2024年12月30日

荒栲(あらたへ)


やすみしし我が大君高照らす日の皇子(みこ)荒栲(あらたへ)の藤原が上に食(を)す国を見したまはむと(万葉集)、

の、

荒栲の、

は、

「藤原」(大和三山に囲まれる地帯)の枕詞、

で、

藤蔓の布、

の意(伊藤博訳注『新版万葉集』)とある。

荒栲、

は、

荒妙、
粗栲、
麁栲、
麁妙、

等々と当て(広辞苑・岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、

和栲(にぎたへ)、
和妙(にきたへ)、

の対、

であり(「」については触れた)、上代、

御服(みそ)は明るたへ、照るたへ、和たへ、荒たへに(祝詞・祈念祭)、

と、

織り目のあらい粗末な織物の総称、

で(仝上)、一般に、

藤、カジノキなどの木の皮の繊維で織った粗末な布、

をいう(仝上)。ただ、中古以降、

阿波国忌部所織麁妙服(あらたへ)〈神語所謂阿良多倍是也〉」(「延喜式(927)」)、

と、

麻織物、

をいう(仝上)。なお、

荒妙と書けるば、借字なり、出典の孝徳紀には、麁布(あらたへ)とあり、

万葉集に、

やすみしわご大王(おほきみ)高照らす日の御子(みこ)荒栲(あらたへ)の藤井が原に大御門(おほみかど)始め給ひて、

とあるように、

荒栲とあるが正字なり、

とする説もある(大言海)。また、

あらたへの、

というと、冒頭の、

荒妙乃(あらたへノ)藤原が上に食(を)す国をめし給はむと(万葉集)、

と、

藤(ふじ)の繊維で作った粗末な布を「あらたへ」というところから、「藤井」「藤江」「藤原」などの地名にかかる、

枕詞として使う(学研全訳古語辞典・岩波古語辞典)。

しきたへ
白栲

で触れたように、

栲(たへ)、

は、

𣑥、

とも当て、

たく、

ともいい(大言海)、

楮(こうぞ)類の皮からとった白色の繊維、またそれで織った布(岩波古語辞典)、
梶(かじ)の木などの繊維で織った、一説に、織目の細かい絹布。布(精選版日本国語大辞典)、
殻の木の糸(祭に用ゐるときは木綿(ユフ)とも云ふ)を以て織りなせる布(大言海)、
古へかぢの木の皮の繊維にて織りし白布(字源)、

等々とあり、

コウゾの古名(デジタル大辞泉)、
「かじのき(梶木)」、または「こうぞ(楮)」の古名(精選版日本国語大辞典)、

ともあるのは、

カジノキとコウゾは古くはほとんど区別されていなかったようである。中国では「栲」の字はヌルデを意味する。「栲(たく)」は樹皮を用いて作った布で、「タパ」と呼ばれるカジノキなどの樹皮を打ち伸ばして作った布と同様のものとされる、

とある(精選版日本国語大辞典)。

純白で光沢がある、

ため(仝上)、

色白ければ、常に白き意に代へ用ゐる

とあり(大言海)、

白栲(しろたへ)、
和栲(にぎたへ)、
栲(たへ)の袴、
栲衾(たくぶすま)、

などという(仝上・字源)。

栲、

は、

𣑥、

とも当て、

ハタヘ(皮隔)の義(言元梯)、
たへ(手綜)の義(日本古語大辞典=松岡静雄・続上代特殊仮名音義=森重敏)、

と、「織る」ことと関わらせる説もある(「綜(ふ)」については触れた)が、

堪(た)へにて、切れずの義か、又、妙なる意か、

とある(大言海)ように、

妙、

と同根とされる(岩波古語辞典)。また、

御服(みそ)は明る妙(タヘ)・照る妙(タヘ)・和(にき)妙(タヘ)・荒妙(あらたへ)に称辞竟(たたへごとを)へまつらむ(「延喜式(927)祝詞(九条家本訓)」)、

とあるように、

布類の総称、

として、

妙、

を当てている例もある(精選版日本国語大辞典)。

荒栲、

の対である、

和栲

の、

(にぎ)」、

は、

熟、

とも当て、

にき、

と訓んだが、中世以降、

にぎ、

と訓む。

にきたへ、

は、

和妙、
和栲、
和幣、

と当てるが、

古く折目の精緻な布の総称、またうって柔らかく曝した布、

の意で、

神に供える麻布をぎたへ(和栲)といったのが、たへ(t[ah]e)の縮約で、にぎて(和幣)になった、

とある(日本語の語源)。因みに、

にこ、

は、

和、
柔、

と当て、「荒(あら)」と対なのも「にき」に同じ。

体言に冠して「やわらかい」「こまかい」の意を表す。にき、
穏やかに笑うさま、

と載る。前者は、にこ毛、にこ草、等々と使う。後者は、「にこと笑う」の「にこ」である。

「栲」.gif


「𣑥」.gif

(「𣑥」 https://kanji.jitenon.jp/kanjiy/27860より)

「栲」(こう)は、「しきたへ」で触れたように、

会意兼形声。「木+音符考(まがる)」で、くねくねと曲がった木、

とある(漢字源)。別に、

形声。声符は考(こう)。〔説文〕六上に𣐊に作り「山樗(さんちよ)なり」とし、「讀みて糗(きう)の若(ごと)くす」という。〔爾雅、釈木、注〕に「樗に似て色小(すこ)しく白く、山中に生ず。~亦た漆樹に類す」とあって、相似た木で、一類として扱われる(字通)、

と、形声文字とする説もある。

「栲」の異体字は、

𣐊、𣑥、𣛖、

とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A0%B2)。「字通」にあるように、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)には、

紵緒の旁(つくり)を省き、合して木篇としたるもの、

とあり、「栲」は、

樗(アフチ 「楝(あふち)」に似たる一種の喬木、

で、

栲栳量金買斷春(盧延譲詩)、

と、

栲栳(カウラウ)、

は、柳條をまげて作り、物を盛る器、

とある(字源・漢字源)。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:58| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする