2013年07月18日

難点


人に良く思われたいと思わなくもないが,

べたべたの関係



スカスカの関係を綱引きしている。

記憶が確かではないが,司馬遼太郎が,『翔ぶが如く』だと思うが,大山巌が,従兄弟の西郷隆盛について,「声望好き」というか「徳望好き」というかそんなことを言っていたと覚えている。人に担がれてしまうと,それを嫌と言えない。それが西南戦争で引っ張り出された遠因だと,評したというのだ。当たらずと言えども遠からず。人には,誰もそういう対人関係における難所をもっているらしい。

人に好かれたいという好かれ方には違いはあるが,大なり小なり,人に好かれたいというひそかな思いはある。それが恐れや不安になると,病気に近づく。

僕は相手の好意が感じられなければ遠ざかる癖があるので,そこに難点があるのではなく,人との距離に敏感なところが難点と言えば難点かもしれない。

微妙な距離感に,結構感度がある。といっても,誰もがそうなのかもしれないが,相手が手を突っ張ってくる,心の感覚が見える。もちろん,そう勝手に思い込んでいるだけの妄想かもしれない。しかし,ミラーニューロンが,距離を無意識で示すしぐさや目つきに敏感で,相手の心の動きが見える気がしてしまう。

それって,両者が同じ土俵にいても,ハイパーな土俵は自分にそう見えるだけで,相手はすでに土俵を下りて,あるいはおりかけて,いる感じなのかもしれない。

つくづく人との関係は難しい。それを自分のコミュニケーションの難所と感じてきたのだが,そうではないのかもしれない。人はそこをスルーできる。しかし僕にはそれがスルーできない。それだけのことだ。だから人にはコミュニケーションは難しくないと見え,僕にはコミュニケーションが難しいと見える。本当は,コミュニケーションの問題ではなく,ソーシャルスキルの問題かもしれないし,人との対人関係の取り方の問題かもしれない。

あるいは,対人距離の取り方,間合いの問題かもしれない。

ずっと小さいころ,学期の途中で,父の仕事の関係で引っ越すことになったとき,ふたつの思いがあった。

ひとつは,むかう先への不安だ。見も知らぬ街へ,しかも六年の三学期から転入するというのだから,まあ不安にならない方がおかしい。

しかし一方で,いままでいた街から離れられることに,少なくともほっとしていた。もちろん人並みに寂しさがないでもないが,子ども心に,どうせ数年で転居するとわかっていて,何かとかその間,うまくやりくりして過ごしたいという背伸びというか,肩肘張ったというか,一丁前の言い方をするなら,何とかうまく関係作りをしていきたいという,それなりに無理な身構えがあったからに違いない。

いつかわかれるという関係は,悲しいが,どこか気が楽だ。ずっとこのまま続くという関係は,安心かもしれないが,どこが気が重い。

それが自分のコントロール外の要因でそうなる場合を別にすると,無意識で僕は自分でどこかで,期限付きの関係というものを設定しているらしい。そう考えると気が楽というのもあるが,そもそも永続する関係というものを,家族以外では想定しづらい。いや,そもそも家族ですら,どこかで,この場合は,死という別れだが,それを予感していないわけではない。いつもそう思っているのではないが,そういう感覚が,どこかにある。

自分勝手という面があるのは否定しないが,それ以上に,孤独というものをどこかで意識している,ということなのかもしれない。



今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

#コミュニケーション
#西郷隆盛
#司馬遼太郎
#翔ぶが如く
#対人関係
#ソーシャルスキル
#ミラーニューロン





【関連する記事】
posted by Toshi at 05:36| Comment(2) | 日記 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お世話になります。とても良い記事ですね。
Posted by フェラガモ アウトレット at 2013年07月22日 18:00
突然訪問します失礼しました。あなたのブログはとてもすばらしいです、本当に感心しました!
Posted by ルイヴィトン コピー at 2013年07月26日 14:31
コメントを書く
コチラをクリックしてください