2025年01月05日

つらつら椿


巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲(しの)はな巨勢の春野を(万葉集)

の、

偲ふ、

は、

眼前の物を通して眼前にない物を偲ぶ意、

とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

つらつら椿、

の、

ツラ、

は、

列の意、

で、

列列椿

と当て(広辞苑・岩波古語辞典)、

並んで数多く咲いている椿の花、

の意で、後ろの、

つらつら、

の、

序、

に用いる(広辞苑)。

序、

は、

和歌などで、或る語句を導き出すために置く修飾句。枕詞より長い、

とある(岩波古語辞典)。それが導き出す、

つらつら

については触れたが、

倩、
倩々、
熟、
熟々、

等々と当て、

つらつら思へば、誉れを愛する人は、人の聞(きき)をよろこぶなり(徒然草)、

というように、

つくづく、
よくよく、

の意で使う(広辞苑)。類聚名義抄(11~12世紀)には、

熟、ツラツラ、コマヤカナリ、クハシ、

とあり、さらに、

倩、ツラツラ、

ともある。また、「つらつら」は、

御涙にぞむせびつつ、つらつら返事もましまさず(浄瑠璃「むらまつ」)、

と、

すらすら、

の意でも使うが、これは、

滑々、

と当てる、

なめらかなさま、
つるつる、

の意となる。

倩、
熟、

と当てる「つらつら」は、

「と」を伴って用いることもある。古くは「に」を伴うこともあった、

とされ、

物ごとを念を入れてするさまを表わす語、

なので、

つくづく、
よくよく、
念入りに、

の意で使われるが、詳しく見ると、冒頭の、

巨勢(こせ)山の列々(つらつら)椿都良々々(ツラツラ)に見つつしのはな巨勢の春野を(万葉集)、

と、

じっと見つめるさま、熟視するさま、

の意、

伝燈の良匠にあらずして、強ひて訂(ツラツラ)この事をかへりみる(「霊異記(810~824)」)、

と、

物事を深く考えるさま、
熟考するさま、

の意、

つらつらと歎き居たり(「今昔物語(1120頃)」)、

と、

深く嘆き、また反省するさま、

の意と、

男も草臥て、つらつら寝入ければ(仮名草子「東海道名所記(1659~61頃)」)、

と、

よく寝入るさま、
ぐっすり、

の意と、単純に「よくよく」「つくづく」には置き換えられない含意の幅があり(精選版日本国語大辞典)、また当てた字も違うものもあるようである。

で、「つらつら」の語源を見ると、

絶えず続きての意(大言海)、
不断の意から転じた(日本古語大辞典=松岡静雄)、

として、

連連(つらつら)の義、

とするもの、あるいは、

連ね連ねの約(日本語源広辞典)、
ツラはツレア(連顕)の約(国語本義)、

と、「連」と絡める説が多いが、これは、上記万葉集の、

巨勢(こせ)山の列々(つらつら)椿都良々々(ツラツラ)に見つつ思(しの)はな巨勢の春野を、

を、

連連(つらつら)の意、

とする説(万葉集略解・万葉集古義)からきているようだ(精選版日本国語大辞典)。しかし、

つらつら椿、

の、

つらつら、

は、確かに、

列々、

と使っているように、

連なっている、

意で、

連連、

の意でいいが、

都良々々(ツラツラ)、

は、別の字を当てており、

連連、

とは区別していると見るべきではないか。

他の語源説には、

ツヅラ(蔓)から派生した語(国語溯原=大矢徹)、

と、どちらかというと、

連連、

と、似た発想になる。さらに、

ツラは、ツヨシ(強)のツヨ、ツユ(露)、ツラ(頬・面)と同根(続上代特殊仮名音義=森重敏)、

とする説もある。いずれの語源説も、

よくよく、
念入り、

という意味とのつながりは見えてこない。「つら」は、上記でも、

列々(つらつら)椿、

と当てているように、

連、
列、

と当て、

連なる、
ならぶ、

意である。これが、

途絶えず続く意味から転じ、じっと見つめたり、深く考えるさまを表すようになったと考えられている、

とされる(語源由来辞典)が、

つらなる、

ことが、

よくよく、
念入り、

の意へと意味の外延としては繋がりにくい気がする。ただ「連連」の、

空間的な連続、

が、

時間的な連続、

へと意味を転化させたということは、他の語の例でもよくあるので十分あり得るとはいえる。そうみれば、

連連、

にも根拠はある。

なお、「つらつら」を、

熟、

と当てるのは、

「熱」は「熟考」や「熟視」など、「十分に」「よくよく」といった意味からの当て字、

とされ(語源由来辞典)、

倩、

と当てるのは、中世、

記録資料をはじめ、「平家物語」など記録体の影響を受けた文学作品に、「倩」の表記が見られる、

とある。「倩」は、

漢籍では美しく笑うさま、あるいは、男子の美称であり、この「つらつら」との結び付きの由来はわからない、

とある(精選版日本国語大辞典)。

なお、「ツバキ(椿)」については触れた。

「列」.gif

(「列」 https://kakijun.jp/page/0634200.htmlより)

「列」 楚系簡帛文字.png

(「列」 楚系簡帛文字(簡帛は竹簡・木簡・帛書全てを指す) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%88%97より)

「列」(漢音レツ、呉音レチ)は、

会意文字。歹は、殘・死・殆(タイ)などに含まれ、骨の形。列は、「歹(ほね)+刀」で、一連の骨(背骨など)を刀で切り離して並べることを示す。裂(さく)の原字だが、列はむしろ一列に並ぶ意に傾いた、

とあり(漢字源)、

会意文字です(歹+刂(刀)。「毛髪のある頭骨」の象形と「刀」の象形から刀で首を切る、すなわち、「わける」を意味する「列」という漢字が成り立ちました。(また、「連」に通じ(「連」と同じ意味を持つようになって)、「つらなる」の意味も表すようになりましたhttps://okjiten.jp/kanji549.html)

会意。𡿪(れつ)+刀。𡿪は断首の象。頭骨になお頭髪を存する形である。〔説文〕十一下は𡿪を「水流るること𡿪𡿪たるなり」とし、列を𡿪声とするが、𡿪は頭部を切りとった形。断首してこれを列することを列といい、これを呪禁に用いることを「遮迾(しやれつ)」という。殷墓には断首坑が多く、身首を別ち、各々別に十体ずつを一坑とし、数十坑にわたってこれを列するものがある。その遺構によって遮迾の実体が知られ、列・𡿪の字義を確かめることができる。それよりして列次・序列・整列・列世のように用いる(字通)、

ともあり、漢字源と解釈は同じだか、

形声。刀と、音符歹(ガツ)→(レツ)とから成る。順に分解する、さく意を表す。転じて「つらねる」意に用いる。(角川新字源)、

と形声文字とするものもある。しかし、

偏の「𡿪」は、「死」や「殘」などの文字に含まれる「歹」とは全く関係がない、

とありhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%88%97、字通と同じく、

形声。「刀」+音符「𡿪 /*RAT/」

としている(仝上)説がある。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:39| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする