巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲(しの)はな巨勢の春野を(万葉集)
の、
偲ふ、
は、
眼前の物を通して眼前にない物を偲ぶ意、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
つらつら椿、
の、
ツラ、
は、
列の意、
で、
列列椿
と当て(広辞苑・岩波古語辞典)、
並んで数多く咲いている椿の花、
の意で、後ろの、
つらつら、
の、
序、
に用いる(広辞苑)。
序、
は、
和歌などで、或る語句を導き出すために置く修飾句。枕詞より長い、
とある(岩波古語辞典)。それが導き出す、
つらつら、
については触れたが、
倩、
倩々、
熟、
熟々、
等々と当て、
つらつら思へば、誉れを愛する人は、人の聞(きき)をよろこぶなり(徒然草)、
というように、
つくづく、
よくよく、
の意で使う(広辞苑)。類聚名義抄(11~12世紀)には、
熟、ツラツラ、コマヤカナリ、クハシ、
とあり、さらに、
倩、ツラツラ、
ともある。また、「つらつら」は、
御涙にぞむせびつつ、つらつら返事もましまさず(浄瑠璃「むらまつ」)、
と、
すらすら、
の意でも使うが、これは、
滑々、
と当てる、
なめらかなさま、
つるつる、
の意となる。
倩、
熟、
と当てる「つらつら」は、
「と」を伴って用いることもある。古くは「に」を伴うこともあった、
とされ、
物ごとを念を入れてするさまを表わす語、
なので、
つくづく、
よくよく、
念入りに、
の意で使われるが、詳しく見ると、冒頭の、
巨勢(こせ)山の列々(つらつら)椿都良々々(ツラツラ)に見つつしのはな巨勢の春野を(万葉集)、
と、
じっと見つめるさま、熟視するさま、
の意、
伝燈の良匠にあらずして、強ひて訂(ツラツラ)この事をかへりみる(「霊異記(810~824)」)、
と、
物事を深く考えるさま、
熟考するさま、
の意、
つらつらと歎き居たり(「今昔物語(1120頃)」)、
と、
深く嘆き、また反省するさま、
の意と、
男も草臥て、つらつら寝入ければ(仮名草子「東海道名所記(1659~61頃)」)、
と、
よく寝入るさま、
ぐっすり、
の意と、単純に「よくよく」「つくづく」には置き換えられない含意の幅があり(精選版日本国語大辞典)、また当てた字も違うものもあるようである。
で、「つらつら」の語源を見ると、
絶えず続きての意(大言海)、
不断の意から転じた(日本古語大辞典=松岡静雄)、
として、
連連(つらつら)の義、
とするもの、あるいは、
連ね連ねの約(日本語源広辞典)、
ツラはツレア(連顕)の約(国語本義)、
と、「連」と絡める説が多いが、これは、上記万葉集の、
巨勢(こせ)山の列々(つらつら)椿都良々々(ツラツラ)に見つつ思(しの)はな巨勢の春野を、
を、
連連(つらつら)の意、
とする説(万葉集略解・万葉集古義)からきているようだ(精選版日本国語大辞典)。しかし、
つらつら椿、
の、
つらつら、
は、確かに、
列々、
と使っているように、
連なっている、
意で、
連連、
の意でいいが、
都良々々(ツラツラ)、
は、別の字を当てており、
連連、
とは区別していると見るべきではないか。
他の語源説には、
ツヅラ(蔓)から派生した語(国語溯原=大矢徹)、
と、どちらかというと、
連連、
と、似た発想になる。さらに、
ツラは、ツヨシ(強)のツヨ、ツユ(露)、ツラ(頬・面)と同根(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
とする説もある。いずれの語源説も、
よくよく、
念入り、
という意味とのつながりは見えてこない。「つら」は、上記でも、
列々(つらつら)椿、
と当てているように、
連、
列、
と当て、
連なる、
ならぶ、
意である。これが、
途絶えず続く意味から転じ、じっと見つめたり、深く考えるさまを表すようになったと考えられている、
とされる(語源由来辞典)が、
つらなる、
ことが、
よくよく、
念入り、
の意へと意味の外延としては繋がりにくい気がする。ただ「連連」の、
空間的な連続、
が、
時間的な連続、
へと意味を転化させたということは、他の語の例でもよくあるので十分あり得るとはいえる。そうみれば、
連連、
にも根拠はある。
なお、「つらつら」を、
熟、
と当てるのは、
「熱」は「熟考」や「熟視」など、「十分に」「よくよく」といった意味からの当て字、
とされ(語源由来辞典)、
倩、
と当てるのは、中世、
記録資料をはじめ、「平家物語」など記録体の影響を受けた文学作品に、「倩」の表記が見られる、
とある。「倩」は、
漢籍では美しく笑うさま、あるいは、男子の美称であり、この「つらつら」との結び付きの由来はわからない、
とある(精選版日本国語大辞典)。
なお、「ツバキ(椿)」については触れた。
(「列」 楚系簡帛文字(簡帛は竹簡・木簡・帛書全てを指す) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%88%97より)
「列」(漢音レツ、呉音レチ)は、
会意文字。歹は、殘・死・殆(タイ)などに含まれ、骨の形。列は、「歹(ほね)+刀」で、一連の骨(背骨など)を刀で切り離して並べることを示す。裂(さく)の原字だが、列はむしろ一列に並ぶ意に傾いた、
とあり(漢字源)、
会意文字です(歹+刂(刀)。「毛髪のある頭骨」の象形と「刀」の象形から刀で首を切る、すなわち、「わける」を意味する「列」という漢字が成り立ちました。(また、「連」に通じ(「連」と同じ意味を持つようになって)、「つらなる」の意味も表すようになりました(https://okjiten.jp/kanji549.html)、
会意。𡿪(れつ)+刀。𡿪は断首の象。頭骨になお頭髪を存する形である。〔説文〕十一下は𡿪を「水流るること𡿪𡿪たるなり」とし、列を𡿪声とするが、𡿪は頭部を切りとった形。断首してこれを列することを列といい、これを呪禁に用いることを「遮迾(しやれつ)」という。殷墓には断首坑が多く、身首を別ち、各々別に十体ずつを一坑とし、数十坑にわたってこれを列するものがある。その遺構によって遮迾の実体が知られ、列・𡿪の字義を確かめることができる。それよりして列次・序列・整列・列世のように用いる(字通)、
ともあり、漢字源と解釈は同じだか、
形声。刀と、音符歹(ガツ)→(レツ)とから成る。順に分解する、さく意を表す。転じて「つらねる」意に用いる。(角川新字源)、
と形声文字とするものもある。しかし、
偏の「𡿪」は、「死」や「殘」などの文字に含まれる「歹」とは全く関係がない、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%88%97)、字通と同じく、
形声。「刀」+音符「𡿪 /*RAT/」
としている(仝上)説がある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95