2012年12月31日
弦(ひも)は線ではなく面であり立体でもある~『重力とは何か』を読んでⅡ
前回に引き続いて,大栗博司『重力とは何か』(幻冬舎新書)を読んだ感想を続ける。
70年代からマクロとミクロを統合すると期待された超弦理論であったが, 困った問題が立ちはだかっていた。
そのひとつは,理論が成り立つためには宇宙が10次元(空間9次元+時間1次元)である必要があり,6つの余分な次元がなぜ必要なのかが,理論の欠陥とみなされたこと。
さらに,実験で見つかっていない奇妙な粒子が,理論に含まれていること。
後者は,ジョン・シュワルツと米谷民明によって,前者は,十年後の 1984年, ジョン・シュワルツらによって,6つの余剰空間を小さな空間に丸め込むことで,通常の三次元を除く余剰空間が見えなくなるメカニズムを発見し,再び日の目を見ることになる。
当時の研究者たちにとって,それは奇跡的なことだと思えました。最初からそこを目指していたわけではないのに,たまたま最高の形であらゆるパーツが揃っていた。そのため多くの研究者が「これが最終解答に違いない」と考え,超弦理論に惹かれていったのです。
当時大学院に進んだばかりの著者自身も,この分野を主戦場にしょうと決めた,という。しかし,
一筋縄では理解できません。とくに,超弦理論に使われる「カラビ=ヤウ多様体」と呼ばれる六次元空間では,2点間の距離をどうやって測るかという単純なことさえわかっていなかったのです。
そんな超弦理論の行きづまりを打破したのは,10年後の1995年,エドワード・ウィッテンが,一次元の弦でなくてもいいという画期的な構想を発表した。
「点」でない粒子を考えるなら,一次元だけではなく,たとえば,「二次元の膜」や「三次元の立体」のようなものを考えてもいいはずです。なにしろ空間が九次元まであるのですから,素粒子が広がる次元にも選択肢はたくさんある。四次元,五次元,六次元…に広がった素粒子があってもいいでしょう。……アインシュタインの重力方程式から導かれるブラックホールの解は,質量がある一点(ゼロ次元)に集まってできるものでした。しかし超弦理論の方程式を解くと,ゼロ次元に質量が集まるブラックホール以外に,線(二次元),面(二次元),立体(三次元)…などに沿って質量が集まる解があることがわかります。それをすべて考えよう,というウィッテンが提案したところから「第二次超弦理論革命」が幕を開けました。
いままでもそれに近いアイデアはあったが,一旦,そこで新しいパースペクティブが開くと,クーンのパラダイム変革ではないが,一気に視界が広がっていく。一つの仮説が行き詰まり,それを諦めず追い詰めたものが,それを突破するアイデアを着想する。そういう繰り返しの中,螺旋階段を上る,というより,踊り場から数段ステージを一気に登る,今その時代の中にあるらしい。
想定するさまざまな「膜」のことを「ブレーン(brane)」と呼びます。これは,二次元の膜を意味する「メインブレーン(membrane)という英語からの造語です。…ゼロ次元の点を「0-ブレーン」,一次元の線を「1-ブレーン」,二次元の面を「2-ブレーン」…と呼び,一般にp次元の(pは0,1,2といった次元を表す整数)の膜を「p-ブレーン」と呼んでいました。
ちなみに,英語では,「pea」は「豆」のことで,「pea brain」と言えば,「豆頭=お馬鹿さん」の意味もあり,綴りは違うが,「p-brane」は,それにひっかけたイギリス流のユーモアでもありました。
と著者は付け加えてる。そういえば,iPS細胞のiも,当時世界的に大流行していた米アップルの携帯音楽プレーヤーiPodのように普及してほしいとの願いが込められているそうだ。そういえば,最初になづけるには,それなりに発見者や発明者の思いがこもっている。
名づけるとは,物事を想像または生成させる行為であり,そのようにして誕生した物事の認識そのものであった。(中略)人間は名前によって,連続体としてある世界に切れ目を入れ対象を区切り,相互に分離することを通じて事物を生成させ,それぞれの名前を組織化することによって事物を了解する。(中略)ある事物についての名前を獲ることは,その存在についての認識の獲得それ自体を意味するのであった。(『「名づけ」の精神史』)
だからこそ,ヴィトゲンシュタインのいう,持っている言葉によって見える世界が違うことが起こる。それは別の話だが,ここでは,新たに視界に入った図,いままでは一様の地でしかなかったものに,図が見えたことを意味する。とすれば,その名づけには特別な意味がある。
この数か月後,ジョセフ・ボルチンスキーが,両端のある「開いた弦」のアイデアを提起する(この膜をD-ブレーンと呼ぶ。このDは,19世紀の数学者のグスタフ・ディリクレからとっているらしい)。それを,こう説明する。
ブラックホールの近くを閉じた弦がたくさん飛び回っているとしましょう。ブラックホールの表面は事象の地平線で,その中の様子は遠方からは観察することができません。そのため,閉じた弦の半分だけが,たまたま事象の地平線を越えて中に入ったとして,それを遠方からみると,「両端のある弦」がブラックホールの表面に張り付いているように見えます。このような考察から,ボルチンスキーは,ブラックホールの表面には開いた弦の端が張り付いていると考えました。
この結果,次のような視界が開けていく。
表面に張り付いた弦をブラックホールの「自由度」とみなせることがわかりました。物理学では,物の状態を表すのに自由度という概念を用います。たとえば,ある部屋の空気の自由度は,それぞれの分子の位置です。分子の位置をすべて決めれば,部屋の中の空気の状態が完全に決まります。
ブラックホールの場合には,その自由度が表面に張り付いた弦であることが,ボルチンスキーのアイデアによってわかったのです。自由度がわかれば,ブラックホールにどのような状態があるのかもわかり,その状態の総数(すなわち書き込める情報量)を計算することができるようになりました。
たとえば私のミクロな自由度は,私の体を構成する原子の配置にほかなりません。それになぞらえて言うなら,表面に張り付いた弦はブラックホールの「原子」のようなものだと言えるでしょう。
だとすれば,空気の分子によって熱や温度などの性質がミクロな立場から導き出せるのと同じように,「原子」である開いた弦によって,ブラックホールの発熱をミクロな立場から理解できるはずです。
その計算を最初に行ったのは,アンドリュー・ストロミンジャーとカムラン・バッファで,その結果ブラックホールが大きくなる極限ではホーキングの計算から期待された状態数(10の「10の78乗」)と一致し,質量の大きなブラックボックスでの問題を解決し,次は,ミクロの小さいブラックホールの状態をどう理解するかです。そこで,著者は,かつて三人の共同研究者と発表した「トポロジカルな弦理論」を使って,アンドリュー・ストロミンジャーとカムラン・バッファに呼び掛け,あらゆるサイズのブラックホールの状態数を計算できることを突き止める。
しかしブラックホール問題には,奇妙な計算結果が見つかる。
それは,ホーキングの計算と超弦理論の計算が一致したブラックホールの状態の数が,ブラックホールの体積ではなく,「表面積」に比例していることです。
この不思議な事実から,ひとつのアイデアが生まれる。ブラックホールの中で起きていることは,すべてその表面が知っているのではないか。つまり,
三次元空間のある領域で起きる重力現象は,すべてその空間の果てに設置されたスクリーンに投影されて,スクリーンの上の二次元世界の現象として理解することができる…。
これを,重力のホログラフィー原理と名付けられている,という。
この結果,奇妙な事態に陥るのだが,それは次回に譲る。しかし次々とアイデアに時代が開かれ,さらにまたそこから次のアイデアに導かれていく,その沸騰する雰囲気がうらやましい。もちろん,すべてが紳士的であるわけではなく,出し抜いたり,改竄したり,ねつ造したり,だましたり,人を追い詰めたり,といった,どの世界にもある葛藤,闘争もある。そのあたりは,アレクサンダー・コーンの『科学の罠』『科学の運』(工作舎)やアービング・M・クロツの『幻の大発見』(朝日新聞社)あたりに詳しい。
それでも,アイデアを競いあうという,いわばタイムラグのあるブレストというかキャッチボールは,いまや時々刻々,ネットを介して瞬時に行われている。著者が,ジョン・シュワルツらの論文を船便で待ち,スタートダッシュで三か月の遅れをとったという,焦りがよくわかる。
参考文献;
ブライアン・グリーン『宇宙を織りなすもの』(草思社)
ブライアン・グリーン『エレガントな宇宙』(草思社)
市村弘正『「名づけ」の精神史』(みすず書房)
今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
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