やすみしし我が大君し夕されば見(め)したまふらし明け来れば問ひたまふらし神岳(かみをか)の山の黄葉(もみち)を今日(けふ)もかも問ひたまはまし明日(あす)もかも見したまはましその山を(持統天皇)
の、
やすみしし、
は、
八隅知し(八隅知之)、
安見知し(安見知之)、
安美知し(安美知之)、
などと当て(大言海・広辞苑)、
八隅を治める、また、心安く天の下をしろしめす(広辞苑)、
万葉集に「八隅知之」と書かれているのは八方を統べ治める意によるという(岩波古語辞典)、
という意で、
わが大君、
わご大君、
にかかる枕詞として使われる(仝上)。で、
やすみしし、
の由来は、
安見(やすみし 見しは、左行四段の見すの敬語、名詞形)を為(し)(為(し)はスの連用形)たまふの意(「豊明見為(みしせ)す)今日は、国見之勢(しせ)して」などの類)、即ち、心安く天の下を知ろしめすの義(大言海)、
ヤスミシラシ(八隅知)の略(万葉代匠記)、
大八洲を知ろしめすの義(和訓栞)、
天下を安國と看し知ろし行わすところから(日本語源=賀茂百樹)、
ヤスミはあるきまった晩に神が降臨する意の動詞か(日本文学史ノート=折口信夫)、
ヤスミチシ(弥生主其)の転。ヤスミは大住宅の意で皇居を表す古語。シは接尾語(日本古語大辞典=松岡静雄)、
イヤスミ(彌隅)はヤスミ(八隅)になった。すみずみまでお治めになるという意味のヤスミシラス(八隅知らす)はヤスミシシに転音して「大君」の枕詞になった(日本語の語源)
等々、上述の、万葉集の表記、
八隅知之、
安見知之、
などから、確かに、
八隅を治める、安らかに見そなわす、
の意が考えられるが、
これらの表記は当時の解釈を示したものと見るべきで、原義は確かではない、
とある(日本語源大辞典)。なお、
八隅、
の表記は、中国の影響を受けたものとする説もある(仝上)。
八隅、
を、
天の下八隅の中にひとりますしまの大君万代までに(夫木集)、
と、
天皇の統治する国の四方八方のすみずみ、
の意で解するのも、
「やすみしし」の「やすみ」を、万葉集で「八隅」と表記した、
ところから後に生まれたものであり、
今は八隅(やすみ)しる名を逃れて、藐姑射(はこや)の山に住みかを占めたりといへども(新古今和歌集・仮名序)、
と、
八隅知る、
と、
ら/り/る/る/れ/れの、
自動詞ラ行四段活用で使うのも、
「やすみしし」に当てた漢字の「知」を「しる」とよんでできたもの、
である(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。
(「八」 金文・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%ABより)
「八入」で触れたように、「八」(漢音ハツ、呉音ハチ)は、異体字が、
捌(大字)、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%AB)、
指事。左右二つにわけたさまを示す(漢字源)、
指事。たがいに背き合っている二本の線で、わかれる意を表す。借りて、数詞の「やつ」の意に用いる(角川新字源)、
指事。両分の形。左右に両分して、数の八を示した。〔説文〕二上に「別るるなり」と近似音の別によって解するが、別は骨節を解くことである。半(半)は八に従い、牛牲を両分する意(字通)、
とあるが、別に
象形文字です。「二つに分かれている物」の象形から「わかれる」を意味する「八」という漢字が成り立ち、借りて、数の「やっつ」の意味も表すようになりました(https://okjiten.jp/kanji130.html)、
象形。二つに分かれる線を記したもの。「わかれる」を意味する漢語{別 /*bret/}を表す字。のち仮借して「8」を意味する漢語{八 /*preet/}に用いる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%AB)、
と象形文字とする説がある。
「隅」(慣用グウ、漢音呉音グ)は、
会意兼形声。禺(グウ)は、頭の大きい人まねざるを描いた象形文字で、似たものが他にもう一つあるの意を含む。隅は「阜(土盛り)+音符禺」で、土盛りをして□型や冂型にかこんだとき、一つ以上同じようなかどのできるかたすみ、
とある(漢字源)。また、
会意兼形声文字です(阝+禺)。「段のついた土山」の象形(「丘」の意味)と「大きな頭と尾を持ったサル、おながざる又は、なまけもの」の象形(「にぶい・はっきりしない」の意味)から丘のはっきり見えない「すみ」を意味する「隅」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1531.html)、
ともあるが、他は、
形声。「阜」+音符「禺 /*NGO/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9A%85)、
形声。阜と、音符禺(グ)とから成る。谷川の曲がった所、ひいて「すみ」の意を表す(角川新字源)、
形声。声符は禺(ぐ)。〔説文〕十四下に「陬(すう)なり」、前条の陬に「阪隅なり」とあり、山隅の意とする。およそ僻隅のところは神霊の住むところで、字もまた神梯を示す阜(ふ)に従う。禺は顒然(ぎょうぜん)たる木偶の意があり、神異のものを示すとみられる(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95