2025年01月20日
はふる
和田津(にきたつ)の荒磯(ありそ)の上にか青く生(お)ふる玉藻沖つ藻朝羽振(はふ)る風こそ寄らめ夕(ゆふ)羽振る波こそ来寄れ(柿本人麻呂)
の、
はふる、
は、
翥る、
羽振る、
と当て、
鳥がはばたきをする、
意である(岩波古語辞典)。また、
朝羽振る風こそ寄せめ夕羽振る波こそ来寄れ波のむたか寄りかく寄り(万葉集)、
朝羽振る波の音騒くあさはふるなみのおとさわく(仝上)、
などと、
鳥が羽を振るように立つ波・風の形容、
としても用いる(広辞苑)。
平安初期の『日本霊異記』の、
嬰児の女有り。中庭に匍匐ふを、鷲擒(と)りて空に騰りて、東を指して翥(ハフ)り、
の訓釋に、
翥、波不利、又云、加介利伊久、
和名類聚抄(平安中期)に、
翥、波布流、飛挙也、俗云、波豆豆、
字鏡(平安後期頃)に、
翥、擧也、、翔也、波不利止比伊奴、
類聚名義抄(11~12世紀)に、
翥、トブ、ハフル、
などとある。この、
はふる(羽振)、
は、
はふる(放)、
はふる(溢)、
はふる(屠)、
はぶる(葬)、
とは、清濁の決定し難い面もあるが、
基点とする場所から離れる、または離れさせるという意味を共通に持っているので、語源を同じくすると考えられる、
とある(精選版日本国語大辞典)。大言海には、
羽振る、
の他、
はふる、
と訓ませるものを、
扇る、
放る、
葬る、
投る、
屠る
被る、
溢る、
と挙げている。
扇る、
は、
羽(は)を活用す、羽振るの意、
とする、
起り触る。
扇(アフ)がれて振ひうごく、
意、
放(抛)る、
は、
大君を島に波夫良(ハブラ)ば船余りい帰り来むぞ我が疊(たたみ)ゆめ(古事記)、
と、
遠くへ放ちやる、
意や、
みまし大臣の家の内の子等をも、波布理(ハフリ)賜はず(続日本紀)、
と、
うちすてる、
閑却する、
すてておく、
意となり、
葬る、
は、
はぶる、
ほぶる、
と訓ませ(広辞苑)、
はぶる(放)と同根、
はふる(放)の語意と同じ、即ち、古へ、死者を野山へ放(はふ)らかしたるにより起こる(大言海)、
と、
死者を埋めること、
野山へ送り遣ること、
転じて、
葬る、
意となり、
投る、
は、
放(はふ)る意(大言海)、
放(はふ)る意、
とあり、
衣の上に投げかける、
羽織る、
意と共に、
投げ遣る、
意もある。
屠(屠)る、
は、
窮刀極俎、既屠且膾(欽明紀)、
と、
ほふ(屠)る、
意、また、
切散(キリハフリ)、其蛇(古事記)、
と、
切り散らす、
意でもある。
溢る、
は、類聚名義抄(11~12世紀)に、
灑、ハフル、
とあり、
葦鶴のすだく池水溢(はふ)るともまけ溝の辺(へ)に吾れ越えめやも(万葉集)、
と、
溢れる、
意である。
放(はぶ)る、
は、
溢(はふ)るの転なるべし、此の放るると同意なるあふるると云ふ語あり(大言海)、
とあり、
つながるものの放れ散る、
鎮まり居るものの散り乱れる、
意が、転じて、
親なくして後に、とかく、はふれて、人の国に、はかなき所にすみけるを(大和物語)、
と、
家を離れてさまよう、
さすらう、
流離する、
意、さらに転じて、
落ちぶれる、
零落、
流離、
意で使う。
「翥」(ショ)は、
形声。「羽+音符者」、
とある(漢字源)。「高く飛びあがる」意であるが、
鳳翥(ほうしょ・ぼうしょ)、
というと、
鳳凰(ほうおう)が高く飛びあがること、
をいい、転じて、
龍潜王子、翔雲鶴於風筆、鳳翥天皇、泛月舟於霧渚」(懐風藻(751)序)、
と、
人物や書画などの品格がきわめて高いことのたとえ、
として使う(精選版日本国語大辞典)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
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