玉櫛笥(たまくしげ)みもろの山のさな葛さ寝ずはつひに有りかつましじ(万葉集)
の、
さな葛、
は、
びなん葛か、
とあり、
上三句は序。類音で「さ寝ずは」を起す。サナは美称、
とし、
かつましじ、
の、
カツはできる意の下二段補助動詞、マシジは打消の推量の助動詞、
としている(伊藤博訳注『新版万葉集』)。ちなみに、
玉葛(たまかづら)実ならぬ木にはちはやぶる神ぞつくといふならぬ木ごとに(大伴宿禰)、
玉葛花のみ咲きてならずあるは誰が恋にあらめ我(あ)は恋ひ思ふを(巨勢郎女)
の問答歌の、
玉葛実ならぬ木、
の、
玉葛、
は、
さな葛、
をいい、
「実」の枕詞、
になるが、
さね葛の雌木は実をつけ、雄木は花だけが咲く、
とある(仝上)。
(さね葛 デジタル大辞泉より)
さなかづら、
は、
さねかづらの古名、
とあり、
佐那葛(サナかづら)の根を舂(つ)き、其の汁の滑(なめ)を取りて(古事記)、
と使われるが、上述の注釈とは異なり、
サは発語(サ衣、、サ牡鹿)、ナは滑(な)のナ、滑葛(なめりかづら)の意(古事記伝)。滑(なめり)多きものなり、さねかづらと云ふは、音転なり(偏拗(かたくね)、かたくな。神祈(かんねぎ)、かんなぎ)、
とする説もある(大言海)。
さなかづらの、
さねかづらの、
で、
狭根葛(さねかづら)後もあはむと大船(おほぶね)の思ひたのみてたまかぎるいはかきふちのこもりのみ(万葉集)、
大船の思ひ頼みてさな葛いや遠長く我が思へる君によりては言の故もなくありこそと(仝上)、
などと、
蔓が長く伸びるので「遠長く」に、分れてまた会うので「会ふ」にかかる(岩波古語辞典)、
はい回った蔓が末で逢うということから「逢う」「のちも逢う」にかかる。また、蔓をたぐるということから、「繰(く)る」と同音の「来る」にかかる(精選版日本国語大辞典)、
枕詞として使われる。ただ、中古以降の用法は、
つれなきを思ひしのぶのさねかつらはては来るをも厭なりけり(後撰和歌集)、
あふ事は絶にし物をさねかつらまたいかにして苦しかるらん(木工権頭為忠百首)、
と、
「来る」「苦し」「絶ゆ」などを掛詞や縁語として多用し、「さね」に「さ寝」をかけたりして用いられた(仝上)とある。
さなかづら、
の転訛とされる、
さねかづら、
は、
真葛、
実葛、
と当て(精選版日本国語大辞典)、
五味子髪を結ふにびなんかづらとて南五味子の茎を水に漬しそのねばり汁を用ゆ(「嬉遊笑覧(1830)」)、
と、
サネカズラの茎をこまかく切り、水につけてつくった頭髪油として髪を整えた、
ので、上述の注釈にある、
美男葛(びなんかずら)、
ともいい(デジタル大辞泉・仝上)、
五味、
とも(大言海)、
とろろかづら、
ともいう(精選版日本国語大辞典)。和名類聚抄(931~38年)に、
五味、作禰加豆良、
とあり、
マツブサ科の蔓性つるせいの常緑低木。暖地の山野に自生。葉は楕円形で先がとがり、つやがある。雌雄異株で、夏、黄白色の花をつけ、実は熟すと赤くなる(デジタル大辞泉)、
ともあるが、
モクレン科のつる性常緑木。関東以西の本州、四国、九州の山地に生える。枝は褐色で皮に粘液を含む。葉は互生し柄をもち革質で厚く、長さ五~一〇センチメートルの楕円形の両端がとがり、縁にまばらな鋸歯(きょし)があって裏面は紫色を帯びる。雌雄異株(雄花と雌花が別の株に咲く)。夏、葉腋(ようえき)に淡黄白色で径約一・五センチメートルの広鐘状花を下向きに単生する。花被片は九~一五枚、雌雄蕊は多数。果実は径約五ミリメートルの球形の液果で、ふくらんだ花托(かたく)のまわりに球状に多数つき赤熟する。果実を干したものを南五味子と呼び北五味子(チョウセンゴミシ)の代用として健胃・強壮薬にする。古来枝の皮に含まれる粘液物を髪油や製紙用の糊料に用いた、
とある(https://www.kahaku.go.jp/research/db/botany/wild_p100/autumn/14_sanekazura.html・精選版日本国語大辞典)。漢方に、
五味子(ごみし)、
があり、
サネカズラ、
また、
チョウセンゴミシ、
の種子をいう(仝上)。
酸味・塩から味・甘味・苦味・辛味があるといい、漢方では鎮咳・強壮薬などに用いる、
とあり(仝上)、前者を、
南五味子、
後者を、
北五味子、
というとある(仝上)。
さねかづら、
は、上述したように、
さなかづらの音転、
とされているが、それ以外に、
ナメリ(滑)があるところから、サネはサナメ(真滑)の約(古事記伝)、
マヌル(真滑)の義(雅言考)、
サネカヅラ(実葛)の義(名語記・言元梯・名言通)、
サネ(実)のあらわになった葛の意(植物和名の語源=深津正)、
サネ、またサナという名の蔓草の義(万葉集講義=折口信夫)、
等々、その生態からとする説が多いようだが、古名が、
さなかづら、
なのだから、そこから由来を説かなくては、先後が逆である。
なお、
真葛、
を、
ま葛延ふ小野の浅茅を心ゆも人引かめやも我がなけなくに(万葉集)、
と、
まくづ、
と訓ませると、
「ま」は接頭語、葛の美称(デジタル大辞泉)、
と、
くづ、
のことである。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95