2013年12月28日
ラマルク説
杉晴夫『人類はなぜ短期間で進化できたのか』を読む。
サブタイトルに,「ラマルク説」で読み解く,とある。本書のベースは,ラマルク説なのである。
本書は,
入門書としては類例のない,人類の進化だけでなく,人類の進化の延長として捉えた人類文明社会の進化を考察するところまでを扱っている。その意図を,はじめにで,こんなエピソードを紹介して,説明している。
1981年にアフリカ大陸南部で,何億年も前に絶滅したと思われていた原始的な魚類シーラカンスが初めて生きた状態で発見され,大きな話題となった。当時,末広恭雄東京大学教授が,生きたシーラカンスの標本を入手する探検隊を組織したとき,「なぜこんなことをやるんですか」との新聞記者の質問に対して「われわれ自身を知りたいからです」と答え,われわれ人類の進化のルーツを生物学的にたどることの意義を強調した。
この考えがただしいなら,原始人類が家族,社会を形成していった跡をたどり,現代の人類の文明社会の成立につなげて考察する本があってもよいであろう。
で,ラマルク説である。ラマルクの
用不用説は,動物が一代で発達させた器官がその子孫に伝わること,つまり獲得形質の遺伝を前提としている。進化論の入門書によると,このラマルクの考えは,ワイスマンという学者の研究によって否定されたことになっている。しかしこの実験は,マウスの尾を20代以上にわたって切り続けても,尾の短いマウスはうまれてこなかったという無意味極まるものであった。
尾を切るという所業は単に動物に被害を加えるのみで,動物が環境に適応しようとする努力による器官の用,不用とは何の関係もない,
と切り捨てる。そして,ラマルク説は,誤解されているという。
ラマルクという人は,人(動物)が一代で獲得した能力がその子孫に伝わると主張しました。つまり英会話の得意な人の子は,はじめから英語がしゃべれるというのです。何とばかばかしい説でしょう。
と紹介されている現状に対して,改めて,ラマルクの説を,こう説明する。
ラマルクは,進化は生体に内在する力によって起こる,
と考える。それは,
(1)循環系における血液,体液の運動と,
(2)神経系における電気信号の伝わり,である。これらの働きによって,環境に対する適応力の増大,
つまり合目的性と,単純なものから複雑なものへの変化が徐々に起こるとする。
それに,現代の知見を加えて補足すると,
(1)は,身体の内分泌系のホルモンなどの働きを指しており,
(2)は環境の変化を感知する感覚神経,身体運動を起こす運動神経,体内の器官の活動を支配する自律神経の働きが含まれる。これらの神経系の働きや内分泌系の活動は大脳の脳幹部で統御されている。さらに子孫に遺伝子を伝える男女の生殖腺における精子,卵子の形成は内分泌系のホルモンによって調節されている,
と。だから,
ラマルクが洞察したように,生体がその生存を賭けて周囲の環境に適応しようとする結果が,神経系から内分泌系に伝わり,更に内分泌系から生殖腺における精子,卵子の核酸の遺伝子や卵細胞の細胞質に影響を与えている,
と。そして,進化論と対比して,こう言う。
ダーウィンの進化論の中核をなす自然淘汰は,その当否の検証に地質学的時間を要するので原理的に検証不能である…のに対して,ラマルクの生体に内在する力,つまり現代の言葉でいえば生体の神経系,内分泌系,生殖腺の環境に適応しようとする働きは,現在は困難としても,理論的には将来,検証が可能,
である,と。さらに,
ダーウィンの進化論とラマルクの進化論の違いは,前者が進化の原因をもっぱら自然の選択に帰するのに対して,後者は生体に内在する力を仮定することである。しかしダーウィンの進化論も,生存に適した形質が子孫に伝わるとする以上,ラマルクと同様に獲得形質を仮定せざるをえない,
という。たとえば,
地中生活をするモグラや暗黒生活をする洞穴の生物などの眼が退化して消失する現象は,ラマルクの用不用説では使用しない器官は退化すると明快に説明される。しかしダーウィンの自然淘汰説では,そもそも生存に有利な形質のみを考え,器官の退化の説明は考慮されていない。ダーウィンはこの現象を自然淘汰で説明できないことを大変気に病んでいたという。
つまり,ダーウィンの進化論は,実質破綻していた。では,なぜ生き延びたのか。それは,
メンデルによる遺伝子の法則の大発見と,これに続く遺伝子の突然変異の発見,
による。しかし,
実はこの時点で,ダーウィンの考えた生物形質の変異は,現在では単なる形質の個体差による彷徨変位と呼ばれる現象で,遺伝しないことがわかっている。したがって形質の変異を獲得形質の遺伝と考えたダーウィンの説は実質的に滅びていたのであり,彼の名が消えても不思議ではなかった。
その後,遺伝子の突然変異を進化と考える研究者よって,ネオ・ダーウィニズムとして引き継がれているのが,現状ということになる。
しかしその進化論では,なぜ生物は下等なものから高等なものへと変化していったのかという定方向性進化が説明できない。遺伝子のランダムな突然変異では,有利不利は半々であり,
ひたすら「気の遠くなるような長い年月」をかければ,アメーバ―が進化して人類になる,と単純に考えているのだろうか,
と疑問を呈する。そして,ほとんどの説明が,用不用のラマルクを使って説明していると,随所で例を挙げている。たとえば,人類の祖先が樹上生活を選んだことは,
後の人類の発展にとって根本的に重要であった。樹上を棲息域とすれば,当時としては身体が小さく,牙や角のような武器もなく無力であったものが,外敵に襲われる機会も少なくなる。したがって平地で暮らしているウマのように外敵の襲撃から遁れるために蹄を進化させる必要もなく,ウシやゾウのように角で武装する必要もなく,……これが霊長類が他の動物に比べて特殊化の度合いが少なかった理由である。生物の進化を調べると,いったん特殊化した動物はもはや元の状態に戻ることはできない。
と説明する。こういう説明の仕方,つまり,
原因が結果を生む因果律が働いて起こる歴史的事実を,遺伝子という志向性をもたない物質に怒る突然変異の積み重ねで説明できるとは思われない。ネオ・ダーウィニズムは人類の進化に対し,納得のいく説明を与えられないと考える。現に人類進化の歴史を解説する人々は,皆筆者と同様な説明をしている。つまり,無意識のうちに「生体に内在する力」すなわち神経系などの働きを考えるラマルキニズムの説明を行っている,
のである。あるいは,野生のオオカミから犬(シェパードからチワワまで)への変化は,ネオ・ダーウィニズムの突然変異では説明できない。個々の遺伝子のランダムな突然変異の確率からは,オオカミからチワワへの変化には,数億年がかかる。しかし,
人類がイヌなどの家畜を飼育しはじめたのは,現在から約一万年前に過ぎない。
ここでも,動物の進化におけるラマルクの先見性が見える,と著者は言う。
また,たとえば,人類の基本的特徴は,直立二足歩行,大きな脳容積,歯の退化,であるとされるが,
この人類化石の判定法すべてが,ラマルク流の考えによるものである,
と著者は言う。
こうみてくると,結局,突然変異説も,自然淘汰説も,用不用説も,未だ同列の仮説なのだ,ということを改めて再確認し,頭に刷り込まれる理論でモノを見ることの危うさを点検するには,ある意味格好の本なのかもしれない。
ところで,印象深いのは,上記人類化石の特徴である,直立二足歩行,歯の退化を具えたのは,アウストラピテクス(猿人。現在は440万年前とされるアルディピテクス・ラミダスが最古の霊長類)が長く,霊長類の最古とされてきたが,この時代から,仲間同士の殺人がなされている。
この殺人は人類が原人からホモ属に進化するとますます頻繁に,しかも大量になってくる。人類学者のバイネルトは,「霊長類の化石に殺された痕跡があれば,それはサルではなく,人類と断定してよい」とまで言い切っている,
という。
今も続く,地球上で,ホモ・サピエンスのみが,仲間同士の殺し合いをしているのである。憂鬱になる記述である。
参考文献;
杉晴夫『人類はなぜ短期間で進化できたのか』(平凡社新書)
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この記事へのコメント
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