2013年05月25日

組織の学習と個人の学習


ピーター・M・センゲの『学習する組織』を読んだ。何年前か,『フィールドブック 学習する組織「5つの能力」』を読んだ時の,脳の発酵するような興奮はなく,正直に言うと,醒めて,眉に唾をつけつつ読んでいた。

それは単に自分の側の変化なのか,時代の変化なのか,僕自身には見極めがつかない。ただ,距離を置いて,それを計っている自分がいたことは確かだ。

学習する組織のディシプリンとして,

システム思考
自己マスタリー
メンタル・モデル
共有ビジョン
チーム学習

という中で,他のディシプリンは,当たり前で,最も気になるのは,自己マスタリーだ。

自己マスタリーとは,

自分たちにとって最も重要である結果をつねに実現することができる―要するに,芸術家が作品に取り組むがごとくに人生に向き合う。自身の生涯を通じた学習に身を投じることによってそれを実現するのである。

といい,このディシプリンは,

継続的に私たちの個人のビジョンを明確にし,それを客観的に深めることであり,エネルギーを集中させること,忍耐力を身に着けること,そして,現実を客観的に見ることである。

という。別にすべての人がスーパーマンになることを前提にしているのではないと思うが,「学習」に焦点を合わせることで,何かがずれているように思えてならない。もちろん,そういう人の成長を組織が促すのは大事だが,あくまで,組織でのかかわりの中であって,それ以上でも以下でもない。組織内人生=自分の人生ではないのだから。

そういう時に,清水博さんのモデルが思い出される。これについては,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11189806.html

で触れたが,サッカーの例を挙げている。

サッカーの選手たちが,サッカー場という居場所に自分で自分の役割を位置づけることができるようになると,はじめて立派にチームプレーをすることができる。

あるいはフランスのサッカーチームとの親善試合で負けたことについて,フランスの記者が,

フランスの選手はグラウンドを広く使っていたが,日本の選手は狭く使っていた。

と評したという。

まず,ふたつのことが言える。ひとつは,人がチームに入った状態を考える。その場に入って,自分の居場所を見つけるまでに,チームから学んだり教えられたりしながら,チーム自体の居場所を知り,その目的を知り,その意味を知り,そこでの自分のいる意味を知って,はじめて自分がそこで何をするかが見えてくる。そう考えれば,我々はいつもこれを繰り返している。それを僕は,「ポジショニング」と呼んできた。

自分の「ポジショニング」がわからない人は,自分の役割どころか,何をするためにそこにいるのかが,わからないので,チーム内で主体的に仕事に関わり,仕事を創り出していくことができない。それではチームの石ころ,つまり邪魔者にしかなれない。

いまひとつは,チームのいる場所を考える。チーム内的なポジショニングだけではなく,チームの置かれている組織全体との関係の中で,チームそのものをポジショニングする,チーム外的な視点を持てないと,チームの目標を目的化する。そうではなく,チームの目的を考える視点と言ってもいい。

人の成長をサポートするのは,この視点からでなくてはならない。たとえば「知れるを知るとなし,知らざるを知しらざるとせよ。これ知るなり」という,無知の知を自覚したとき,そのサポートをするというのはいい。しかしそれはあくまで実践との関連の中でなくてはならない。

もちろん,

個人が学習することによってのみ組織は学習する。

それはその通りだが,問題は,学習の中身だ。ここが,たぶん,この本に対する姿勢の分岐点のような気がする。

自己マスタリーは,能力やスキルを土台にしているが,それらにとどまるものではない。(中略)独創的な仕事として自分の人生に取り組み,受身的な視点ではなく,創造的な視点で生きるということなのだ。

自己マスタリーがディシプリン―自分の人生に一体化させて取り組む―の一つになれば,二つの根本的な動きが具現化する。一つは,自分にとって何が重要かを絶えず明確にすることだ。(中略)もう一つは,どうすれば今の現実をもっとはっきり見ることができるかを絶えず学ぶことだ。

ビジョン(私たちがありたい姿)と今の現実(ありたい姿の現在地)のはっきりしたイメージを対置させたときに「創造的緊張」(クリエイティブ・テンション)と呼ばれるものが生まれる。…自己マスタリーの本質は,自分の人生においてこの創造的緊張をどう生み出し,どう持続するかを学習することだ。

おいおい,と思わないのだろうか,それは,その人の人生そのものであって,そこに組織がどう介入しようというのか。どこかで逸脱している,としか思えない。これをありがたがる人は,僕には理解できない。組織学習,学習する組織は大事だが,それと個々人の人生そのものとは別だ。そういう言い方をすると誤解されるが,もちろんそういう人生創造をすることが前提かもしれない。しかしそれこそ自己責任ではないか。するもしないも自己責任,自由だ。

僕はこの本のように,個人の成長に組織が関与するのを是としない。はっきり言って大きなお世話だ。しかし,個人にとっての意味を組織の意味とつなげていくための架け橋を,組織がすることはむしろ大事だ。学習の中身は,それだと思う。僕は,それを旗と呼んでいる。組織の中で,

自分が何をするためにそこにいるのか,
それは自分にとってどんな意味があるのか,
そのために自分ができることは何か,
そこで自分がしたいことは何か,

を考えていく。その限りで,個々の成長のサポートを組織ですることは意味があるし重要だ。自分の旗を立てる意味については,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11129007.html

で触れたし,そもそも仕事で,「旗」を立てるについては,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11011724.html

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/10966920.html

で触れた。それを超えて個人の生き方まで踏み込むのは,本末転倒だ。センゲだからと言ってありがたがる必要はない。ダメなものはだめだ。

思い出すのは,清水さんの,「自己の卵モデル」だ。

①自己は卵のように局在的性質をもつ「黄身」(局在的自己)と遍在的性質をもつ「白身」(遍在的自己)の二領域構造をもっている。黄身の働きは大脳新皮質,白身の働きは身体の活(はたら)きに相当する。
②黄身には中核があり,そこには自己表現のルールが存在している。もって生まれた性格に加えて,人生のなかで獲得した体験がルール化されている。黄身と白身は決して混ざらないが,両者の相互誘導合致によって,黄身の活(はたら)きが白身に移る。逆もあり,白身が黄身を変えることもある。
③場所における人間は「器」に割って入れられた卵に相当する。白身はできる限り空間的に広がろうとする。器に広がった白身が「場」に相当する。他方,黄身は場のどこかに適切な位置に広がらず局在しようとする。
④人間の集まりの状態は,一つの「器」に多くの卵を割って入れた状態に相当する。器の中では,黄身は互いに分かれて局在するが,白身は空間的に広がって互いに接触する。そして互いに混じり合って,一つの全体的な秩序状態(コヒーレント状態)を生成(自己組織)する。このコヒーレント状態の生成によって,複数の黄身のあいだでの場の共有(空間的な場の共有も含む)がおきる。そして集団には,多くの「我」(独立した卵)という意志器に代わって,「われわれ」(白身を共有した卵)という意識が生まれる。
⑤白身が広がった範囲が場である。したがって器は,白身の広がりである場の活(はたら)きを通して。黄身(狭義の自己=自分)に「自己全体の存在範囲」(自分が今存在している生活世界の範囲)を示す活(はたら)きをする。そして黄身は,示された生活世界に存在するための適切な位置を発見する。
⑥個(黄身)の合計が全体ではない。器が,その内部に広がるコヒーレントな白身の場を通じて,黄身に全体性を与える役割をしている。現実の生活世界では,いつもはじめから器が用意されているとは限らない。実際は,器はそのつど生成され,またその器の形態は器における人間の活(はたら)きによって変化していく(実際,空間的に広がった白身の境界が器の形であるという考え方もある)全体は,卵が広がろうとする活(はたら)きと,器を外から限定しようとするちからとがある。
⑦内側からの力は自己拡張の本能的欲望から生まれるが,外側からの力は遍在的な生命が様々な生命を包摂しようとする活(はたら)きによって生まれる。両者のバランスが場の形成作用となる。

組織という器の中で,白身と白身の接点にチームができる。だからと言って,黄身のありようまで組織側から変えられてたまるか。とっさにそう感じた。

この本の「学習する組織」の肝は,「自己マスタリー」だ。それだけにいただけない。


参考文献;
ピーター・M・センゲ『学習する組織』(英治出版)
清水博『場の思想』(東京大学出版会)

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posted by Toshi at 05:01| Comment(7) | 書評 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今日は よろしくお願いしますね^^すごいですね^^
Posted by バーバリー at 2013年08月01日 12:04
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剛毅朴訥仁に近し: 組織の学習と個人の学習
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まみさんPL(それって依存とかそっち方面じゃないかしら・・・)
Posted by アイフォン5 ケース at 2013年12月21日 16:13
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