2013年11月21日

ことば


コーチング・フェローズの毎月一回のコーチング・セッション会に参加してきた。そこでの体験については,何回か書いたことがある。

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11132452.html

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11099351.html

ただ,最近は,コーチングということにこだわるのをやめている。クライアントが望むなら,どんどん自分の体験から,直言することも妨げなくなった。

コーチングだから,

コーチだから,

という言い方をするのは,一種の自己防衛と思っている。カウンセリングやセラピーとの境界線を設けるのも逃げだ。もしそれを避けようとするなら,自分がカウンセラーとしての資格を得るか,勉強して,自分の間口を広げておけばいいことだ,と思うようになった。そう思うのは,たまたま僕がカウンセリングを経て,コーチングへ戻ったというせいばかりではない。

幅広く言えば,E・H・シャインのいう,プロセス・コンサルテーションに関わっている以上,それはこちら側の準備のひとつに過ぎないのかもしれない。クライアントにとって,いつも健康状態とは限らない。落ち込んで鬱状態になることもある。そんな時,それは自分の領域ではないと言えるのかどうか。

それは,正解はないが,コーチとしての姿勢のひとつと言えるかもしれない。

話が横へ逸れた。

今回も,コーチ役,クライアント役,オブザーバー役と,三役を経験して,改めて,オブザーバーの重要性に気づいた。

なんとなくコーチ-クライアント関係を見比べて,観察しているが,オブザーバーとしてきちんと観察(メタポジションに立つ)ができないと,それは,ひょっとすると,自分のコーチング最中にも,レベル1(矢印が自分),レベル2(矢印が相手),レベル3(矢印が全体)どまりで,それ全体を俯瞰する,

レベル4,

というか,メタ・ポジションを取れないことを意味する気がして,ここでどんなフィードバックができるかは,コーチとしての力量を計る目安のような気がしている。その意味で,三人一組でやらないコーチング・セッションは重要な体験をしそこなっている気がしている。というより,メタ・ポジションの体験抜きのセッションは,いくらやっても,コーチ-クライアント関係といういつもの平面での振り返りしかできない,自分の限界領域が見えない気がする。それは,オブザーバー役からのフィードバックを指しているのではなく,自分がオブザーバー役をきちんとできるかどうかのメタ・ポジション体験を指す。

今回久しぶりに参加して気づいたことは,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11367327.html

で確認したこととつながる。

クライアントがテーマを語っている中に,すべてがある,ということだ。

そこに当面の悩みというか主題があるが,同時に,

それを問題にしているクライアント自身の姿勢,感情,思い,

その思いの背後にある,クライアントの価値観,大切にしていること,

もっと言うと生き方,

更には,こうなりたいという憧れ,夢,

あるいは,気づいていないかもしれないが,こう生きたいという生きざまへの希望,願望,

等々がねじれ,ないまぜになって言語化されている。

よく仕草や感情,息遣い,エネルギーレベルに注目という。僕は,人は,ことば(言葉と書くのと,ことばと書くことにも差がある。ここではことばにしてみる)にしている,と思っている。というか,

ことばにすること自体の中に,

ことばがある,と思っている。もっとことばに注目すべきだ。クライアントは,意味なく,そのことを言い出してはいない。

口に出たことばも,

言い出しかけたことばも,

そうとしか言えないが別のことばの隠れたフレーズや台詞も,

もっと注目すれば,そこには何かがある。そんなことを最近ひどく気にしている。

ことばは,

想いの,

気持ちの,

こころの,

あぶくだと思う(意識の20分の一しか言語化できないにしても)。

もちろん,言ったことではなく,その態度や表情を見るのも大事だか,そうではなく,

出されたことば,

出かけたことば,

をもっと大事にすべきた。それを,

別のことばに言い換えて返す,

要約して返す,

そのまま返す,

いずれにしても,そのことばの微妙なニュアンスの差の中に,クライアントは深い溝を,深い淵をみつける。

そのためのコーチのことばセンスは重要だと思う。

自分のことばに読み替えないことだ。

人は,持っていることばで見える世界が違う,

と言ったのはウィトゲンシュタインだと思うが,だからといって,同じことばだと,わかってはいけない。そのことばで見えているものを確認しないと,ことばの意味もニュアンスも違う可能性がある。

その人がその人であるのは,

エピソード記憶(多くは自伝的記憶と重なる)

の差だ。そこにたどりつかないと,本当のニュアンスはわからない。そして,その大事にしていることばには,その人の価値や大切にしているもの,その人の生き方につながっていく,と僕は信じている。

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm




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posted by Toshi at 06:18| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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