2013年05月04日

空海のスケール


篠原資明『空海と日本思想』(岩波新書)を読んで。

著者は,プラトンに西洋哲学の基本系として,美とイデアと政治,を見て,それを日本になぞらえ,空海の風雅・成仏・政治を仮定した。それに基づいて,日本思想の基本系を推し量ろうとしている。

その仮説の是非はともかく,ある意味では,芸術から宗教,政治に関わる幅広い空海の知的活動を網羅する試みであり,その巨大な思想の後世への影響を見積もろうとしている,ともとれる。空海の書は知られているが,現存する個人詩集のある,日本最古の詩人でもある。

①風雅について

ここでいう,風雅は,芭蕉の『笈の小文』にいう,

西行の和歌における,宗祇の連歌における,雪舟の絵における,利休が茶における,其貫道するものは一なり。しかも風雅におけるもの,造化に随い四時を友とす。

の意味になる。それを著者は,

和歌と連歌と絵と俳諧を統括するものが風雅に見出されていること。第二に,その風雅のありようが,自然に従い季節の運行を友とするものとして理解されていることだ。

とまとめ,風雅が芸術全般に及ぶ広い意味につかわれる遠因に,空海がいる,という。空海は言う。

目もて其の物を覩(み)れば,即ち心に入る。心に其の物に通じ,物通ずれば即ち言ふ。其の状を言ふこと,須く其の景に似るべし。語は須く天海の内を,皆な方寸に納むべし。

詩は志に本づくなり,心に在るを志と為し,言に発するを詩と為す。情(こころ)中に動きて,言に形(あら)はれ,然る後に之を紙に書くなり。(『文鏡秘府論』)

空海に心酔する京極為兼は,その歌論『為兼卿和歌抄』において,こう書く。「うちに動心をほかにあらわして,紙に書き候事」。芭蕉もまた,空海を意識して,こう風雅を語る。「古人の跡を求めず,古人の求めたるところを求めよ」と,南山大師(弘法大師)の筆の道にも見えたり。風雅も又これに同じ」と。

必ず須く心を境物に遊ばしめ,懐抱を散逸す,法を四時に取り,形を万類に象るべし。

と,心を自然のあれこれに遊ばせつつ,吸収し,それらを自分のうちからわきいずるように詩と書にあらわす,そう空海は言う。

しかし,その背後にあるのは,服部土芳が,「乾坤の変は風雅の種」と芭蕉の言葉を伝えつつ,「無常の観,なほ亡師の心なり」と付け加えざるを得ない心情である。空海は,長編詩「山に遊むで仙を慕ふ」で,

一身独り生歿す
電影是れ無常なり

とうたう。その背後にあるのは,金剛般若経の,

一切の有為法は,夢・幻・泡・影の如く
露の如く,また,電の如し
まさにかくの如き観を作すべし

ここで連想されるのが,「さび」だろう。その理解に必要なのは,草庵と隠遁という生活のありようだ,という。つまり,無常,離脱,大自然。その要件は,空海の,上記詩句の,「わが身はひとりぼっちで死んでいく,まさに稲光のように一瞬だ」の中に満ちている。

②即身成仏について

遮那阿誰(たれ)が号(な)ぞ
本是れ我が心王なり

空海のこの詩句を,前述した「語は須く天海の内を,皆な方寸に納むべし」と対比するとき,

仏も人も,六大,すなわち,地・水・火・風・空・識を共通要素とし,それ以外の非情と呼ばれる存在も含めてありとあらゆるものが六大からなる。地・水・火・風は物質要素,空は環境,識は心(『即身成仏義』)。この立場からすれば,法身大日如来と個々人との間に本質的違いはない。見方を変えれば,すべてが大日如来に通じている。だからこそ,大日如来の境地に立ちいたるのに,この身を捨てず,この身に即して大日如来になることができる,いやすでに,大日如来となっている。即身成仏とはこのことをいう。

誰もがあるがままにあらゆるものを知る智を備えている。とすれば,

五大には皆響き有り
十界には言語を具す
六塵悉く文字なり
法身は是れ実相なり

つまり,森羅万象が言語表現を行う。人がそれを友として,表現を行うことはありえる。古今集は言っている。「花に鳴く鶯,水に住むかはづの声を聞けば,生きとし生けるもの,いづれか歌をよまざりける」と。芭蕉も,「松のことは松に習へ,竹のことは竹に習へ」と教える。

③政治について

生けるものの世界,および生けるものが拠りどころとする自然世界をあわせて国と名づける。智慧は,よくこのふたつの世界を護って災難を払いのけ幸福を招く。それを護国と名づける。

そう空海は言う。一切衆生をしてみな歓喜を得せしむために,成仏がある。そのために高野山に伽藍を建立する。大日如来の悟りのいきわたる世界にするために。それを報恩という。

父母の恩,国王の恩,衆生の恩,仏法僧の恩。この四恩に報いる。

生きとし生けるものは,輪廻転生を繰り返すなかで,自分の父であったかもしれず,子であったかもしれず,王,さらには師であったかもしれない。だからこそ,衆生に報いるべきと,空海は説く。

最後に著者は,長編詩「山に遊むで仙を慕ふ」から,二行ずつ摘み取り,

一身独り生歿す
電影是れ無常なり
遮那阿誰(たれ)が号(な)ぞ
本是れ我が心王なり

四行詩にして,こうまとめる。

わが身は一人ぼっちで生まれては死んでいく。まさに稲光のように一瞬のうちに。大日如来とは,元はと言えば,自分の心のことだ。ここにある,「寂しさ」に,三つの段階をみる。

第一は,孤独感が無常観によって強められる
第二は,無常観の共有による孤独感がいやされる
第三は,無常とは,生成変化するものすべてに共通する

ここに,風雅の道がある,という。芭蕉の,

無常の観,なお亡師の心なり
千変万化するものは自然の理也
不易流行
乾坤の変は風雅の種なり
新しみは俳諧の花也

風雅には,芭蕉にとって,生成変化する自然に身も心も託しきる。そこに,寂しさと新しみがある。

とまあ,基本系という枠組みの中で,風雅をとらえ直す試みということができる。背景に,ここでは詳しく触れなかったが,本地垂迹つまり,密教に組み込まれた神道,アマテラスが大日如来を本地として日本に姿を現した等々をも併せ考えていくと,空海の巨大な影響力が見えてくる。

しかし本書は,最後に三島由紀夫になぞらえて,天皇に言及し,天皇によって執り行われる和歌とまつりごとは,自然を真ん中において,和歌・自然・まつりごととして構造化され,わが国の,風雅・と政治の雛形だと位置づけなおして見せた。ここは,異論の出そうなところかもしれない。むしろ,空海の掌の上に,すべて乗っている,と見たほうがスケールが大きくていいかもしれない。


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posted by Toshi at 05:55| Comment(6) | 日記 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
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