2014年03月16日

セラピスト


最相葉月『セラピスト』を読む。

経糸に精神科医・中井久夫の絵画療法とユング派分析家・河合隼雄の箱庭療法を,緯糸に,戦後ロジャーズが持ち込まれて以降のカウンセリング史,彩りに,ご自身のセラピー体験を織り交ぜた,言ってみると,日本のセラピーの現状を,見事なタペストリーに織り上げている。

『絶対音感』の著者による,セラピーそのものへの肉薄である。そのために,著者は,取材を続けながら,

臨床家を目指す人々が通う大学院に通い,週末は,臨床心理士を始め対人援助職に就く人々が通う専門の研修機関で共に学びながら,臨床家になるための,またプロフェッショナルの臨床家であり続けるための訓練の一端を知ろうと考えた…。

この動機を,こう語る。

自分のことって本当にわからない―。そう。自分のことって本当にわからない。
そもそも私はなぜ専門機関に通ってまでこの世界を知りたいと思ったのだろう。私の内面にどんな動機や衝動があったのだろう。
守秘義務に守られたカウンセリングの世界で起きていることを知りたい。人はなぜ病むかではなく,なぜ回復するかを知りたい。回復への道のりを知り,人が潜在的にもつ力のすばらしさを伝えたい。箱庭療法と風景構成法を窓とし,心理療法の歴史をたどりたい。セラピストとクライエントが々時間を過ごした結果,あらわれる景色を見たい…。

まさにそのようにまとめられた著作になっている。

この問題意識にぴったりだったのが中井久夫である。中井は,河合に刺激を受けて,独自の絵画療法を工夫していく。

中井は当時,精神科医になって四年目。…患者が寡黙になる回復過程に絵画が使用できないものかと試行錯誤していた。(中略)中井が病棟を歩きながら思い描いていたのは,個別研究を通して(回復過程の)モデルを作ることだった。

その成果である「精神分裂病者の精神療法における描画の使用―特に技法の開発によって作られた知見について」で,精神医学における二つの問題を指摘している。

第一に,臨床では,なによりも徹底した研究が不足し,一般化への指向性が希薄であること,
第二に,分裂者の言語が歪められていること,

精神病理学の歴史はこれまで,患者の言語の歪みを切り取って妄想と名付け,これがいかに歪み異質であるかばかりに着目してきたけれど,臨床においてはむしろ,言語的であれ,非言語的であれ,治療者と患者がいかにして交流を可能にするかのほうが重要である。描画もこれと同じではないか。精神科医は患者の描画の異質さや特殊性にばかり注目してきたが,本当に重要なのは,意志と患者がいかにして描画で交流することができるか。

中井はそう考え,

治療者として患者にどう向き合うか,

を心掛ける。そして,箱庭療法からヒントを得て創案した「風景構成法」を,この論文で発表する。

箱庭は統合失調症の患者に使うには慎重でなければならない,という河合の紹介を受けて,

患者に箱庭療法をしてもらってよいかどうか,その安全性をテストする方法として,また,紙の上に箱庭を造るに,三次元の箱庭を手っ取り早く二次元で表現する方法として編み出した,

のが風景構成法である。この研究を踏まえて,

精神分裂病状態からの寛解過程―描画を併用した精神療法をとおしてみた縦断的監察

という,通称「寛解仮定論」をまとめる。

従来,統合失調症の精神病理学では発病の過程は多く観察されて記述されているのに,寛解(回復)の過程にはあまり関心が向いていない。中井は,統合失調症の患者に向き合って判明した事実を解説したのである。

そこでは,中井は,

沈黙に耐えられない医者は,心理療法家としてダメだと思います(山中康裕は10分間の沈黙を中井に陪席して体験している)
患者さんは,沈黙が許容されるかどうかが,医師を選ぶ際の一つの目安だと思っている…。

という姿勢であり,山中は,

中井の診察風景はまるで「二人の世界」だったとして,

こう言っている。

絵を描いてくださいというのではなく,流れの中にある。道具もわざわざ別の所からだしてくるのではなく,手元にあるものをさっと出して,ちょっと描いてみない,と誘う。とても自然です。患者が描いている間は,ほほ-,ほ,ほ,といって鑑賞する。上手下手の評価はせず,二人の世界で遊んでいるという感じでした。

この雰囲気を,著者は,一度は,クライエントとして,二度目は,中井をクライエントとして体験する。それが,逐語として載っている。著者は,

中井と行った絵画療法の逐語録を配置したのは,ふだんなら削除してしまう間や沈黙,メタファーで語り合う場の空気を感じとっていただきたいと思ったから…,

というが,読む限り,その雰囲気は,独特で柔らかである。

中井は,こう書いている。

絵を媒介にすると,治療関係が安定するのです。言葉の調子,音調が生かせるのです。ナチュラルな音調を交わすことができて,自然に気持ちが伝わる。
言葉はどうしても建前に傾きやすいですよね。善悪とか,正誤とか,因果関係の是非を問おうとする。絵は,因果から解放してくれます。メタファー,比喩が使える。それは面接のとき,クライエントの中で自然に生まれるものです。絵は,クライエントのメッセージなのです。

でも,それが一番わかるのは,不眠に悩む外来患者を見送る際,こう声を掛けるのだというエピソードだ。

「今晩眠れなかったら明日おいで。眠れたらせっかくの眠りがもったいないから明後日でもよいけれど」

こういう中井の姿勢というか態度に,いままでになかった精神療法の先達を見る。

著者の言う通り,箱庭療法や風景構成法は,数ある心理療法の一つでしかない。しかも,増大する心の病に対応するには,昨今はやりの認知行動療法やブリーフ・セラピーに比べて,時間がかかりすぎるかもしれない。

しかし,箱庭療法と絵画療法は,患者に向き合う中から日本独自に完成された療法である。そこには,第一級の河合隼雄と中井久夫という巨人の,真髄がある。

そう言えば,神田橋條治さんが,よく中井久夫のことを,尊敬をこめて言及していたのを思い出す。

読んでいて,確かにブリーフ系というかミルトン・エリクソン系譜に言及がないが,精神科医に焦点を当てたのだからやむを得ないという以上に,噂には聞いていたが,巨人,中井久夫の謦咳に接した気がして,アマゾンで,予約中の『新版・精神科治療の覚書』(中井久夫著)を,思わす速攻で購入予約してしまった。

参考文献;
最相葉月『セラピスト』(新潮社)



今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm


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posted by Toshi at 04:39| Comment(0) | セラピー | 更新情報をチェックする
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