(ひむがし)の野にはかぎろひ立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ(万葉集)
の、
かぎろひ、
は、
あけぼのの陽光、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
陽炎、
火光、
と当て、
明け方の日の出るころに空が赤みを帯びて見えるもの(精選版日本国語大辞典)、
日の出前に東の空にさしそめる光(広辞苑)、
東の空に見える明け方の光、曙光(しよこう)(学研全訳古語辞典)、
あけぼのの光(岩波古語辞典)、
夜明け方の光(デジタル大辞泉)、
爀(かがや)く陽の光、曜光(大言海)、
の意だが、先後はわからないが、
埴生坂(はにふざか)わが立ち見れば 迦藝漏肥(カギロヒ)の燃ゆる家群(いへむら)妻が家のあたり(古事記)、
と、
火炎の雲焼(くもやけ)(大言海)、
炎(岩波古語辞典)、
炎などによって空の赤く染まって見えるもの(精選版日本国語大辞典)、
の意でも使い(大言海・岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、後には、
世中(よのなか)を背(そむ)きし得ねば香切火(かぎろひ)の燃ゆる荒野(あらの)に白栲(しらたへ)の天領巾隱(あまひれがく)り……(万葉集)
と、いわゆる、
かげろう(陽炎)、
の、
春のうららかな日に、地上から立つ水蒸気によって光がゆらいで見えるもの、
の意で、使うに至る(仝上)。
かぎろひ、
の由来は、
ちらちらひかるものの意(広辞苑)、
カガヨヒ・カグツチと同根、揺れて光る意、ヒは火。「輝き」きはカカヤキと清音で、起源的には(「かぎろひ」とは)別(岩波古語辞典)、
爀霧(かがきをひ)の約轉ならむ(軋合ひ、きしろひ)、動詞かぎろふの名詞形、かげろふといふ動詞の転なるべし(大言海)、
カギロヒ(炫日・炫火)の転呼。カギルはカガヤクと同義(雅言考・日本古語大辞典=松岡静雄)、
カカケヒ(炫気火)の転(言元梯)、
カギリ(限)の延言(碩鼠漫筆)、
カは炎、キはガリの約で、指しきわむる言、ロは助辞、ヒはフに移る休言(皇国辞解)、
等々諸説あるが、はっきりしない。陽炎の意のある、
絲遊、
で触れたように、
陽炎、
は、
陽焔、
と同じで、
龍樹大士曰、日光者微塵、風吹之野中轉、名之爲陽焔(庶物異名疏)、
と、
遊絲、
と同義(仝上)とある。
陽炎(かげろう)、
の由来は、
(揺れて光る意の)かぎろふの転。ちらちらと光るものの意が原義。あるかなきかの、はかないものの比喩に多く使う(岩波古語辞典)、
かぎろひ、カゲロヒの転、カゲロヒはカゲルヒ(影日)の義(和訓栞)、
カギロヒの転(大言海)、
陽炎の燃えるさまが、カゲロフ(蜻蛉)の飛び交うさまににているところから(和字正濫鈔)、
などとあるが(「蜻蛉」については触れた)、
ともし火の影にかがよふうつせみの妹が笑(え)まひし面影見ゆ(万葉集)、
の、
静止したものがきらきらと光って揺れる、
の意の、
かがよふ、
とつながるのではあるまいか。
かがよふ、
は、
耀ふ、
赫ふ、
と当て、
かぎろひと同根(岩波古語辞典)、
とあり、
見渡せば近きものから石隠り加我欲布(カガヨフ)珠を取らずは止まじ(万葉集)、
と、
きらきらと揺れてひかる、ちらつく(広辞苑)、
きらきら光ってゆれ動く。きらめきゆれる(精選版日本国語大辞典)、
静止したものが、きらきらと光ってゆれる(岩波古語辞典)、
といった意味になり、
かぎろひ、
と
かがよひ、
との意味の重なりがよくわかる。なお、
かぎろひの、
は、
かげろふ(陽炎)、
の意に転じて、
奈良の都は炎乃(かぎろひノ)春にしなれば春日山三笠の野辺に桜花木のくれがくりかほ鳥は間なくしば鳴く(万葉集)、
と、
陽炎の立つ季節から、「春」にかかる枕詞として使われ(岩波古語辞典)、それをメタファに、
春鳥の音(ね)のみ泣きつつ味さはふ宵昼知らず蜻蜒火之(かぎろひの)心燃えつつ歎く別れを(万葉集)、
と、
かげろうがもえるように心がもえるの意で、「心燃(も)ゆ」にかかる(精選版日本国語大辞典)。
(「陽」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%99%BDより)
「陽」(ヨウ)は、
会意兼形声。昜(ヨウ)は、太陽が輝いて高くあがるさまを示す会意文字。陽は「阜(おか)+音符昜」で、明るい、はっきりした、の意を含む。阳は中国で陽の簡体字、
とある(漢字源)。異体字には、
阳(簡体字)、 阦(俗字)𨼘、 𨼡、𨽐、𥌖、𨼗、𨹈、𫹖、𬪌(同字)、氜 𣆄、
等々がある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%99%BD)。別に、
会意形声。阜と、昜(ヤウ)(太陽が照る)とから成り、日光のあたる側の意を表す。転じて、太陽の意に用いる(角川新字源)、
会意兼形声文字です(阝+昜)。「段のついた土山」の象形と「太陽が地上にあがる」象形から、丘の日のあたる側、「ひなた」を意味する「陽」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji547.html)、
も、会意兼形声文字とするが、
形声。「阜」+音符「昜 /*LANG/」。「ひなた」「日光」を意味する漢語{陽 /*lang/}を表す字。もと「昜」が{陽}を表す字であったが、「阜」を加えた(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%99%BD)、
形声、声符は昜(よう)。昜は台上の玉光が下に放射する形。玉の光は、魂振りとしての呪能があるとされた。阜(ふ)は……、神の陟降する神梯の象。その神梯の前に玉をおき、神の威光を示す字であった。〔説文〕十四下に「高明なり」という。昜を〔説文〕九下は勿部に録し、「開くなり。日と一と勿とに從ふ」とし、日光と解するが、日は玉の形。昜は陽光の象徴とされ、その力能を陽という。陰陽は古くは侌昜としるした。陽はのち陽光の意となり、〔詩、小雅、湛露〕に「陽(ひ)に匪(あら)ざれば晞(かわ)かず」、〔詩、豳風、七月〕「春日載(すなは)ち陽(あたた)かなり」のような句がある。〔七月〕「我が朱孔(はなは)だ陽(あか)し」はその引伸義。佯(よう)と仮借通用する(字通)、
は、形声文字とする。
(「焰(焔)」 https://kakijun.jp/page/u_j007200.htmlより)
「炎」(エン)は、
会意文字。「火+火」で、盛んに燃えるさまを示す。曄(ヨウ)は、……炎と語尾が入れ替わった言葉。談、啖など、音符としてはタンと訓むことがある、
とある(漢字源)。
炎、
の異字体は、
燄(本字、 繁体字)、焔(異体字)、熖、㷔、𭶘、𦦨、𩸥、𦥿、𤑑、𤒰、
等々があり、
炎、
は、
燄、
が本字であり、その異体字(簡体字)、
焰、
および、この異字体(印刷標準字体)である、
焔、
の代用字、
とされる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%84%B0)。他も、
会意。火を二つ重ねて、ほのおが盛んの意を表す。(角川新字源)
会意文字です(火+火)。「燃え上がるほのお」の象形から、「ほのお」を意味する「炎」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1340.html)、
会意。火+火。火炎の意をあらわす。〔説文〕十上に「火光上るなり」とみえる(字通)、
とある。
「焔(焰)」(エン)は、
形声文字。「火+音符臽(カン)」で、盛んにもえるひ。臽(穴にはまる)は単に音符で、元の意味とは関係ない、
とある(漢字源)。他も、
形声。「火」+音符「臽 /*LAM/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%84%B0)、
形声。火と、音符臽(カム)→(エム)とから成る。「ほのお」の意を表す(角川新字源)、
と形声文字だが、
会意兼形声文字です(火+臽)。「燃え立つ炎」の象形(「火」の意味)と「人が落とし穴に落ちた」象形(「落ちる、落とす」の意味)から、火が落ちる事を意味し、そこから、「火が少し燃え上がるさま」を意味する「焰」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2294.html)、
と、会意兼形声文字とする説もある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95