2013年08月04日

パニック


いまそこにあったはずのモノが,目の前から消えている。

いつものところにあるはずのモノが,そこにない。

自分が最後に置いたはずのところに,そのものがない。

まあ,探し物は,そういう形で始まる。一種の思い込みだが,先日こんなことがあった。

出がけに着替えて,外出用の時計をしようとして,ワイシャツの袖口がほつれていることに気づき,あわてて,それを脱いで着替えた。まだ時間は5分の猶予がある。悠々だ,と思って腕時計を探したが,見当たらない。外出のために,手帳,財布などと一緒に,一式をまとめてデスクに置いたはずなのに,探しても見当たらない。

その瞬間に,何が起こったのかがわからなくなって,一種のパニックというか,興奮状態になっている。

いわばトンネルビジョン状態だ。

ベッド回り,脱ぎ捨てたワイシャツ近辺,いつも収納するデスク上の引き出し,探し回っても出てこない。諦めて,別の時計を仕掛けて,でも諦めきれずに,再度ぎりぎりまで探して,不意に,チェアの座面に置いてあるのに気付いた。

その瞬間に,ワイシャツを着替える時,そのほつれに気づいたのは,時計を腕につけようとした時だったこと,そのとき,ワイシャツに気を取られて,時計をその近くにあったチェアに置いた,ということが,一連の流れとして思い出された。

つまり,自分の中に記憶の切断があったということだ。

ワイシャツのほつれを気付いて,着替えようという方に意識が向いた瞬間,時計は無意識で手近な場所に置いて,意識の外に投げ出された。そのために,時計がどこにも記憶されないことになった。

で,後は,ただトンネル状態で時計を探していたのだが,そのパニックに近い状態の時,では,本当に砂のなかに首を突っ込んだ状態だったかというと,どうもそうではない。

一方で,自分の動作を振り返って,それをもう一度辿り直してみようとする自分がいて,

他方で,時計が見つからなければ,別のもう一つの時計で行くしかないと考えている自分がいるし,

また,後5分,3分,間に合わない,と時間を計っている自分もいる,

という具合に,別の選択肢をとろうとする自分がいつつ,しかし,時計がふいに消えた理不尽を承服できず,いらだち,悔しがっている自分がいる。

テイラー氏が言うように,

わたしは,反応能力を,「感覚系を通って入ってくるあらゆる刺激に対してどう反応するかを選ぶ能力」と定義します。自発的に引き起こされる(感情を司る)大脳辺縁系のプログラムが存在しますが,このプログラムの一つが誘発されて,化学物質が体内に満ちわたり,そして血液からその痕跡が消えるまで,すべてが90秒以内に終わります。

つまり,通常無意識で反応しているのを意識的に,90秒を目安に,自分で選択できる。90秒過ぎても,パニックが続いているとしたら,そう機能するよう自分が選択し続けている,ということになる。

つまり,そのときの僕は,

別の時計をはめて出かける選択も,

探すのを中断する選択も,

いずれも取らず,探し続ける選択をした。しかも,時刻を計りながら,探し続ける方を選んだのは明らかだ。理性では,後で帰ってから探そうというのを,感情が探し続けさせたという言い方もできなくはないが,不意に消えたことが納得できず,諦め悪く,そこにとどまり続けた。

しかし探す手立てがないことも,わかっていた。

そういう状態をぎりぎりまで選択していた。時間の許す限り,という点で言うと,選択していたことに違いはない。

たぶん,帰宅後に探せば,座面の時計がすぐ飛び込んできたに違いない。しかし,ずっと心に引っかかったまま仕事に出かけるのは,気が重かったことも確かだ。この場合は,ぎりぎりまで引っ張って,探し続ける選択をした自分は,結果的には正しかった。


参考文献;
ジル・ボルト・テイラー『奇跡の脳』(新潮文庫)

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm






#ジル・ボルト・テイラー
#奇跡の脳
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posted by Toshi at 05:46| Comment(1) | 日記 | 更新情報をチェックする
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Posted by ロレックス コンビ at 2013年10月25日 09:09
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