2013年08月09日
想像力
「第4回 女流漫画家,渡邊治四(ワタナベジョン)先生から学ぶ,キャリアアップのために必要なこと」に参加してきました。
https://www.facebook.com/home.php#!/events/517711378294743/
そこでのキーワードは,想像力だった気がする。ただ,想像力といった場合,僕は,
1.現実の知覚によって与えられていないイメージを浮かべる,
と同時に,
2.経験していないことを,(経験をもとに類推して)推し量る,
更に,
3.思い描く。未来ならビジョンとか夢になり,振り返ると思い出す,
の三つの意味があるように思う。
1が,いわゆる,イマジネーションと言っているときのそれで,非現実の世界を作り上げていく,フィクションの世界などが典型的だ。
2は,与えられた条件の中で,心の中で,段取りしたり,計画を立てたり,手順を描いたりしているときの,「いま」に接続して,延長線上を想定している頭の使い方で,推論したり,仮説を立てたり,演繹したり,帰納したり,といった推理や論理が入ってくる。いわば,思考力,思索力とほぼ境界を接している。わかっている範囲ではなく,未知の領域,やったことのない領域を,やったことから類推しつつ,どうなるか,どうしたらいいかを測っていく。
3は,2と近接しているが,もう少し茫漠と遠い先(遠い過去)を思い描いている。2に比べると,時間軸が,「いま」とは連続していない。だから,夢見る,空想する,もう少し踏み込むと妄想に近づく。
三者は微妙だが少し違うような気がする。
で,実は問題は,どの場合も,自分の経験をベースに,類推したり,飛躍させたりする。経験が,あっても,それを自分の中で体験としてメタ化されていないか,経験そのものが自分の中で意味づけられたり,位置づけられていないと,その経験は,未知のことを推し量ったり,思い描くリソースにならない。
いまの若い世代に想像力がないということが話題になったが,僕は日常的に見ていて,妥当な例かどうかわからないが,
若い母親が,スマホを見つつ,エスカレーターに乗っている幼児の足元を見ていない(子供のサンダルがが巻き込まれるのではないかという危険を想像していない),
同じケースは,自動ドアに幼児がはさまれたケースでも,母親側に幼児一人では危ないという危機の予期がない,
タクシーの運転手の人が良く言うのは,道路の真ん中を歩くことの危険について,ほとんど想像していない。車がよけてくれるというあなた任せの感覚に驚く,と,
仕事の場面でも,自分の立ち位置,居場所を自分で主体的に取ること(サッカーの優れた選手は,試合の動きを俯瞰する視点を持ち,自分がどこに行くべきか,何をすることが貢献できるかを考えるというポジショニングの)できない人は,(ボールを追い回すサッカー選手のように)仕事の流れに身を任せているだけの人になる(ボールが来ないと立ち尽くすことになる)。
等々と,想像力というか,普通なら,予知したり予期する危険や状況について全く考え及ばないことをよく目撃する。
これは確かに想像力不足なのかもしれないが,いわば人間の本能的な予知能力,感知能力の低下の方を強く感じてしまう。たぶん,この想像力欠如は,クリエイティブという意味の創造力には決してつながらない。頭に描けなければ,現実化は必要ない。
とすると,想像力を,創造力とつなげるとすると,
想像力を頭で描く力とする。
創造力をそれを現実化する力とする。
とすると,クリエイティブ不足は,想像力不足も確かにあるが,ちょっと違う見方をすると,どうも両者は相関になっていて,現実化の力量が,想像力の技量を制約する,という気がしている。
つまり,現実化の経験,たとえば作家なら(小説でも絵でも漫画でも)作品を一つの完結した世界としてまとめる習作の経験がなければ,一見想像力は自由のようだが,ほぼ空想に近似し,ただふわふわ浮いている妄想にとどまる。それでは,現実に形としてまとめようがない。
そういうのは,想像力というより,ぼんやり空想,妄想しているだけという方が正しい。
想像力というには,どう着地させていくかが,どう現実のカタチにしていくかが,あるいはこうすればカタチになるというまとまりがなくてはならない。
その意味では,書いて(描いて,計画して)みて,こう書く(描く,やる)にはどういうイメージと構造とストーリー(世界)が必要なのかが見えてくる。
そのとき,想像力は,血肉を付けて鍛えられる。脳の想像力の筋トレは,技量の筋トレとセットなのだと思う。
僕は人の能力を,(もちろん経験がベースだが)
知識(知っている)×技量(できる)×意欲(その気になる)×発想(何とかする)
と分解する。発想とは,何とかしなければどうにもならない事態を何とかして乗り切る,という力技のことだ。出来ようが,できなかろうが,四の五の言わずやりきってしまうためにどうしたらいいかを考え突破していく力だ。それには,上記の例でいうと,習作の数ということになる。しかし数をこなせばいいというものではない。習作の目的から考えれば,自分の限界を見きわめる経験でなくてはならない。
やったことがない,
できそうもない,
ハードルの高い壁にチャレンジし,それをなんとかかんとかまとめあげる。その場数だ。
ビジネスの場面でも同じだ,単なる場数ではない。そういう自分の限界線を突破することにチャレンジしなければ,
出来る範囲で,
知っていることを,
やれるだけのことをやる。これでは,使い慣れた(機能的固着した)頭を,使いまわしているだけの,自分を縮小再生産し,認知症予備軍を作り出しているようなものだ。
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