2012年10月28日
リーダーシップをとるという生き方を選択する
明治維新後,四半世紀経て執筆され,更に10年後にやっと上梓された,福沢諭吉が『痩我慢の説』で,勝海舟の幕末の政権運営を,「予め必敗を期し,その未だ実際に敗れざるに先んじて自ら自家の大権を投棄し,只管平和を買わんとて勉めた」と痛罵したのに対し,福沢から送られたその本へ,勝はこう返事したといわれています。「行蔵は我に存す,毀誉は他人の主張,我に与からず我に関せずと存じ候」。簡潔な,しかし痛烈な返答の後背にあるのは,リーダーを語ることとリーダーたることとは違います。リーダーシップを論じることとリーダーシップとも違います,という勝の矜持です。『痩我慢の説』は,維新後四半世紀経て後執筆され,更に10年も後に上梓されています。そのときが終わってから,何を言おうと所詮評論でしかない。勝の口癖,「機があるのだもの」という声が聞こえてきそうだ。
リーダーを論ずることとリーダーシップを論ずることとは,微妙な違いがある。確かにリーダーはポジションを指し,そのポジションを機能せしめる働きとして,リーダーシップは重要になる。だからといってリーダー論ずることが,リーダーシップを論ずることの代用にはならない。なぜなら,リーダーシップはポジションに関係なく,すべてのものに必要なものだからだ。すくなくとも,組織で動くものにとっては,それなしでは仕事することは,蛸壺の中で自己完結して仕事することを意味し,それは真に仕事するということにはならないからだ。
たとえば,仕事を問題解決と置き換えて考えてみる。問題を解決していくというのは,次々起こる問題に対処するという意味ではない。目標立て,そこのある障害(問題)をクリアして,目標を達成していくことと置き換えれば,仕事のイメージが明確になる。単に原状回復ではなく,目指すべき水準(期待値と置き換えてもいい)を実現していく,ということである。その場合,問題のハードルが高ければ高いほど,つまり目指す達成水準が高いほど,自己完結していて実現できるはずはない。そのとき,問題解決とは,それ解決できるモノやコトを動かせる人を動かさなければ,一人で出来るはずはないのだ。
では幕末,海舟と諭吉にとって,目指すべき目標は何か。それは,徳川家を存続させることでしかない。なぜなら,既に大政奉還し,幕府機能は朝廷に返上しており,幕府はないからだ。そのとき,勝がつかった論法は,薩摩,長州という藩を残したまま,徳川家のみを潰そうとするのは,「薩長の私だ」という理屈だ。西郷は,「我国を捨て皇国を興す」(ここでいう国は薩摩藩を意味する)と書いていた。慶喜に辞官納地を求めるなら,薩摩も長州も領地を返納しなくてはならない。徳川だけにそれを求めるのは,「私」であり,それを強いるのは「私」だ。大政奉還した慶喜のほうが「公」である,という論法だ。
鳥羽伏見の敗戦で戦線離脱し,逃げ帰ってきて,しおれている徳川慶喜と幕閣に,「だから言わんことじゃない,どうするつもりか」と,面罵した。さんざん慶喜に煮え湯を飲まされた海舟は,ここで既に慶喜が投げ出してしまっているのだ,海舟も投げ出しても良かった。「何をいまさら,俺は知らぬ」という選択肢もあったはずだ。しかし,勝はすべてを引き受ける。松浦は,「ひとは状況にしたがって自分の価値を最も発揮できる生き方を確立する権利がある」と書く。
ここから勝のリーダーシップが発揮されていく。まずは,徹底恭順するよう上司(慶喜)を動かし,そうやって「私」を捨てた徳川が「公」を貫くことで,相手にも「公」で応じさせようとする。相手にも「私」を捨てさせようとする。「我今至柔示して,之に報ゆるに誠意以ってし,城渡す可し,土地納む可し,天下の公道に処して,其興廃を天に任せんには,彼また如何せむや」と。見事に徳川家を残したのだ。
諭吉のような外部の人間には,その瞬間の勝の立ち位置は見えない。このとき最もおのれの真価を発揮できる,そういう生き方を,このとき勝は選択している。リーダーシップとはそういうものだ,と勝は言っている。だから後から何をいわれても,毀誉は他人の主張,我に与からず我に関せず,なのだ。その一瞬,その人の生き方の価値にかかわる,選択肢が目の前に現れる。それを選んだとき,そのリーダーシップは,そういう個性,個の輝きをもっている。それはほんの些細な問題解決でも同じである。
組織にいる人間にとって,リーダーシップとは,トップに限らず組織成員すべてが,いま自分が何かをしなければならないと思ったとき(それを覚悟という),みずからの旗を掲げ,周囲に働きかけていく。その旗が上位者を含めた組織成員に共有化され,組織全体を動かしたとき,その旗は組織の旗になる。リーダーシップにふさわしいパーソナリティがあるわけではない。何とかしなくてはならないという思いがひとり自分だけのものではないと確信し,それが組織成員のものとなれば,リーダーシップなのである。
参考文献;松浦玲『勝海舟』(中公新書)
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